第40話 最後の聖剣ホーリーアルティメイト
「あの……。今それどころじゃ」
レイス――
「ああ!! エンジンの調子が……って具合に」
ルン――
「ああ……あ、……あたしゃ! クラーケンは嫌や!」
「まあ……みんな落ち着いて、ここは私の故郷に行って修理を――」
天然アリア――
「でもさ、この状態でアムルルには行けないだろ!」
イレーヌも思わず叫んだ――
「ちょっと、みんな……待ってくれないか?」
と、突如にリヴァイアが挙手してから、
「リヴァイア?」
レイスがリヴァイアを見つめる。
「魔法都市に向かう前に……レイスに見せたいんだ。カズースを」
「リヴァイア……。カズースって。……生まれ故郷の」
「ああ、お前にはアルテクロスの城で話したな」
「カズースってあの温泉街の観光名所――」
両手をギュッと握って、アリアが目の中に星を輝かせるっ☆
「あ……ああ温泉街の、木組みの街カズースだ」
リヴァイア、アリアの勢いに少したじろいで……。
「カズース……。ああ、リヴァイアさま」
すかさず、水を得た魚――レイスも目の中に星を☆
「……分かったから。みんな落ち着いてくれ」
アリアとレイスと……握られている自分の手を自分で叩いて。
「その……、レイスに」
リヴァイアはレイスの肩を寄せる。
「レイスに約束したんだ。私の生まれ故郷のカズースを見せてやりたいと―― 大海原もな」
「リヴァイア……」
レイスは九死に一生を得たみたいに感無量で。神様仏様……聖剣士リヴァイアさまである。
「カズースの海は、アルテクロスとはかなり違うかな? カズースは北海の海原だから……潮目は荒いぞ。と言って塩の質はアルテクロスの燦々とてりあびた塩とは……雲泥の差さだけどな……ははっ! 羨ましいぞ――」
「リヴァイア……。塩なんかよりも温泉の方が魅力は断然段違いって」
断然、段違い……とな?
「カズースか……。俺も噂には聞いてる」
ルンは相変わらずブラッドソードを手に持って……、肝心の飛空艇はというと只今自動操縦中――
「浸かってみたいな……。一度は。カズースの温泉街で……」
「リヴァイア……。もしかして私のために?」
レイスがリヴァイアの袖を引っ張った。
「そうだな……。それもあるけれど、レイスには申し訳ないという気持ちもあるからだ」
「私は……、別にそんなこと思っていないから大丈夫だよ」
レイスは、なんだか自分は何にも事を成し遂げてはいないのに、それなのにリヴァイアにそう思われたことを恐縮、俯いた。
「まあ、聞いてくれレイス……。お前も御姫様とか……、色々背負ってくれているから辛いだろう」
「そんなことは……」
「私はそう思っている。勝手にだけどな――」
リヴァイアは両手を腰に当ててから、はははっと雲海に向けて笑った。
「リヴァイア……。私は、そんなことをリヴァイアに思っていないって、リヴァイアは……私にとって最愛の姉だから!!」
ヴオン……
レイスの叫びは、プロペラにかき消されてしまった。
「レイス? 何か言ったか?」
リヴァイアは……
「……い、いえ」
レイスは、それ以上は言わなかった。
それを確認するなり――
「……そうか」
と、リヴァイアは本当は聞いていたのだけれど……つまりサロニアム流のウソをついたのである。
「……それにな、私はカズースに帰り、聞きたいんだ」
「聞きたい……ですか」
「ああ……、リヴァイアサンに」
「大海獣の……リヴァイアサンに、ですか?」
リヴァイアは、レイスの言葉を耳にしてから、そしてゆっくりと頷いた――
「もう一度……、このエクスカリバーをな」
腰に下げているのは混血の聖剣ブラッドソードを生んだ後のソード、ただのエクスカリバー。
混血の聖剣ブラッドソードから聖剣のエネルギーを御霊分けした、その亡き骸と言っていいだろう。
レイスのしるしと、ルンの王冠―― そして、リヴァのつるぎの3つが合わさってできた新しい聖剣――
アルテクロス14代の末裔レイスと、サロニアムの末裔ルン王子――
その鞘を摩るリヴァイア――
「もう一度? ……ですか? リヴァイア」
レイスが聞き返す。
「ああ、もう一度だ……。正確には最後だろう」
「最後?」
レイスは……意味が分からない。
「ふふっ」
レイスのあっけにした表情を見つめるなり、リヴァイアが――
「オメガオーディンは、どうしてか分らぬが大海獣リヴァイアサンを召喚させた―― 私が1000年前に毒気をもらい呪いを受けたそのリヴァイアサンが……どうして」
「どうして……、オメガオーディンによって召喚されたのか……ですよね?」
レイスはアルテクロス城のリヴァイアとの話を思い出した。
「ああ……、私は逢わねばならない。リヴァイアサンとな――」
「リヴァイアサンと……ですか」
「そして、大海獣リヴァイアサンが、今もカズースの守り神として生きているならば―― それを私は確かめて、この剣をもう一度――」
「もう一度……? リヴァイアサンと」
ルンが話に入ってくる。
「カズースのリヴァイアサンと……。何がもう一度ですか?」
アリアも続いて――
「ルンもアリアも……。カズースの守護神リヴァイアサンは、アルテクロスの大海原の守り神でもあるんだぞ」
イレーヌも同じく。
「そうなのかイレーヌ?」
「イレーヌさん。やっぱり博識ですね~」
パチパチと拍手を重ねてから、歩み寄るなりイレーヌの頭をナデナデ~
「って! 撫でるなアリア!!」
邪険に扱うイレーヌ、……でも、なんでか頬を赤らめて。
それを、レイスとリヴァイアは見ていた――
クスッ
クスクスッ
なんだか、ようやく心から笑えたような――
「あの、もう一度って?」
レイスが笑っていた顔を袖で拭くなり、聞いてみた。
「……リヴァイアサンが、決してオメガオーディンに死闘を思い続けて。1000年後の今も思い続けていると言うのであれば……私は取り引きをしようと思ってる。カズースの大海原で……」
「最後の聖剣ホーリーアルティメイト――その魂」
リヴァイアは静かにその剣の名を呟いた。
「リヴァイアサンから奪い戻すことで――、私はまた聖剣士になれるであろう?」
振り返えりレイスを見たリヴァイア……は、口角を上げてほほ笑んだ。
「リヴァイア……。聖剣の魂って?」
レイスは思わず身を迫り出して――から、
「……リヴァイア。あなたは」
「――ホーリーアルティメイトは、確か魔法都市アムルルの魔導士達が、いいえ。アルテクロスの預言者達も、サロニアムの魔導士達も、遥か最果ての万年雪の向こうにあるという――伝説の」
イレーヌは、どうやら話を聞いていたみたいで、
「……そうだ。博識のイレーヌだな」
リヴァイアは、一回深く頷いた。
「そんな、大それたことなんか……リヴァイアさま」
「リヴァイアでいい……。ホーリーアルティメイトはカズースからも見える万年雪の向こう……に住む最果ての村の魔導士達がサロニアムの『古代魔法の図書館』で発見した文献から、……オメガオーディンを退治するために試行錯誤を経て創り出した聖剣だと言うけれどな……」
「言うけれどって、なんだ? リヴァイア――」
今度はルンが、歩みを寄せてリヴァイアに尋ねた。
そのルンを一眼見てから、
「……その聖剣のエネルギーさえも、信じたくはないがリヴァイアサンが自ら喜んで食らったと言う。大昔の伝説だけれどな」
「それって、やっぱしリヴァイアサンって、オメガオーディンに屈したってことですか? 仲間になってしまったって……」
アリア……が話に入って、
「……否。私はそうは思いたくない……。神と名乗ることが許されたリヴァイアサン――なのであるから。あやつを超えようと思ってのことなのかもしれない。……だから確かめに行く。このエクスカリバーを持って――」
「持って?」
レイス、一瞬動きを止める。
「ああ……レイス。このエクスカリバーという剣はな……。代々、私の家の家宝だったんだ」
「家宝ですか?」
「私が修道士見習いになる前に……。サロニアムの騎士団に入る……ずっとずっと前に、生き別れた両親から手渡された形見だ――。その
そう言って、俯くリヴァイアが――
「運命とは、宿命とは……そういう……。もう昔話はいいかな?」
口をつむったリヴァイアが、それでも肩を揺らしてひそかに笑った。
魂を―― しかし……
「しかし……?? ……って、リヴァイア!! あなたは……、また聖剣士としてオメガオーディンと戦うつもりなのですか? 折角、普通の人になれたのに……どうして」
レイスが、悲痛な思いを込めて握っている両手――
その手に込めた力――祈り、願い……。
彼女は叫んで……
リヴァイアは……、目を合わせなかった。
「1000年を生きたリヴァイア・レ・クリスタリアが、もはや普通ではない……ぞ。毒をもらって毒を制す。私が1000年を生きた呪いを、今度はオメガオーディンに与えてやる」
ただ、淡々と言葉を重ねていく――
「そんな……ことを、して」
「してでも……倒したいんだぞ。レイス……そんなもんだ。怒りとは、執念とは、呪いを晴らすとはな!」
ガクガクと顎を震わせているレイスを、しかし、リヴァイアは袖に振る――
「最後の聖剣ホーリーアルティメイトで……、できることならば。我、聖剣士リヴァイアの命は1000年前から、この世界のために……ある。必ずこれで! オメガオーディンと……まあ。それはカズースについてから話そうぞ」
ははっ……とリヴァイアが微笑んで見せた。
「リヴァイア……」
レイスはその表情を、芳しくは思えない。
けれど――、
「カズースの温泉街は、それはそれは……賑やかでな!」
リヴァイアの空微笑みは、
「……うん、リヴァイア」
レイス……、静かに納得してくれる。
「……ありがとう、レイス。我が……」
「……そう! 最愛の妹なんだから」
「レイス……よ」
今度は、じっと見つめるリヴァイア……であった。
「リヴァイア♡」
それを、察してくれたのか、レイスは嬉しく微笑み返してくれた。
「レイス……、んじゃ、行き先はカズースだな!」
ルンが空気を変える意味を込めて、大きくそう言うと、舵をブワンと握り捻って、
「あー、あたしも、もう免許持って!」
「お前の腕じゃ、あの大海峡の気流を乗り越えられないってば!」
サロニアムの砂漠を越えて、目前に見えるは海――否、サロニアム大陸と向こう岸の大陸、つまりカズース大陸の間にまたがるは――大海峡。
「あの海峡の名前って、確か……なあ、リヴァイア?」
舵を握る手を止めずに、気流の道を探さんとしてルンは右に左に舵を回し回して、その流れをなんとか乗ろうと必死の中で、リヴァイアにそれを聞いて。
「ああ……、リヴァイアサンだ」
大海峡リヴァイアサン――
その名称は恐れ多い、大海獣リヴァイアサンへの畏怖の念から付けたのかも――
それとも、単なる恐怖心から決めたおまじない……なのか。
「俺に任せとけ! カズースに行くのは結構難しいけれど、まあ何とかなるだろうな」
「ルン……ありがとう」
レイスはペコリと。
それを見たルンは――
「レイス……姫。 だっけ? 御姫様は……らしく? だよな」
「もう! ルンって!!」
「ルン君……」
アリアも――
「ルン……。申し訳ない」
リヴァイアが突然入ってくる。
「なんで? 聖剣士さまがペコリするかな……。俺はさ、ただの飛空挺の操縦士だって」
「……ルン」
「リヴァイア……。もう聖剣士さまが哀しむ顔を見せなさんな! そんな顔はリヴァイアじゃないからな」
ククッと表情を明るくして、本当はこの大海峡の気流に悪戦苦闘な今なのだけれど――
「じゃ舵を回すぞ!!」
ルンは、リヴァイアが言いたかったことが何となく分かってしまったから……だから……こそ、それ以上は聞かないことを貫こうと。
聞いても――俺には、さっぱりだから。
聖剣の所有者だけれど……今はまだ心の整理ができないし。
自分にできることは、この気流を!
「うわわ……ちょ。待ってルンって。舵回しすぎってば」
レイスは慌てて木箱にしがみ付く。
「はは! 教習で身に着けてきた腕前は、勘はそんなものかレイス? ここって気流はな! こうやって乗り切ることが常道なんだぞ」
思いっきり舵を切って……切って!
ヴオーーーーン!
「ルンさんて! もう、ちょっとだけ安全運転を……です」
アリアも傍にあった木箱に身を被せて、
「俺はさ! いつでも安全運転だぞ」
「ルンって、そう焦るな。カズース前の大海峡は……。
「ああ……イレーヌ! よく知っているじゃね? でもな、ちょいコツがイリーのって、な、でもなーー!」
ルンが舵を回す、返す、返してからまた回して――
「もう! ルンて! 乱暴な運転止めてよ!」
レイスが掴んでいた木箱から手を……その時、
「まあ、彼に任せようぞ……」
ギュッとレイスを掴んだ。のは?
「リヴァイア――」
「レイス……。我はな……、こうして飛空挺に揺られていると……思い出すんだ。カズースの幼い頃に大海原で漁の手伝いをしていた船揺れを……な」
うんうんとリヴァイア……感慨にふける。
「……………」
一瞬、いや数秒にレイスは目視でリヴァイアの顔を見つめ――
「もう! リヴァイアって、感慨ふけらないで……」
レイス……、これは何かの冗談じゃね? リヴァイアをこの時ばかりは少しだけ恨んだ。
「ふふっ……。そうか、この飛空挺の揺れは絶好だぞよ」
「もう! リヴァイアってふざけないでって」
「私はな……我は……、」
リヴァイアが……キレた?
「なんでまあ……、こうもこじんまりと飛空艇で乱気流を……。まあ、我もこじんまりかな? 1000年を生きたのだからこれくらいの許しを……大海峡リヴァイアサンよ!」
大海獣のリヴァイアサンではなくて……、目下に荒れ狂う海の流れを恐れずに、大海峡リヴァイアサンとそれを称するリヴァイアが、キレたこともあってか、逆ギレであるかも?
「……しばらく逢っていなかったな、リヴァイアサンよ。ようやく逢えるな。……逢って、お前と抱擁を交わしたいと願うぞ」
リヴァイアはエクスカリバーを握った――
*
大海峡の死が淵に迫る中で――
「……このボタンをさ! ポチッとさ、このボタンをな」
「うん。うん。そうだね……」
ルンとレイスが一様に頷き、そして困惑していた。
「このボタンを押せば、なんとかなるかも」
「なんとかなる……ような気がさ、俺はするんだ」
「ちょっとしっかりしてよ、ルン王子」
「……そんなこと言っても、レイス姫」
自動操縦の飛空艇の最中で、機関室で何やらよもやま話――違うぞ!
命を懸けた『ボタン押し論争』をレイスとルンが繰り広げている。
「じゃあ、押しちゃいましょうぞ! ええいってな!!」
と、ポチッと押したのは、またしてもリヴァイアだった。
「リヴァイア!! なんてことを?」
「リヴァイアって、アホか??」
聖剣士リヴァイアさまに、恐れ多いとは思わんか……ルン。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
刹那――無言から一挙に悲鳴……、もう書けません。
大声で語り掛けるルンとレイスとアリアとイレーヌ――
「心配ないぞ。私の経験から導き出した結論だから!」
リヴァイアが腰に手を当てての、何故か自信たっぷりな返答だ。
「リヴァイア……。だー大丈夫?」
と、レイスがリヴァイアの傍へと、
「案ずるな! 私には元聖剣士としての1000年の智慧があるから。その智慧から導いた結論を信じろ」
「……は、はい」
レイスはコクリと、それでいいと……まあ、クラーケンに食べられることはキツイけれど――
それでも、聖剣士リヴァイアは、私なんかよりもっとキツい人生を1000年もの長きに生きて、苦しんできて――
本当にこの世界を平穏にする力、
『最後の聖剣ホーリーアルティメイト』
それを手に入れなければ――
アルテクロスの飛空艇仲間にリヴァイアも加わって、無事に着けるのかな?
リヴァイアの故郷、木組みの街カズースに……
*
その日の夜――
レイス達とルンらと談笑を交えながら夕食を食べた。久し振りに嬉しくて楽しいディナーだった。
私は、1000年もの長い月日を生きて……、生かされてきて、それが私にとってどういう人生だったのかを今でも考えさせられる。
私は古代魔法の図書館で預言書と出逢い……、それから騎士団に志願して……、やがては騎士団長へと。
しかし、ながら……、幾人もの兵士が私より先に亡くなっていった。
シルヴィ――
私の
私は飛空挺の一室で、一人記録を残そうと今書き綴っている。
いつから始めたのか覚えてはいないけれど、今ではこれが寝床に着く前の大切な日課となった。
レイスも……、すっかり元気を取り戻した様子で、まだ重き運命を背負っていることに変わりはないけれど。
それでもレイスは、毅然として姫としての身分を自覚してきたように思う。
ルンも聖剣の主人となり、始めは困惑を隠しきれないでいたけれど。
そこはこの飛空挺の操縦士としてのリーダーシップをちゃんと自覚して……、そのようにあの聖剣もその主人として扱い慣れてくれることだろう。
最も、飛空挺仲間のリーダーはレイスと彼女は言い張ってはいるけれど。
アリアもイレーヌも、当初は2人の仲が縺れてしまうのでは……、イレーヌがニンジャだということをアリアが知ってしまい。
アリアはいつもは能天気なところを皆に見せているのだけれど、私は見たことがある。飛空挺のデッキ後ろで1人で――
イレーヌさん……
と、寂しく呟いていた時のことを。
彼女は……、ああ見えても寂しいのだろう。魔法都市アムルルから追放された身であることを、イレーヌが随分と前に教えてくれた。
彼女はニンジャとして、よく私達のことを調べたもんだと思う。
そのイレーヌが、私に――
「リヴァイアさま……、どうしてあなたは、」
「なんだ」
あれは……、サロニアムの城に向かう前の飛空挺での一節だった。
「あなた様は、どうしてレイス姫を助けようと」
「助けようと?」
私は一瞬――
イレーヌは、
「こんなことを、あたしが言うことはいけないことなのでしょう……。けれど、レイス姫を生贄に差し出せば、オメガオーディンに……。そうすれば、あやつは再び封印することができるのでしょう」
「ああ……それもそうだな」
私はそう返事をした――
「ならば……レイス姫は、」
「我が最愛の妹だぞ――」
「それこそがウソでしょう……。あなたにとってレイス姫は1000年後の子孫に過ぎません」
「それがどうした?」
「……………」
イレーヌは声を詰まらせながらも、
「あなたはレイス姫と世界とどちらを――」
そんな話をしたっけ?
ふふっと……、1人リヴァイアは、日誌に書いていた手を止めた。
私にも正直わからん……
世界を救うことで、皆が平和に生きることができるのだろう。
だとしたら……、レイスはどうなる?
彼女1人を犠牲にして……、生贄にしたかもしれない、その後の救われた世界に――
リヴァイアは、
私には、そんな世界には……、何も価値が見出せないんだよ。
「もう今日は、日誌はこれくらいにして、寝ような……」
リヴァイア――
ここは……
木組みの街カズース。
雪が降っている。
「リヴァイア……か?」
目前には大海原――リヴァイアサンの海。リヴァイアサンの海だ。
リヴァイアがいる。
北海の荒れ狂う海原だった――
「リヴァイアよ――」
「リヴァイアサン?」
「そうだぞ……」
「リヴァイアサン!!」
力強く、どこまでも響いていった大海原に、リヴァイアは大きな声で叫ぶ。
すると――、
大海原から潮を掻き分けて現れた巨大な魔物が、
「ああ、ようやく逢えたな! 大海獣リヴァイアサンよ」
それは例えるなら、巨大なウナギだろう。
エラを尖らせ、それを誇らしげに羽ばたかせる。
海洋生物の分際で、その上半身を海面に見せる、ここカズースでは神と称されているその魔物――
「大海獣リヴァイアサン!」
魔物ではなくて、木組みの街カズースでは神として祭られている。
だが、リヴァイアにとっては……もっとも忌むべき相手。
自分に毒気を吹きかけてから、1000年の呪いを生かされた相手だから――
「そうだ、お前を見殺して1000年の呪いを与えてきた」
まさに悪の海獣たる発言。
「リヴァイア……。どうだ死にきれんという苦しみは――」
首を上下に振って大いに蔑んで笑う。
『あやつはお前を見捨てた……。見捨ててオメガオーディンにくれてやろうとした。そういうやからを、お前は今でも神として信仰すのか?』
「リヴァイアサンよ……。お前だけは、お前だけは……」
その手を腰に下げている……、今はただのエクスカリバーへと。
「そんな弱小な小太刀で何ができる? リヴァイアよ」
「うるさい!! お前のせいで私は!」
『その通りだ……。リヴァイアサンはお前にとって宿敵―― それはオメガオーディンよりもはるかな憎悪として、今もお前の心の中内在しているのだ……』
「分かっているのか…… そして、まだ分かっておらんな……リヴァイアよ」
「分からんとは……何をだ」
震える手を鞘へと……、それは身震いじゃなくて……心の底から来た自らの命に対すて行われた愚行……、その怒りだ
「お前は今怒っておる。相当にな」
『怒れ! 怒れ! リヴァイアよ!! 死ぬに死にきれなくなってしまった相手を目の前に、お前がどうして神にひれ伏せようか』
黙れ……何者だ?
私はお前だ…… リヴァイアだぞ
うるさい……
「ああ、そうだ……。何故なら故郷カズースで信仰してきた我に……、お前は私に裏切られたと」
「――そう思っているからだ」
「そうだぞ! リヴァイアサンよ。どうしてオメガオーディンと手を組んだ!!!」
『お前を、リヴァイアを捨てたんだぞ……リヴァイアサンが。馬鹿にされているだけだ……リヴァイアは』
うるさい
お前は誰だ――
『だから、私はお前……リヴァイアのダークな本音だぞ』
本音?
『そうだ、お前の本心と言っていい――否。その発言は滑稽だな』
「滑稽だと?? ダークリヴァイア」
一瞬、鞘を持つてを、刹那にそれを
「我は取引をした――」
「取引……? あやつと」
「そうだ……」
「どうして、魔物の――」
「よく聞け! リヴァイアよ」
リヴァイアサンが顔をグイッと、砂浜に立つリヴァイアへと押し寄せて。
「エクスカリバーで、あやつは倒せん――でもな」
「でも……」
「あやつは我を召喚することを条件に。カズースを攻撃することを回避してくれた……」
「そ……、そんなのウソに決まっている」
「街人を捨ててでも、生贄に捧げてでもリヴァイアサンは生きたかった。死にたくなかったんだ。お前に呪いを与えても生き延びることを決断した」
「我は、そういう邪神であるぞ――」
「……回避ですか?」
リヴァイアが膝を着こうと――
「ああ、その結果、今もカズースは穏やかな温泉街として賑わうことができているのだから……」
「――――」
リヴァイアは絶句――
「……そんなもんだ。あやつは強敵だから我にも倒せん。闇そのものは深い……深すぎる」
「リヴァイアよ……カズースに……、故郷に戻ってきてくれ」
『戻るな! リヴァイアよ!! また毒気をもらうことになるかもな』
「だから、うるさい!! ダークな私――ダークリヴァイアよ!」
「来てくれて……。私は自分から、そう思って……。我は願っておる」
「それはどうして?」
大海原の向こうに堂々と波に乗るリヴァイアサン――
ふてぶてしい神なのかもしれないけれど。
「レイス達では倒せんからな……それは、お前も」
「御意に――」
「だから……。お前のその腰に下げているその剣……。エクスカリバー。違うな。太古の名称であるホーリーアルティメイト?」
「それをな、我が聖剣に生まれ変わらせてやろうぞ――」
「聖剣に――」
『また騙されるのか? エクスカリバーを、聖剣ホーリーアルティメイトに変えたところで、オメガオーディンは倒せん、どころか……お前は今度こそ命をおとすことになるぞ。これはダークリヴァイアからの助言である』
「お前こそ、うるさいぞ!!」
「そう、最後の聖剣ホーリーアルティメイトへと……。そして……。その……、その剣こそが、あやつを倒せる最強の剣となる」
「その根拠は――」
「それはお前が、リヴァイア・レ・クリスタリア――王家の血を引き継ぐ者として、その重責を担っている証拠である」
「……私が、私があやつを」
「あやつを倒そう……リヴァイアよ」
ザバーーーン!!
リヴァイアサンが大海原へと――
「……ま、待ってくれ。……リヴァイアサン!!」
それでも、リヴァイアサンは深く海へと潜っていく。
北海の海は、荒れ狂うように波しぶきを立てている……
ただ、それだけの風景に戻った海は、
「私が、リヴァイアが……今の今まで信じてきた、信仰してきた海は、……海は、私にとっては無価値だと……、裏切られてしまったと」
リヴァイアが砂辺で一人、膝をつき、
「リヴァイアサンよ―― 私の、この1000年を生きてきた呪いは、なんだったのですか? ……どうして、私は。……こんなにも、
こんなにも……、ここまで生きてきたのに……リヴァイアサンよ…………」
「リヴァイアサンよ!!」
……リヴァイアの叫び、悲痛な叫びが北海へと伝わっていく。
けれど、その声は虚しく残酷にも、荒波によってかき消されてしまうのだった。
「リヴァイアよ――」
思わず渚の水をかぶっても、それでも気にすることなく、リヴァイアが海へと掛けって――
「故郷に帰ってこい―― そしてけっちゃくを、我とつけようぞ」
『戻ってなんとする……リヴァイア?
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、なんとする……。
なんとする……、なんとする……、
なんとする……。
聖剣士リヴァイアよ――』
ダークリヴァイアが囁く……。
それは魔物が人間の生き血を啜る前の前菜と例えられるような、それを一言で称するならば――
リヴァイアは――怖いのである。
*
――ここは木組みの街カズース。
大海原――リヴァイアサンの海辺である。
「今日も……、リヴァイアサンさまは姿を見せてくれなかった……」
落ち込む男の子が一人砂を蹴る。
「今日も姿を見せてくれなかったね……」
隣にいるのも男の子。
「うん……」
その彼は俯いた――
リヴァイアサンの海からの海風は少し強かった。
波も――同じく。
「本当に……、リヴァイアサンさま、いるのかな」
「いらっしゃるでしょ」
2人が後ろで話をしているさ中に、もう一人の今度は女の子が。
しかし、その声も聴きながらも、彼はまたリヴァイアサンの海を眺めた――
北海の海は波が荒い――
「いるよ……。リヴァイアサンさまは」
「でも、出てくれないけれど……」
「お出ましに……でしょ」
「……お姉ちゃんが、ずっとずーと前に教えてくれたもん」
彼は口を噤んで、それでも言い張った。
「また……お姉ちゃん?」
「どーせさ……。血が繋がっていないくせに」
「そうだけれど……、でも、ボクはわかんないよ。……お姉ちゃんが、言ってくれたことがあった。この海を一緒に見つめていたときにね」
『ねえ? リヴァイアは……、リヴァイアサンさまを見たことあるって本当なの?』
『――ああ、見たこともあるし会ったこともあるぞ』
『ホントに?』
『あははっ……。本当だぞ』
『……ボク、一度も見たことがないんだ』
『そうか……まあ、別に見なくても』
『リヴァイア姉ちゃん! ボクも見たいって……』
『……ふふっ。そうか、そうだな。神を一目見たいって気持ちは』
『ねえ? どうしたらリヴァイアサンさまを見ることができるの』
『そうだな……。私が傍にいればあえるんじゃ』
『本当?』
『こら! そう……はしゃぐでないぞ』
「……ボク、待っているから」
「え?」
「なに?」
「あれから、ずっとお姉ちゃんは旅に出て行ったきりで、だからリヴァイアサンさまにも会えないんだと思う。だから、待っているんだ」
お姉ちゃんが――リヴァイアが木組みの街カズースに帰ってくる日を。
「待っているって、帰ってくるの?」
「ねえ? お姉ちゃんって風来坊なんでしょう」
「そうだけれど、帰ってくるって……必ず!」
そう言うと、ボクは、再びリヴァイアサンの海を見る――
相変わらず、リヴァイアサンの海は荒れているのだけれど……
その男の子、名前を――
『シルヴィ・ル・クリスタリア』
という――
聖剣士リヴァイアの義理の弟である――
続く
この物語は、フィクションです。
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