第41話 ……過去は、もういいか。


「シルヴィ……」

「リヴァイア……」


 心配ない。


 心配は、ないからな。


「シルヴィ……ボク、怖いよ」

「怖くはないぞ……。だから、しっかりと気を持ちなさい」

「……うん」


 もう夕暮れだ。


 ランタンに明かりを灯そう――


「ほら! 明かりを点けると、いっそう怖くなくなるだろ?」

 ホワホワとランタンの明かりが揺れている。

 暖かな橙色の炎が、闇夜の中で浮かんでいると……いつもは何気なく灯しているそれに、感謝の念を感じざるを得ない。

 頼もしい明かりだ――

「……うん。ほんとだね」


 1人の男の子の手を引いて、リヴァイアの隣に歩いている。

 その男の子はシルヴィー。


「もう……、暗くなっちゃうね。ボクのせいだね……」

「そう言うな。そう……自分を……」

 責めるな……と言い掛けたけれど、リヴァイアは口を止めた。


 こんなに、まだまだ幼いリヴァイアに、1000年を生きてきた自分がどうして責める?

(シルヴィー、お前のせいではないから)

 リヴァイアは口を閉じて、心の中でひっそりと男の子を安心た。


 その通りだった。

 死ぬことも許されないこの身を生きてきて、いつしか“1000年後のシルヴィー”に出会ったのだから。

 シルヴィー……我が最愛の

 リヴァイアが第四騎士団の長として、丘の上のサクラで兵士に志願してきた“君”を迎え入れてから……

 いろんな戦を経験して……、

 仲間はひとり、またひとりと力尽きて、墓地へと埋葬を繰り返して――

 運よく生き残ったシルヴィー。

 だが、お前もやがては寿命を全うして死んでいったな。


 そのお前の名前をこの男の子、シルヴィー・ル・クリスタリア。

 孤児院で育った子に私が名付けた。

 お前と同じ名前を与えようと思った。



 私は、寂しかったんだ……



「あんな……雪深い山奥で……。ボク、遭難しちゃったのが悪いんだ」

「いや、遭難してなんかいないから……」

 俯くシルヴィー、その男の子の頭をリヴァイアは何度も、何度も撫でる……。

「……でも」

「だから、そう自分を蔑むなって」

 何度も、何度も撫でて励ました。


 雪深い山奥――

 ここは、木組みの街カズースから大分と離れた山道である。

 

「でも、偉いぞ。シルヴィー」

「……ボクが偉いの?」

 俯いていたシルヴィーが、隣で手を引いてくれているリヴァイアを見上げてハッとした。

「ボク、偉くないって」

「シルヴィ……。そんなことはないぞ」

 リヴァイアが足を止める。

「……」

 何も分からないままに、シルヴィーも足をゆっくりと止めて、

「リヴァイア……、どうしたの?」

「いや、なんでもないぞ……」

 ブンブンと顔を小刻みに振ってから、リヴァイアが静かに口を閉じた。

「……」

 その虚ろに見えるリヴァイアの表情を、シルヴィーは不思議そうに見上げたままで、同じく口を閉じている。


 視線を男の子に向けたまま、リヴァイアは……こんなことを瞬間に思ってしまう。


 リヴァイアサンよ――


 貴様が我に喰らわした毒気のせいで、1000年前のシルヴィー、ダンテマも、そして今ここにいる幼い孤児のシルヴィー・ル・クリスタリアも、

 我の傍に来る者達は、どうして……どうして皆。我を置いて死んでいくのだろうな……。

 どうして我のために、この子が我に会いたいがために、雪山で迷ってしまって。


 どうして、我は――死ねないのだろうな。


 リヴァイアは自分を責めていた。

 無論、彼女はその問い掛けに対する明確な回答を持っていた。

 リヴァイアサンからの攻撃による毒気で、1000年も生きてきたのだから、シルヴィー・ア・ライヴも初代ダンテマも、先に天国へと旅立ってしまったことは……仕方のない自然の摂理なのだろうけれど――


 しかし、この男の子は、シルヴィーは全く関係ないではないか!


 この北海の土地に生まれただけの、孤児だけれど1人の民間人として浮かれてきた男の子だ。

 我がこの雪山の奥にあるロッジで静かに身を潜めては、オメガオーディンとの対峙のために、あるいはリヴァイアサンとの……


 会いたいとは思えなかった。

 できれば、会いたくない。


 因縁のリヴァイアサン――


 1000年前、我はここ木組みの街カズースで生を授かった。

 それから、大海峡を越えてサロニアムの修道士になろうと、城塞都市グルガガムの属地であるカズースに、兵士がやって来た時のことだったな。


 覚えている。


 なにが、徴兵のために女も兵役に志願しろだ!


 サロニアムとは休戦条約を締結したではないか?

 それなのに、女までも剣を持つことはこれからの常識と言い張る傲慢さを……、城塞で囲まれた、怯えた軍事国家グルガガムめ!

 まるで、お前達はハリモグラだな。

 兵役から逃れるために、両親は私を飛空艇に密航させてサロニアムへと向かわしてくれた。

 その両親も、今は昔で……。



「……過去は、もういいか」

 リヴァイアが口を半開きに小声で呟いた。

「……リヴァ? だいじょうぶ?」

 さっきからずっと見上げていたシルヴィーが返す。

「……なんでもない。独り言だぞ」

 左右に首を振って否定した。

 まずは、隣にいる男の子の身を守護することを最優先にしなければ、私は聖剣士で、その前は騎士団のおさで、修道士見習いで――

 私は……、ずっと民間人を守って生きてきた人生だった。

 そして、これからも――


 けれども、その心中の……我の胸元の中にうずめくこの消化できない気負いを、我は……リヴァイアサンよ。


(苦しさも怒りも、もはや……胸元を通り越してしまった聖剣士である我は、だけれど、お前だけは絶対に……)


 古代魔法の図書館で預言書と出会ってから、それに……サクランボさん。

 ダンテマ……

 我が子孫に運命を教えられて、サロニアムの騎士団に入隊して――

 皮肉だな、兵役逃れでグルガガムから逃げてきた我が、敵国であるサロニアムの兵士に自ら志願したなんて……矛盾だ……、どこまでも矛盾だ。


 我が命は、矛盾そのものだ――



「リヴァイア! み、見て」

 シルヴィーが前方を指差した。

 真っ暗闇の向こう、いくつかの火の玉が揺れるのが見える。

「あれは?」

 指を指したままに、シルヴィーがリヴァイアの袖を引っ張りながら尋ねた。

幽火ゆうび? かな……」

 その揺れる明かりに、シルヴィーは怯えを見せつつあった。

 もしかしたら、魔族の群れが自分達を喰おうと襲って――


「……」

 しばらくリヴァイアが凝視する。

「いや、ははっ! 違うぞ……心配しなくていい」

 口を開けて、軽く笑ってからあっさりとシルヴィーの恐怖心を吹き飛ばした。

「あれは、街の人々だな――ランタンの明かりだよ」

「……ランタンの明かり?」

「ああ……そうだ」

 ランタンの光は数を増やしながら、ゆっくりと自分達の方へと向かって来ている。

「つまり、ほら! みんなが迎えに来てくれたぞ。シルヴィー、お前をな」

 聖剣士リヴァイアが摘まんでいた自分の袖からシルヴィーの指を放して、その手をギュッと握り返す。

「……うん!」

 シルヴィーの闇夜の恐怖心も何処かに飛んで行ったようだ。

 大きく頷いてその表情が、安心の笑顔になった!

「まったくな……、私に会いたいからといって、こんな山奥にまで来るなんて」

「だって、リヴァイアは……山奥のロッジにしか住んでいないから」


「……シルヴィー」

「なに?」


 リヴァイアが男の子の両肩に手を乗せて、

「お前も、もう冒険者だな。よく頑張って私に会いにきてくれたぞ」

「……う、うん。でも、ボク、その……リヴァイア」

「なんだ」

「……その、ごめんなさい」


 笑顔から一転、口角を下げるシルヴィーが表情を曇らせる。


 ――と、


「……どうしてあやまる? 何も悪くはないんだぞ」

 リヴァイアはシルヴィーの両肩に手を乗せると、少しだけ力を入れる。

 自分がここにいるから……かもしれないな。

 と……、


 原因を心の中で思いながら、自らを咎めながら――




       *




「止まれ! 貴様ら何者だ!」

 街の入り口で木の棒を片手に門番らしい男性が2人、バッテンを作って自分達の前に立ちはだかっている。

「みなれん……顔だな?」

 もう一人の門番が眉間を寄せて一人ずつ……顔を確認して言った。


「ちょっと、リヴァイア……」

 レイスがリヴァイアの傍に身を寄せて小声で、

「気にすることはないぞ……レイス」

 静かにレイスの袖に手を当てて、彼女を落ち着かせた。

「ほ、本当に大丈夫か?」

 その隣のルンも、リヴァイアの顔を覗きながら。


「やっぱし、がいけなかったから止められたんですかね~」

 アリアが顎に人差し指を当てながら、雲一つ見えない快晴の青空を見つめている。

「あれって、なんだ?」

 そしたら、ルンがアリアに尋ねた。

ですよ……。もう、ルン君が操縦してきた飛空艇が、街の手前でエンジンが止まっちゃって」

「止まっちゃって?」

「止まっちゃって……仕方なく……、……に駐車しているのが、この門番さん達が気に入ってないんじゃ~」

 顎に当てていた人差し指を離すと、『あれ、あれですよ……』という具合に指をチョンチョンと突く。

 その先には、誰がどう見てもここに飛空艇止めたら罰金ものだぞ……


 というように、街道のちょい外れに堂々と駐車しているのは飛空艇ノーチラスセブン。


「仕方ないだろ……だって。エンジンが」

「でも、この門番さん達は~」


「……まあ、そうだな。アリアが正しい」

 後ろに控えていたイレーヌが、うんうんと首を大きく振って納得している。

「あの飛空艇……かなり目立ってるしな」

「だって……、動かなくなったんだから!」

 しょうがね~だろ!

 という飛空艇操縦士のルンのボヤき――

 しかし、その言い訳は『だって、あの飛空艇の方が俺のよりもスピード超過してるじゃん?』という責任転嫁だぞ。


「単純に……燃料の塩が切れただけなんだからね。ルンも……ほらすねてないで」

「すねてないって」

 慰めようと傍に来るレイスから差し伸べてきた手を、おもいっきり振り払う。

「ルン、そう怒るな!」

「怒ってないって」

「……まったく。……なあ。ルン」

 イレーヌがルンの耳元に口を寄せる。


(いざという時は、この魔銃で倒せばいい……な!)


「なっ? イレーヌって! それギルティーものだぞ……。早まるな」

 魔銃使い? のニンジャ・イレーヌからの提案に驚愕を覚えてしまうルン。

 条件反射的に身を反らして拒否る……。

「と、兎に角だ。街で燃料を調達して……さっさと飛空艇を埠頭に付ければいいだかなんだから」

「……だから、この門番が通してくれなさそうだからさ」

 至極ごもっともな現在の問題点を、レイスが端的に彼に話す――

「それに、北海の塩でしょ……。アルテクロスの塩とは……ちょっと癖がありますね」

 すぐに何食わぬ顔をして、余計に言わなくてもいい一言を言ったのはアリア。

「ルン君? 北海の塩はアルテクロスの海の塩と……どうなんでしょうね? 飛空艇との相性はどうなのでしょう?」

 首を横に傾けるアリア、

「私は北海の塩じゃ、今度こそ空中分解するんじゃないかって……思うんです」

 あんた操縦しないくせに、こういうことは心配するんかい?

 天然アリアの着眼点は底知れない――

「しょうがないだろって……。動かせなきゃいけないんだから。この際――」


「――この際。質は別離として割り切るしかさそうだな」

 と、イレーヌ。

 

「だからさ! この門番達が通して――」

 どうして俺が責められなきゃいけない?

 俺がここまで操縦してきたんだぞ! あんたら乗り合いしてる感覚か?

「……もう! ルンって怒らないでって」

 すかさず両腕を伸ばして、彼の腕を掴んだレイス。

「だから! 怒ってないってば」


「お前達? さっきから、なにゴニョゴニョと話し合ってる?」

「やっぱり、お前達は怪しいぞ……」


 門番2人が飛空艇仲間の話に水を浴びせた。

 でも、仰る通りに怪しいよね?



 すると――

「まあ、待て!」

 リヴァイアがルンとレイスの口論中? の間から身を迫り出した。

「門番……よく聞け。我はリヴァイアという者だ」

 これじゃらちが明かない――と思ったのだろう。

 飛空艇の燃料調達を優先事項にして、それにリヴァイアはここ木組みの街カズースの出身だ――

 だから……、顔パスで


「リヴァイア?」


「そうだ……聖剣士リヴァイアと名乗る」

 自分で聖剣士と言うことに少し違和感を感じてしまったリヴァイアが、頬を指で触った。


「だから?」

「……だから」

 けれども門番2人――

 見合った後で素気に返答する。


「……」

 リヴァイアが絶句?

「我リヴァイアを……、忘れたのか?」


「しらんぞ?」

「しらんな……」


「……」

 リヴァイア――言葉を失う。

「……。……うそ。……だろ?」

 そして、自己弁護か――?

「わ……我は、聖剣士リヴァイアと言って、オメガオーディンを1000年間も封印し続けてきた、伝説の女剣士な……なんだから」

 流石に自分で伝説の……なんて言うと恥ずかしい。

 頬をサクランボのように赤らめてしまった聖剣士リヴァイア――ここは彼女の名誉を重んじて、あえて聖剣士と書いておこう!

「……我……は。その……、この世界の平和と穏やかな日常を守り続けてきたの……だから。その、知ってくれ!」

 どうして懇願モードになった?



 聖剣士リヴァイアよ――

 自分を……、責めるでない……。



「……聖剣士……だぞ」

 もはや、プライドの問題に発展している。

「この……エクスカリバーも。つい……この間までは聖剣エクスカリバーと称していて」

 剣を持たない聖剣士なんて、今まさに後ろでエンストしている飛べない飛空艇と同義である。

 でも、そのエクスカリバーも聖剣という冠をルンに譲渡しちゃったけれど……。


「エクスカリバー?」

「……そう、だ。聖剣エクスカリバーだぞ……」

 もう、たじたじなリヴァイアだ。

「頼むから、我はここカズース生まれなんだ……から」

 生まれがここだから通してくれというのは、何一つ説明にはなっていない。

 そもそも、門番が怪しがっているのは「こいつら、どこから来た……あの飛空艇で」という疑心からである。




       *




 その時――


「リヴァイアーーーーー!!」

 駆け込んできた1人の男の子――


「リヴァイア――帰って、本当に帰ってきたんだ」

 勢いよく、駆け足で街の中から走ってくる。

 その男の子――


「本当に、帰って来たんだね――本当に!!」


「……シルヴィー」

 門番の向こうに見える男の子――

「……ああ、シルヴィーか?」

 リヴァイアがその男の子――シルヴィーを、


「我が弟……シルヴィー」

 無論、義理のであるが……。


「……シ、シルヴィー!!」

 思いっきり大声を出して名を呼ぶ!

 シルヴィー・ル・クリスタリアを、はっきりと目で逃さぬように。

「シルヴィー!!」

 リヴァイアは目に、うっすらと涙を浮かべながら――


「リヴァイア! リヴァイア!!」

「シルヴィー!! シルヴィー!!」


「リヴァイア! リヴァイア!!」

「シルヴィー!! シルヴィー!! シルヴィー!!」



 リヴァイアがシルヴィーを抱き上げる――



 その光景は、まるで幼児期の運動会のかけっこで、先生に向かって思いっきり走ってきてね。

 という、……これは作者の体験談、懐かしい記憶の断片。


「おかえり、リヴァイア!」

「……ああ。久しいな! シルヴィよ」

「うん。ボク帰ってくるって信じていたよ」

「……信じて、くれていたのか?」


「うん!」



「そうか……。申し訳……ないと思って」


 ……いる。

 と言いたかった。


 けれど、声がそれ以上出せなかった。

 それどころか、両目に溜まった涙の玉でシルヴィーの顔も、本当はよく見えていなかった。

「シルヴィー。会いたかったぞ……」

 思わず……、リヴァイアが袖で涙を拭う。

 聖剣士リヴァイア……プライドも今は捨てた。


 木組みの街カズース――

 リヴァイアの生まれ故郷に到着した飛空艇仲間。


 今日は珍しく、北海のこの街は快晴だ。





 続く


 この物語はフィクションです。

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