最終話 エピローグ
この試合に勝てば、攫われたリッカを取り戻せる。
あのバカ王子に、リッカのどこが気に入られたのか知らないが……側室候補?
それってつまり、王子の隣にリッカがこれから一生、ずっといるってことだろ?
おれの隣から、いなくなって。
……そんなこと、許せるわけ、ないだろ……ッ!
「いつから、好きだったと思ってる――」
「……え?」
「おれの方がずっと前から想ってた。だけど、自信なんてなかったんだよ……リッカには魔界で戦える実力があって、おれにはない……こんなの釣り合わねえって、さ――」
性別の違いを理由に、逃げたくなかった。
センスがあれば、なくても磨けば、追いつける。
創意工夫で対等になれる。おれはそれを学んだ。
「ま、待ってマサト……絶対に恥ずかしい思いをするからっ、その口を閉じてぇ!?」
「おれが悩んでいたのになんだよ、王族だから? 金があるから?
ぽっと出てきたやつが横から掻っ攫いやがってッ!
ふざけんな! おれのだぞ……リッカは、おれのだ!」
「好きで好きで――仕方ないんだよっ!」
「王族だろうが関係ぇねえよ……どこまでも執着してやる。
絶対に、リッカは返してもらうからなッッ!!」
観客席を見上げ、王子に啖呵を切る、と――。
囃し立てるような口笛。
どこからか、小さな拍手が聞こえてきた。
……なんだ、この違和感。
まるで、おれが見当違いなことを言ったみたいな、この場の雰囲気は。
称賛の声もあるが、やはり、しんとした空気の方がこの場を支配している。
どこかで、ふう、と息を吐いた声。
同時に称賛の声もやみ、会場に静けさが戻ってきた。
「好きに持っていけばいい。リッカは元から、きみのだろう」
「は?」
「強さを証明しろ……まあ、これはこれで証明できた……か?
まさか対戦相手をこんな形で戦闘不能にさせるとは思わなかった。
けど……きっかけにはなったかもね。きみの派手な告白が、男たちの
王子に言われ、リッカを見てみれば。
のぼせたみたいに耳まで真っ赤にさせて、両手で顔を隠しその場に座り込んでいた。
「り、リッカ……? 大丈夫か……?
熱でも――熱っ、おまっ、体調悪いだろ!?」
こんなに熱があるのにステージに出てきたのか!?
棄権できない状況だったのは分かるが……それでも、もっと自分を大切にしろ!
「…………わ、わたし、も」
リッカの両手を取ると、彼女は目を逸らして、
「……マサトのこと……す、好き、だよ……?」
っ。
……それは、その言葉は。
確かに嬉しくて、今すぐにでも飛び跳ねて喜びたいが――しかし、
「お前……こんな人目のあるところでそういうこと言うなよ!」
「あんたが言うなあっ! うぅ……マサトの、ばかぁっっ!!」
そして。
照れ隠しなのか、振り下ろされたリッカの拳がおれの脳天の落ち、
あっという間に、視界が暗転した。
エピローグ
「貴重な食糧を盗み食いしたのがてめえだってことは分かってんだよ、シアナ!!」
「し、知らないもん」
「オレの目を見て言え。逸らすな、下手な口笛を吹くな!
何年の付き合いだと思ってやがる。お前が嘘を吐いていれば一発で分かるんだよバカ」
「証拠はあるの!? 私が嘘吐いてたとしても、犯人だとは限らないんじゃないかな!」
シアナがちらりと、分かりやすくおれたちを見た。
……あいつ、躊躇いなくおれたちを売りやがったぞ……?
「お前以外が盗み食いするわけねえだろ。でもまあ、証拠、か。――口元」
「へ?」
「じゃあその口元の食べ残しはなんだ?」
「しまった拭き忘れた!?」
シンドウの指摘にシアナが慌てて口元を手の甲で拭うが、元から食べ残しなんかない。
恐らく、シンドウにはシアナが食べたという証拠がなかったのだろう。
シアナが怒るのも無理もない……決めつけていたのだから。
しかしシアナの今の反応が証拠になる。彼女はまんまとはめられ、自白を引き出された形だ。
いつもと変わらない二人のやり取りだったが……今回は少し違う。
「……えい」
シアナがシンドウに回復魔法をかける。
シンドウの体には傷一つないにもかかわらず、だ。
当然、傷がなければ塞がることもないのだが、シアナの狙いはそうじゃない。
回復ではなく時間遡行であると自覚すれば、シアナの悪知恵も働く。
つまり、シンドウの記憶を巻き戻した。
盗み食いがばれる数分前に、だ。
「いひ、にひひ……この力があればシンドウに怒られることもな――」
「オレが、お前の行動を読めないとでも思ったのか?」
記憶が巻き戻ったはずのシンドウが、記憶を保持したままシアナの頭を鷲掴みにする。
「な、なんで!? だって脳を指定すれば記憶が巻き戻るはずじゃ……ッ」
「加工されたアイテムは限定すればするほど強力なアイテムになる。
アラクネの糸だけを切るゴウのハサミと同じようにな。
お前の魔力を感知し、脳が対象になった場合にのみ発動する魔法無効化アクセサリを身に着けてんだ、お前の企みは上手くいかねえよ」
「ず、ずるい!」
「ずるいわけあるか。人の頭の中をいじる力を持ってる方がよっぽどだろ」
その防具アクセサリはシアナの魔力にしか反応しない、本当にシチュエーションが限定されたアイテムだ。
アクセサリは重複してつけると効果を打ち消してしまうため、一人に一つが常識だ。
つまり、シンドウはシアナ対策のために、
他に防ぐべき脅威を真っ向から受け止める覚悟でいるわけだ。
「幸い、脳以外を指定すれば無効化はされねえからな。
どんな脅威があろうと、回復してくれるんだろ?
だったら防具で体を固めるのは勿体ねえよ」
「ふふーん、なるほど、私がいないと生きていけないと」
「……まあ、その通りだが、お前のそのどや顔がムカつくなあ……ッ!」
もうただの苛立ちで鷲掴むシアナの頭を、ぎりぎりと締め上げる。
シンドウの力で痛いわけもないのだが、シアナは「ぎゃあっ」と痛がっていた。
「……あんたたち、遊ぶのはいいけど一応遠征中だってこと分かってるわよね?」
赤いドレスを身に纏う、身の丈以上の斧を背負う女性の声。
「今回は洞窟じゃなく、開けた砂漠地帯だからいいものを……はしゃいでいる内にはぐれても私たちは探さないからね」
――そう、現在おれたちは遠征中であり、場所は砂漠地帯。
一日かけてここを通り抜けると、食材が豊富な樹林に辿り着く。
遠征メンバーの中から、さらに選抜されたメンバーで固められたパーティだ。
判断基準は純粋な実力と耐久力だろう。
闘技大会によって元から知名度があったリッカとミーナが、さらに知名度を高めたのだ、満場一致で樹林班へ抜擢された。
当然、二人が選ばれたらおれたちも必然的にこっちへ割り振られる。
それに、パーティの連携は今回に限っては良い方向へは転ばない。
なによりも環境が良くないのだ……暑い……というか、熱い。
肌が焼かれるため、男性陣はシンドウのような黒衣に身を包んでいる……僅かな風もないし、ひたすらに暑い時間が続いている……。
パーティ内での連携よりも、個人の戦力に重点を置いている。
たとえ誰かがダウンしても、継続して戦闘を進められるようにだ。
「……シアナはともかくなんでシンドウまで元気なんだよ……」
ゴウはもう限界だ……ミーナが肩を貸していなければ今頃は遠く後ろの方で砂に埋まっていただろう――この足場の砂もまた、体力を奪っている原因だ。
……喉が、カラカラだ……。
腹が減ったっっ!
大量に持ってきた飲み物は既に底をつき、食料もがまんできなかったシアナによって減ってしまっている。
スケジュールを決めて小分けにしているためまだ残ってはいるが……予定を前倒しして食べた分、後がきつくなる。
今、がまんして、元々振り分けた通りに体力を回復させるか。
それともいま食べてしまい、後にしわ寄せ覚悟してでも快楽を選ぶか……。
「……少し、休憩しようか」
と、背負っていた斧を地面に落としながら。
瞬間、全員の顔に喜びが浮かんだが……後できつくなるなら、ここはがまんするべきではないか……? 思ったが、足が限界だった。
がくんと膝が落ち、手をついてしまうと立ち上がれなくなった。
熱い砂に触っているのに体力がなくて離せない……。
「マサト」
おれの肩を支えてくれたリッカが、
「休もう……休憩して、体力をつけるのもマサトの役目だよ」
飲み物はないが、食料に水分が含まれているためなんとかなる。
果実をかじった時の溢れ出る水分が、なによりも美味しく感じた。
「い、生き返る……」
「大げさだなー」
リッカは信じてない様子だが、少ない男性陣は全員が頷いていた。
リッカでもさすがに暑くないわけではないようで、鎧を脱いでいた。
鎧の下は薄着で、張りのある肌が大きく出てしまっている。
おれたちが同じことをしたら一瞬で焼かれて真っ赤になるだろう……。
彼女の肌の上には、丸い水滴がいくつも浮かんでいた。
「な、なに、そんなにまじまじと見て……」
「いや……汗、そりゃあかくよなって」
「そりゃ汗くらい…………、……ッ、まさか、飲み物がないからってわたしの汗を吸いたいとか言わないわよね!? 人目があるから、それはダメ!!」
「人目がなかったらいいのか……?
さすがにそこまで見境ないほど追い詰められてはいないって」
それは変態過ぎるだろ……ただ、最終手段として、絶対にあり得ない方法として切り捨てられないのが現実だった。
限界まで達すれば、汗でもなんでも水分であればなんでもいいと体が欲しがるだろう。
最悪になれば……、
「わーわーっ! 言わなくていいからね!!」
リッカに口を塞がれ、そのまま押し倒される。
……鎧を身に着けていないリッカに乗られても、軽くて、とっても華奢で……、
彼女の肩に添えた手が、自然と彼女の頬に伸び、
「…………」
「…………」
あれ以来、こんな風に見つめ合うことが多くなった気がする。
まるで殴り合うように、言葉をぶつけ合ったからだ。
互いに相手が好きだと、乱暴でも伝えたから。
進展はないものの、空気だけはそれっぽくなることが多い。
最近は無自覚に、場所を選ばなくなってきてるんだよな……。
「――おい、こんなところで発情しないでくれる、まったく……私の監督不行き届きになるんだから、弁えてほしいものね」
注意され、リッカがばっと離れる。
……あー。
あっついなあ、もう。
ぴく、とミーナがいち早く反応した。
次の瞬間――地面が爆発したように大量の砂が舞い上がり、数トンの砂が真上から襲い掛かってくる。
「……無事!? マサト!」
おれに覆いかぶさって砂から守ってくれたリッカ。
さっきと同じ体勢ではあるものの、この場面でリッカをどうこうしようという欲求は生まれなかった。なぜなら命懸けだ、余裕なんかこれっぽっちもない。
「い、今なら隠れてキスくらいできそうだけど……」
「お前は余裕があるんだな……」
タイミングを伺っていたのだとしたら、遠征中、ずっとそれを考えていたのかよ。
でもまあ……少なくとも、嬉しくないわけがなかった。
「全員、無事かい!?」
聞き慣れた声が飛ぶ。やがて、砂の中から帰還した者たちが声を張った。
どうやら遭難者はいないらしい……しかし、遠征のために集まったパーティをさらに小さく分けたパーティだ。
全員無事でも十五名もいない少人数。
対して、地中から出てきたのは、まるで海にいるクジラだ……それの地中に潜むバージョンであれば、砂クジラか?
巨躯がごろんと寝返りを打っただけで、波のように押し寄せてくる砂に飲まれそうだ。
こんなの、どう相手にすればいい……?
「討伐する必要はねえだろ。動きは鈍くこっちを敵とも思ってなさそうだ。
自然災害に近い魔物だろ。これなら……腹を掻っ捌いて水分補給ができそうじゃねえか?」
貯水タンクを思い浮かべればいい……砂クジラの体に大なり小なり穴を開け、漏れ出る水分を容器に移して何事もなかったように去れば、危険は回避できる。
確かに、巨躯の足下にいるよりは、体にしがみついてしまった方がおれたちへの危険は少ないだろう。
『なら、わたしたちで――』
『いいや、おれたちがいく』
女性たちの意見を、おれたち男性陣で上書きする。
言わせないし、やらせない。
たとえ、効率を重視するなら絶対に女性が向かった方が早いかもしれない……でも。
狂暴なドラゴンを相手にするとか、地図にも乗っていない迷宮に挑むのであれば、おれたちの気持ちに、実力が追いつかないだろう。
しかし砂クジラの体にしがみつき、体に穴をあけて水分を補給するくらい、おれたちでもできる。
こんなことに、わざわざリッカたちが出ることもない。
「危ないと思ったら素直に助けを求めるよ……だから自己犠牲なんかじゃない。
互いの気持ちは分かっただろ。それでも守られるだけはやっぱり納得いかないんだ。
……やらせてくれよ。おれたちにできないことを、女の子がやってくれればいい――」
それが互いの妥協点。
好きな子を危険な目に遭わせたくないという本能に従った、譲歩の結果だ。
「理想は、さ――」
リッカを見ると、おれに気づいて彼女が小首を傾げる。
「いってらっしゃいと、おかりなさい……それを言われたかっただけなんだよな……」
「……ふふっ、なにそれ」
彼女からすれば笑ってしまうようなことだろうが……、おれは本気だ。
「だからリッカ」
「……はいはい、怪我しないように気を付けてね――」
それと、と、恥ずかしそうにリッカがぼそぼそと呟くように言った。
うろうろとした視線は迷った末に、最後におれを見て、
「いってらっしゃい」
ゾクゾクゾクッッ!? と全身に鳥肌が立った。
そして、砂漠地帯の暑さなんてどこへやら、今は、力が溢れて止まらなかった。
「――おうっ、いってくるっっ!!」
それを合図にして、おれたちは砂クジラに向かって飛び出した。
少女を背に、武器を握って――彼女の「ただいま」を聞くために、死ねない。
死んでたまるか。
絶対に帰ると誓い、おれたちは今日も戦いに出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます