第46話 木組みの床に浸み込んだ――

「――1つ目のルートは、ルンが飛空艇で通ったルート。中立都市オードール砦灯台から、直接、竜騎士の帝国まで飛んで行くというものだ」

「ああ! 俺はそのルートでゴールドミッドルになんとか辿り着くことに成功した」

 ルン、腕を組んでまた自慢――

 その姿を横目で確認するリヴァイアの話は続いて、

「我が1000年前から理解している最短ルート。誰もが飛空艇に乗ってこのルートを飛んでいた……」


「……いた?」

 レイスが語尾を気にした。


「ああ……でも、今ではこのルートを飛空艇で飛ぶことは……ほぼ不可能だろう。何故なら、サロニアムとゴールドミッドルの大陸の間にある内海の海峡――大魔導士様の名を冠する海峡には今は暴風がたえず吹き流れていて、更には外海との潮目の堺にある場所だから、満潮や干潮の差でできる大渦潮や大津波が空を飛ぶ飛空艇まで海面をバシャバシャと波立てているんだ」

 少し顔を天へと向けるリヴァイア――


「……かつては、あんなに静かな内海だったのにな。大魔導士の……」


「……大魔導士の?」

 レイスが言葉を反復させる。

「レイスは気にしなくていい―― 今はな」

 彼女へと顔を向けるリヴァイアが、ふふっと頬を緩める。


「――2つ目のルートは、」

 リヴァイアが更に語り出す。

「サロニアムの旧都からゴールドミッドルの港町を経由するというもの……つまり、忘却の都ゾゴルフレア・シティーから飛空艇で行く方法だ。旧都と呼ばれていてもゴーストタウンとサロニアムでは揶揄されているけれど、でもな、……今でも旧城の周辺はな、活気ある街であることに変わりはない。――でも、ゴールドミッドルの港町が今では帝国の直轄地となってしまっているんだ」

「……直轄地ですか?」

 またまた、レイスの反復。

「ああ、直轄地というのは……まあ、占領されたということであり、植民地のように支配されている港町なんだ。はっきりと言うと軍港にされてしまっている」

「軍港ですか……」

「ああ、だから、民間人の……ルンのような一般の飛空艇は立ち入りが厳しく禁止されている港なんだ」

 天に向けていた視線を、今度は木組みの床へと変えたリヴァイアが、

「竜騎士の帝国達は、我が修道士見習いの頃から旧都ゾゴルフレアに目を付けていて、つまり彼らはサロニアムに侵略戦争を計画しているから、その前線基地と成り得るという理由で……直轄地の港町を占領したんだ」

「……なんだか、リヴァイア。そのゴールドミッドルの帝国って」

 身を竦めて聞き続けていたレイスが、表情を怪訝に変える。

「ああ……危なっかしい帝国だぞ」

 うん……、と頷いてレイスの気持ちを察するリヴァイアだった――


「そのゾゴルフレアのルートも、オードールと同じく海峡の大渦潮と大津波で通れなくなっちまったけれどな」

 組んでいた腕を解くと、両手を頭に抱えて天を仰ぐルン。

「あのルートが、アルテクロスからの最短ルートだったんだけれど……それもダメになっちまって、最短……じゃないけれど、アルテクロスからゴールドミッドルまでの……、もう一つのルートがあるんだけれどさ」

 ルンがレイスをチラ見する。


「……ルン? そのルートって」


「お勧めできないな……。端的に言うと、内海の海峡を通らずにアルテクロスから外海を飛んでゴールドミッドルの大陸に行くという……でもな、レイス……俺の飛空艇では燃料がもたないんだ」

「墜落しちゃうってこと?」

「ああ、クラーケンの餌食になる。それとも、オクトパス・ゾンビの餌食かな?」

 ははっと……、あっけらに空笑いを見せるルン。


「オクトパス・ゾンビって? 私、初耳だよ」

「その名の通り大蛸の幽霊だ。確か? あれにも毒針があったような……」

「……ほ、ほんとうにそんな魔物がいるの?」

「いるんじゃないか」


「……こら! ルンよ。レイスを怯えさせるでない」

 わざとオクトパス・ゾンビの名前をだして、レイスがサロニアムで飛空艇墜落のピンチの時にクラーケンの話題で思いっきり怯えていたことを……いいことに。

 ルンがレイスを……あっ! これ、はっきり言って“いじめ”じゃね?

 話の流れとか偶然を装って、相手を責める方略――


 異世界でもあるんですね……こういうことする人が?


「――レイス。3つ目のルートを教えよう」

 リヴァイアがレイスの肩にそっと手を乗せる。

「……リヴァイア。あ、ありがと……う」

 よっぽど怖かったのか、でも想像の範囲内だけれど、でも想像中の方が実際にクラーケンやオクトパス・ゾンビに出会った時よりも数倍怖いか――

 実際に出会ってしまってバトルモードに入ったら、怖がっている場合じゃないからね。

「3つ目のルートは、グルガガム大陸を北東の大陸の外海沿いに大きく迂回して進むというルートだ。……つまり、あの大雪が積もる山脈の……その向こう側を通ることになる」

 指を真っすぐに刺したリヴァイア、その先には雲に近付かんばかりにそびえ立つ山々――

「……リヴァイア。あの、アルテクロスの私達にはあの先に何があるのか……全然分かりません」

 レイスが同じくアルテクロス育ちのルンの腕を肘で突く。

「だろうな……港町アルテクロスの領というのは、西南の外海が縄張りで真反対だからな。……あの山脈の向こう側へはな、ここ木組みの街カズースからダンテマ村を通って聖都リヴァイア・レ・クリスタリアを通って、更には最果ての村を通って、全部大陸沿いの――」


「……ま、待って」


 レイスが、

「あの、ダンテマ村って、それに聖都リヴァイア――、最果ての――」

 立て続けに名称が出てきたものだから、レイスはちょっと頭の中が混乱してしまった。

 説明のペースダウンを、リヴァイアに求めたのである。

「……ダンテマ村は、数百年前に我が名付け親となった村だ」

 それを察してリヴァイアも、もう少し言葉を加える。

「聖都リヴァイア……は、まあ、その我を信仰しているヘンテコな街だ」

「信仰ってなんだ?」

 ルンが聞きなれない言葉を聞いたものだから、おもわず。


「……我を、その神だと思っている…………らしい」


「神、聖剣士が?」


「だそうだ……と思うのだ……けれど……、というか」

 リヴァイアが頬に指を当ててから、再び木組みの床を見つめる。

 なんだか語尾が揃わない。


(これは、聞かないでくれ……って、我が言い出したんだっけ?)


「……話を、その続けると、その3つ目のルート。……最果ての誓いの村は我が1000年前から世話になっている、心の拠り所のような、もう1つの故郷だな。その先を越えると『ダイダイ・タワー』というものがそびえ立っていて――」


「なに、それ?」


 いきなり、レイスが表情を真顔に直す――

 そんなに白けなくてもねぇ。


「何って、古代遺跡の塔だという……らしい。その目的も分からない、それでいて……中に入ろうとしたら、その……噂でしかないが死骨竜の生き残りがラスボス級に戦いを挑んでくるから……意味が分からない」

 まるで、イースター島のモアイとか、古代エジプトのピラミッドのような七不思議の遺跡みたいである。

「そ……それを越えると、ようやく――」

 なぜか、リヴァイアが話を先に進めようと焦る?

「ようやく、ゴールドミッドルの大陸との接点! そ、その街――『水門と豪食の街フェニックス』に辿り着く。この水門橋を越えると……これがな、レイス。今現在では最も安全なルートなのだ」

「フェニックス……。水門と豪食の街フェニックスですか?」

「聞いたことないか? レイスは」

「はい」

 コクリと頷くレイス――

「……ルンは」

 一方のルンに顔を向けると、

「……う~ん。俺はなんとなくだけれど、サロニアム城の書庫で読んだことが……あったような? ……確か『食い倒れ! 着倒れ! 履き倒れ! 金払え!』だったっけ? ヘンテコな異文化の街ってくらいしか……」

 天を見ながら腕組して思い出そうと――

「まあ、御名答だろう。兎に角、情熱的で活気ある街だという……」


「でも実は……私もよくは知らないんだ。行ったことないのだ……」


 リヴァイアがそうボソッと言葉を吐き出すと、

「……リヴァイアにも知らない街があるのですか?」

 フェニックスの街よりも、むしろ聖剣士リヴァイアが知らない街があることに、レイスは新鮮に驚いてしまう。

「……あ、ああ。我リヴァイアは……そのサロニアムを中心に生きてきたのだ。……だから、ゴールドミッドルの大陸は我にとっても知識の範囲内でしか知らない未開の大陸なんだ。知り合いもいないしな」


「この世界って、なんていうか広いんだな――」

 ボソッと思わず――ルンが飛空艇でビュンビュン乗り回して飛び回っていた頃を、頭に思い浮かべて呟いた。


「我リヴァイアには……、聖剣士になった場所がサロニアム城の郊外でな……そこに『テレポ・ポイント』というものがあって、つまりMPを消費して飛ばなくても。……その、念じれば、いつでもサロニアムに戻って来られるんだ。ルン達がサロニアム城でオメガオーディンの声を聞いた時、我が最果ての誓いの村にいた。そこからテレポしてその日の夜更けにレイスと逢うことができたんだから……」

 それって、セーブポイントのようなシステム――

 それとも、名作RPGの『キ〇ラのつばさ』で、空に放り投げたらビューンビューンって戻れるあれ?



 聖剣士リヴァイアって、いろんなアビリティを持っているんですね…… (*´з`)



「ルン……」

「な、なんだ?」

「よく内海に潜む――暗闇の海蜘蛛に襲われなかったな……」

 口角を緩めるリヴァイアの表情は優しかった。

「ああ、本当にだ……。よく生きて帰って来られたものだからな」

 ふと、視線を夜市のランタンの明かりに向けてから、ルンが大冒険したあの時の記憶を思い巡らせた。


「でも、ねえ? ルンって」

 その感動的? な場面で釘を刺してきたのはレイス姫?

「でも、どうやって荒れ狂う内海から飛空艇に乗って帰ってきたの? 危なかったんでしょ……」

「ああ、その話か……実は、覚えていない」

 ルンの両肩が一気に撫肩になった――


「なにそれ?」

 レイスが白々しい視線を、否……冷たい視線を彼に浴びせる。


「その、気が付いたらゾゴルフレアに戻ってきていた……んだ」

「ふ~ん。なんか怪しいね? ルン」

「そ、そうかな……まあ、魔の海の内海だから……なあ」

 やっぱし白々しいルンの――


 ルンは言えなかった。

 実はゴールドミッドルの帝国に着いた途端に、帝国の軍艇に包囲されて、いろいろと尋問されてから、強制的に飛空艇を牽引されて……荒れ狂う内海のなぎを利用して、強制送還されたという出来事を、

 飛空艇の操縦士としてそのような汚点を仲間に言いたくなかった……だけで。




       *




「まあいいぞ……」

「リヴァイア……」

「まあ、今宵はカズースのランタンの明かりを見ようぞ」

 リヴァイアが身体をテラスに向ける。


「リヴァイア……」

 レイスが話を掛けようと……。

「……レイスよ」

「なに? リヴァイア」

「それに、ルンもな」

「リヴァイア……」

 2人がリヴァイアの両隣に立った。


 見つめる先にキラキラと輝くランタンの明かりが綺麗だと思った――



「……我を思ってくれて、ありがとう。でもな、我は本音ではもう……聖剣士を辞めたい。


 辞めて――


 死にたい。もう死にたい……のだ。


 もう1000年も生きてきて、それが苦痛に思えて……きたんだから」



「……リヴァ」

「……イア?」

 レイスも、ルンも――突然の言葉に絶句する。

 当然のことだと、伝説の女剣士――その本音を聞いて、その本音が辞めたい。


 死にたい――


 あり得ないと思った。

 伝説の女剣士、聖剣士リヴァイアがこんなに弱音を吐いている。

 弱音なんかじゃない……苦痛なのだと。

 苦痛からの逃避……抵抗、足掻き。


 なんでもいい。


 聞きたくなかった……。レイスもルンも絶句が続いてから、

「……まあ、2人とももう、今宵は話をよそうぞ」

 たまらず、自分の本音を思わず吐露してしまった自分自身に気が付いたリヴァイア――

 表情を見れば分かった。


 これは、言うべきじゃなかった――

 だから、2人を落ち着かせようとする。


「すまない……思わず本音を言ってしまった」

 否定はしなかった――自分の本音だとはっきりとレイスとルンに告げた。

「こんなにも、今宵は……なあ! ランタンが輝いていて……」


 木組みの街カズースの夜市――

 この世界でも、一握りの人々だけが知っている希少なる伝統行事だ。

 それも、毎日毎日続いていて――


「この明かりを見つめていると……どういうわけかな……。本音を……今宵は言いたかったのだ。ああ……はじまったぞ……夜葬祭やそうさいが」

「夜葬祭……」


「見るがいい! レイスとルンよ!!」


 言葉に釣られて顔を街へと向けるリヴァイアに、レイスもそしてルンもつられて、すると、

 さっきまで街で輝いていたランタンが、一つまた一つと空へと昇って行くではないか……。


「……ああ、これランタンの明かりが」

「そうだ。今宵のランタンのメインイベントだな」

「すげえ……綺麗だ」

「そうだな、すげえぞ……ルン」

 リヴァイアは、静かにそう呟くと、両隣に立つレイスとルンを自分のほうへと近付けてから、

「北海の海で命を落とした仲間を弔うために、今でもこうして夜葬祭を行っていることだけは、我はこのカズースに生まれてたことを誇りに思っている。それを――


 今宵も、この宿のテラスから見れたな!」


 ふふっ


 ……と小声で笑うリヴァイアだった。




 オニオンの2階――

 窓を開けてランタンに火を灯して、一気に天へと昇らせる男の子――シルヴィーだった。

「どうか、リヴァイアサンさま……。この北海の海に命を落とした多くのご先祖様を、どうか安らぎを与えてください。そして、どうか、これからも北海の海を……お沈めください」

 シルヴィーは祈った――


 その天へと昇っていくランタンが、すうっと……屋上のテラスにいるリヴァイアの目の前を昇って行く――


「シルヴィー……か」

 そのランタンを誰が上げたのか――リヴァイアにはすぐに分かった。



「この宿からも、ランタンが飛ぶんですね……」

 クリスタ王女が窓辺に立ち、

「ええ、たぶん……あのシルヴィーでしょうね。この宿の住人ですから」

「そうですか……、健気けなげ……と言っていいのでしょうか?」

 クリスタ王女とダンテマが上がっていくランタンを見つめている。

 ふわふわっと、それでも威勢たくましく天へと昇っていくランタンに――

「けなげ……、どうでしょう。献身……と言い換えるべきでは?」

 ダンテマがクリスタ王女を見た。

「献身ですか? それは……どうしてでしょう」


「だって、彼らには……こうすることしかできないのですから」


 死んで行った、天へと昇って行ったあなた達は――自由なのだから。

 戦いたくなくても戦う運命を背負い、死にたくても死ねない聖者がいることを、

 その内心にある悲痛を思ってのダンテマの言葉だった――




「……」

 どんどんと、昇っていくシルヴィーのランタンを、

「……懐かしいな。いや、そう思うのはもう……よそう。ぞな……」


「よそう…… ぞなぁ……」



 リヴァイアが目に大粒の涙を浮かべる――



「もう……よそうぞな。シルヴィーよ。ダンテマよ。そしてクリスタよ――もう、よそうぞなあ……」

 隣にいる2人に気付かれてしまうのでは……でも、そんなことはどうでもよかった。

 自分はカズースに帰ってきて、こうしてまたランタンの祭りを見ることができて、その郷愁と懐かしい過日の思いを交錯させてしまったリヴァイアの心は、居てもたっても……、あふれる涙の如く。



 もう、限界だった――



「……き、綺麗ね。ルン?」

「あ、ああ……綺麗だなあ……」

「ねえ……ルン。あのランタンももう、あ、上がりそうだね……」

「あ、ああ、そうだ……なレイス」

 レイスとルンが夜葬祭に上るいくつものランタンを数えている。


 本当は隣で号泣しているリヴァイアに気が付いていたのだけれど――


 今宵は、もう、いろんなことがあり過ぎた――




「もう……よそうな。シルヴィーよ。ダンテマよ。そしてクリスタよ――


 もう、もう、本当にもう……よそうぞな。


 よそうぞ……」



 泣き崩れるリヴァイア――それは聖剣士リヴァイアの本音だった。



「よそうぞ……な。 よそう……」



 ランタンの明かりは、しんしんと降る雪を避けるかのように、天へと昇って行って――


 天へと昇って――


 天へと――




 天へと――




「でもな、我はもう……一度でも、皆にもう一度な……我は……逢いたいんだから」


 リヴァイア・レ・クリスタリアの大粒の涙がひとつ、零れ落ちていく。

 その零れ落ちた涙の球粒が、オニオンの屋上の……



 木組みの床に浸み込んだ――





 第五章 終わり


 この物語はフィクションです。

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