第六章 聖夜祭
第52話 聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は、んもー!! 何も言わないってね……
ここは聖ジャンヌ・ブレアル学園の敷地内。
めずらしい名前の学園だと思われたことだろう。まあ、その通りである。
この学園の詳しい姿、いったいどのような風貌の学園なのかは……これから徐々に教えていくことになるから、今はただ一つ「カトリック系」の神学校――もとい、進学校(高等学校)であることだけ、知っておけばよいからね。
――正門から緩やかな坂を上がった真正面。
綺麗に手入れされている庭の緑と、花壇に咲いている季節の花々に包まれたところに、『聖人ジャンヌ・ダルク』と、彼女の異端裁判をしきり、最終的に彼女に無罪判決を下した『ブレアル裁判長』を祀っている教会――聖ジャンヌ・ブレアル教会がある。
その教会の中。最前列の長椅子に、一人の小柄な女の子が祈りを捧げているのである。
女の子というよりも、まあ、女子高生なんだけどね。
どうして、こういう紹介をするのかと言えば、一般的な女子高生の容姿より、ちょっと幼さが見えるから。例えるなら、さくらんぼのドデ~ンとした甘酸っぱい御当地のお土産にどうぞ! というような果実じゃなくて。
……近所の桜の花と葉の間に見え隠れしている、ちょっと小柄なさくらんぼのような感じ。わかるかな?
そのさくらんぼ……っぽい女の子。
――教会内には彼女の他に誰もいない。
彼女は目を閉じて、一心に、静かに祈りを捧げているのであった。
ステンドグラスから、朝の太陽の光が教会内を優しく照らしている。彼女にも、そのステンドグラスの優しい光があたっている。
『救国の聖女』と呼ばれた聖人ジャンヌ・ダルクと新子友花の、一心に祈り……祈られ。とても、献身的な場面であることには違いない――
胸の前で両手を組み、新子友花の口がわずかに開く。お祈りの言葉なのだろうか?
「ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま……。あたし、……あたしはどうすれば」
迷える子羊、やはり彼女の祈りの言葉が始まるようだ。
「……どうか。……どうか、忍海勇太というあのラノベ部の部長が、どうかあたしのことを、お前と言いませんように!!」
ん? あれ……。何か様子がおかしいよね?
「……ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま!! あなたさまの火刑の苦しみを、あの忍海勇太にも与えて、そんでもって勇太っていうのをジャンヌ・ダルクさまと同じく、火の海にしてやってくださいなわっ!」
おいおい、それって危なくないか?
ついでに、……語尾もおかしいよね。
「はい! 今日の朝の礼拝は、これでおしまいっと!」
……新子友花はそう言い終わるなり、ゆっくりと目を開けて立ち上がった。
その表情は、あっけらかんとしている。どこか……すっきりとした気持ちかな?
いやいや、ぶっきらぼうな祈りの冒涜だよね? これ??
「さてと、授業という名の戦場へ行きますか!」
……どういう授業なんだ?
長椅子に置いてあったカバンを、「よっこいせっ」と肩に掛けて、んぐ~と両手を上げて背伸び。
一息、深呼吸して……。
そして、新子友花はステンドグラスの光を背に浴びながら、聖ジャンヌ・ブレアル教会を後にして行ってしまうのだった。
すたすたと歩いて行く新子友花。……のように見えたけれど。
「あっ! やっばい遅刻になるぞ、これ……」
困惑した顔の新子友花。ただの早歩きだったようだ。
教会内に新子友花の足音が
なっていった――
静かだ――
――
――― ― ―
新子友花のさっきまでの、へんてこりんな礼拝の時間とは変わって、今は静寂が教会内を包み込んでいる。
音が聞こえない。張り詰めた空間、緊張感ある本来あるべき姿の聖ジャンヌ・ブレアル教会内――
清き、潔き祈りの空間。迷える子羊が訪れ、悲痛な己の気持ちを告白する空間。
誰にか?
それは、勿論、『救国の聖女』であり、聖ジャンヌ・ブレアル学園のシンボルとなっている御方。
聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は、勿論、何も言わない……
……と思ったら。
「……まったく。新子友花よ」
どこからともなく、声が聞こえてきた。
これって、なんだかRPGの中ボスに立ち向かう前の、どこか小さな祠で祈りを捧げている時に、天の声とか思召しを授かった勇者一行が、あれ? 今の声ってもしかしたら……とか何とか思い。
祠の中を天井を見回している姿、RPGの最初の方にあるエピソードあるあるだ!
(作者の例え話はRPGが多いですからね……)
「新子友花よ……。まったくもって、お前ときたら」
……その声。
どうやら聖人ジャンヌ・ダルクさまの像から聞こえる? 勿論、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は何も言っていないけれど。
「……本当に、お前ときたら…………お前の悩みというものを今まで何度も聞いてきたが、お前ときたら、まったく」
さっきから、お前の連続である。
「お前はな、よく耐えてると我ジャンヌは思っているのだから。だから……」
ふわわ~ん
と、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の前に効果音とともに……幽霊じゃないけれど、突如姿を見せたのは、そう聖人ジャンヌ・ダルク。
本人である――
念のため、もう一度。見た目は幽霊じゃないけれど、と言っておく。
聖人ですからね! 神様ですからね!!
だけれど、別に清楚な衣装でもなく、甲冑を纏っているでもなく。戦火の英雄ジャンヌ・ダルクとは、その姿から見て想像できないくらいの……、そのごく普通の中世の服だ。
――何というか。
普通と書かれても読者からすれば、普通って? 中世でって? そう思うのが率直な感想だと思う。
作者もそう思う。反省……
だから、なんとかもう少しだけ彼女――聖人ジャンヌ・ダルクの容姿を書こう。というよりも、小説書いてんだったら、書けよとツッコまれるかな?
本当に普通の中世の服なのだ。そう言ったほうが一番わかりやすくて想像しやすいと、作者は思って。
……見た目は、どこか御嬢様学校の制服っぽい。セーラー服のようではなくて、修道士のようなシスターのような、つまり服とスカートが一緒になっている服である。
生地はかなり普通だ。……いや失敬!
ジャンヌ・ダルクは超有名人ですから、実際のところはどんな容姿だったのかは、文献で知ることしかできませんからね。
――容姿の話はこれくらいに。要するに、昔話の乙女が着ている着物のような質素な姿である。
だけれど、見窄らしくはないですよ。
決して、ごく「普通」の乙女の普段着ファッション――例えるならば[ユニクロ・ファッション]の一般的な季節物ファッションですかな?
余計にわかりません……? そこは、ご想像に委ねますね。
話を戻しましょう。
「よっこいせっと……」
美人薄命――
という言葉が、本当にふさわしいジャンヌ・ダルク。
薄い栗色ではなく、かといって新子友花のような金髪ヘアーでもない。
例えるならば……、彼女の故郷ドンレミで飼いならされていた羊達が、朝の日の光に照れさていたかのように淡い……薄い金色に光輝いているかのような髪の毛の色である。
神々しいと称せる――
かといって、髪自体が光り輝いているわけではなくて……。
ふわわ~んと現れたジャンヌ・ダルクは、自分自身の像、聖人ジャンヌ・ダルクの像の前に、ぼそっとそう言って腰掛けた。
聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台座まで伸びているそれは、その数本が、台座に座る彼女の膝下まで伸びる。
前髪に掛からないようにと……、橙色の髪留めを両耳の上で留めているヘアースタイルが、とても印象的である。
……ちなみに、彼女は19歳のうら若き乙女である。魔女の烙印を押されて、広場で火刑に処された年齢――悲運の享年。
その時のままに、今も美しい聖女――
「相変わらずだな。新子友花よ!」
両手を像について、足はぶらぶらと。
女子高生が昼休みに校庭のベンチで、一人暇を持て余している時のような、リラックス感を開放している姿のジャンヌ・ダルクだ。
神様も一人でいると、寂しいものなのかな?
目を細く下に伏せて、彼女は言う。
「……新子友花。自分の恋愛が思い通りに行かないことが、お前、そんなに悲痛な悩みなのか? 祈り抜けようと思うくらいの深い悩みなのか?」
その言葉は、さすがは神――至極、的を得ている疑問だった。
「人生というものはな、思い通りには決していかないし、うまくもいかないし、そんなものだろうと断念することの連続であるし……。我もな。気が付けば、どうすることもできなかった。死ぬしかなかったんだ……」
両足が止まった――
新子友花の祈るくらいにまで追い込まれた? 悲痛な悩みなんてものは、幾人もの迷える子羊の祈りの言葉を聞いてきた聖人ジャンヌ・ダルクからすれば、[FF3]の浮遊大陸でバトルを繰り広げた後の、飛空艇に乗って仲間達と旅立った大海原。
小さいよ……新子友花。いや容姿じゃなくて、心の話。
「……みんな、気が付けば自分のことしか思っていなかった。みんな、自分のためにだけ戦っていることに気が付いた。でもな、それでも我ジャンヌはな……」
彼女は更に視線を俯かせて。
「それでも、我は祖国フランスのために、これが勝利のための生きる――我が生まれてきた意味なのだと! そう信じて、我自身に言い聞かせて……聞かせて、来たのだけれど…………」
と言うなり、ジャンヌ・ダルクは俯いていた顔をハッと上げた。
刹那、彼女の左目にステンドグラスからの彩度の高い――されど綺麗な朝の太陽の光が当たった。
少しだけ
聖人ジャンヌ・ダルクさまの像にも、同じくステンドグラスからの光は当たっている。
神々しいとは、このことである。
「……そんなものだ。新子友花よ」
何が“そんなのも”なのかは、恐らくジャンヌ・ダルクの心中にある、彼女が経験してきた『英仏100年戦争』のエピソードを聞かなければわからない。
彼女のわずか19年間の人生から得ることができた『悟り』……とは言い過ぎかもしれないが(教訓と言い直したほうが適切か? それとも聖人としての真面目なアドバイス??)
ふふっ
ジャンヌ・ダルクが、なんだか吹っ切れた感じで少し微笑みをこぼした。
「なんだか……我ジャンヌは本当は悔しいのだけれどな。それでも、こうして今は聖人として、皆から、新子友花から愛されているのだから。……もう昔のことだから、今はもう……思わないでおこうと思っておる」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がった。そして再び、ふわわ~んと少しだけ身体を宙に浮かせた。
――しょうがないと思え
しょせんは、死んでいく命だ
「新子友花よ――。我ジャンヌに信心する気持ち。我はありがたく頂戴しているぞ。……これから忍海勇太との恋愛関係は、ゆっくりと発展させていこうぞな!!」
ふふっ
ジャンヌ・ダルクは、また少し微笑みをこぼした。
そして、彼女は新子友花のさっきまで座っていた長椅子の、最前列の席を見つめながら、
「今までも、いつもいつもだ。こんなにも文明が発展した時代になっても、後進的な祈りという作法で我を思い……我を慕ってくれていることに…………本当に感謝している」
と言い残して消えて行った――
嬉しいぞ!! はるか時を越えても、こうして我を思うお前がいることにな。
我は幸せなのだろうな……たぶんかな??
こんなことを、聖人たるものが言ってもいけないか……。
でもな、いつもいつも……お前を見ていて、今日は言いたくなったんだ。
新子友花よ――我ジャンヌ・ダルクは、お前を助けようと思う。
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
また、[ ]の内容は引用です。
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