第41話 マサトvsリッカ

「じ、かん……」

「傷を治してるわけじゃねえ。傷ができる前の時間に、対象を戻してるだけだ」



「部位欠損くらいなら、対象が各部位であれば、時間が巻き戻ってもその部位だけに留まる……だが、全身もしくは頭部、脳だと話は変わる……時間が巻き戻るんだ。

 脳まで魔法の対象になれば当然、記憶も遡行する」



 だからこそミーナのあの反応なのだ。

 シアナの手腕もまだ正確ではないらしく、毒が入った寸前に時間を戻せばいいところを、それ以上前の時間まで遡行させてしまっていた。


「切り傷や打撲じゃ、シアナの回復の前だと全てリセットされる。

 正直、回復役がいるってだけでオレらに勝機はまったくなかったがな……だが、毒なら回復対象は全身になる。

 シアナの回復が時間遡行になるんだ、これを利用しない手はねえ」


 時間遡行、周囲とちぐはぐな記憶。

 もしも、リッカたちが作戦を考え、逐一コンタクトを取っていたのであれば、記憶を飛ばすことで連携を乱すことができる。


 そうでなくとも記憶が飛ぶことで戸惑いが生まれ、動きに精細を欠くだろう……、

 なんだか卑怯なようにも感じるが、白煙による目くらましから毒を使っておいて今更なにを言ってんだって話だ。


 絡め手に頼るなら徹底しなければならない。

 力で敵わないおれたちは、いつもこうして裏をかいて、相手を弱体化させることを中心にして、戦略を組んでいたはずだろう……っ!


 相手をとことんまで調べて対策を練る。

 そこまでして初めて、おれたちは相手と対等に近づくことができる。


「シンドウ……この状況を見越していたのか……?」

「そもそもこの状況に持っていくための、王子の案なんだがな」


 おれたちとリッカたちが、対立するこの構造を目的に……?


「ま、どっちに転ぼうが良かったらしいがな。

 思惑通りにいかなければ、単純に考えてオレらが勝ってただろうぜ。

 リッカとシアナがいれば、ミーナ一人を抑えてお前とゴウを潰すことは難しくねえし。試合に勝てば、約束通りに武器を取り上げられることもなく、王子は自分の手で姉を守れるしな。

 思惑通りにマサトがリッカに勝利すれば、男が女を守るというきっかけを作ることができる――お前、気づいてねえだろ。リッカが攫われたのはお前を誘い出すためだ」


「おれを、だって……?」

「ああ、王子とお前は似てんだ、どうすれば命を懸けるか、手に取るように分かる」


 ……王子の思惑通りに、おれは動いたってわけか。


 手に取るように分かるということは、王子もまた、同じことをされたら今のおれと同じように行動をするということだ。

 そうじゃないと、

 この世界でこんな行動を取る人間の動機なんて、分かるはずがないのだから。


「……毒で、いいのか?」


「いいもなにも、いまのところ、これしか手はねえだろ。

 他に策があるなら聞いてやる。オレのこの策よりも勝ち目があるなら、従ってやるよ」


「この方法が、確実ではある。だが結局、絡め手だ。

 小手先に頼った戦いで勝っても、観客は認めないんじゃないか?」


「予想できてたはずだろ。じゃあなんだ、力に力で対抗でもするか? 

 押し負けるのがオチだ。

 軽く小突かれただけで壁際まで追いやられる力の差にどう立ち向かうんだ」


「リッカたちには、種明かしをしてもいい……、

 ようは観客にどう見えるかを意識するだけの話だ。

 毒を使うやり方で、リッカたちには示せたはずだ。次は観客に……単純な力でも対抗できることを示さないと、男が女性を守る説得力には繋がらない」


「……狙いは分かった。なら、どうやって」


「おれたちは誰を守りたくて、誰と戦ってんだ? ……仕草、思考、くせ、さすがになんでもとは言わないが、それでも知っているはずだろ。……分からないとは、言わせない」



「一歩間違えれば犯罪レベルで、おれたちはパートナーに執着してるんだぞ?」





 目線、声の調子、重心移動、体への力の入れ具合から、ある程度、パートナーが次にどういう行動をするのか、予測ができる。


 しかしたとえば、相手が本気で騙そうとしてくれば、おれも見抜けないが……けれどもそうでなければ、『いつも通り』は意図的には崩れないものだ。


 意図的に崩そうとすればそれはそれで『違い』として浮き出てくる。

 いつもと違うということは、いつも通りではない行動に繋がるヒントになるのだ。


 どっちに転ぼうとも、リッカの動きは予測できる。


「――シアナのところにいくのか?」

「うっ……マサト……」


 リッカの進行方向を遮るように前に立つ。

 相変わらず、リッカはおれと視線を合わせない。


 ……行動は予測できるが、さすがに感情までは分からなかった。


「……証明してみろって誘ったのはリッカだろ……怒ってるわけじゃないとは思うけどさ……なんでそんなに困ってるんだ。言われた通りにおれは証明しようとしてる」


「それは、分かってるよ……っ、分かってるけど……なにもこんな人目があるところで赤裸々に全部を話さなくたっていいじゃんって……!」


「??」


「~~っ、やっぱり、自覚ないんだ……! 

 じゃあそういうつもりで言ったわけじゃない……? で、でも、それはそれで深層心理から出てきた本音ってことだよね……?」


 リッカが一人ではしゃいでいる。

 楽しそうなところに水を差すのに躊躇うが、しないわけにもいかない。


「よく分からないけど……とにかくミーナとシアナのところにはいかせない。

 連携もさせないさ。されても、こっちには連携を乱す策もある」


「ふうん。そう言えば、シアナの回復が、実は時間遡行らしいね」

「……知ってたのか?」


「さっきシンドウが話してたじゃん」


 ……別に、内緒話をしていたわけじゃない。

 もし小声だったとしてもリッカには聞かれていただろう。


 シンドウがそれを見落としていたわけでもないだろうし、

 つまり、聞かれることは想定内だったはずだ。


 遠からずばれることだから自分から明かしたのか……? 

 それとも、自分から明かすことが、先を見越した策でもあるのだろうか――。


 ちらりとシンドウを見ると、まるでじゃれ合うような組手の末に、シアナを組み伏せ背中で両手を手錠にはめていた。

 がるるる、と猛獣のような威嚇をしながらシアナがしたばたと暴れているが、シンドウが体重を乗せることで身動きが取れていなかった。


 攻撃力がないわけではないが、普段、回復しかしないシアナはあんなものだ。

 では、ミーナを相手にしているとゴウは?


 彼が一歩進むと、ミーナが一歩下がる。

 逆に、ゴウが一歩引くと、ミーナが一歩進む。


 一定の距離を保ったままだった。

 戦闘能力があるミーナからすれば、攻撃をしてゴウを壊したくないし、かと言ってゴウから見放されるのも嫌だという気持ちの現れなのだろう……膠着こうちゃく状態が続いている。


 あの二組に比べれば、おれとミーナは良くも悪くも、拮抗しやすい。


「……リッカって、やっぱり攻撃は苦手なんだな」


 頑丈さに加えて、鎧のおかげで攻撃されることに慣れていても、逆に自分から攻撃することは慣れていない。

 その証明に、リッカは武器を握っていないのだ。

 繰り出してくるのは腰の入っていない拳。これでもおれに当たれば痛いじゃ済まないが、軌道が読めるし視線や踏み込み方でどういう勢いでどの方向へ拳が飛ぶのかよく分かる。


 避けるのは容易い。そしてカウンターを入れることも。

 しかし、おれの短刀ではリッカの鎧に弾かれてしまう。


 つまり一向に勝負がつかなかった。

 攻撃に慣れていないとは言え、いつもより動きが鈍いリッカと戦っていたら、数時間では決着がつきそうにもない。


 やがて、リッカが先に音を上げた。


「あーもう! マサトがあんな……(こく、はく……)みたいなこと、言うから! 

 顔も合わせるの気まずいし、気になって気になって仕方ないよ!」


「あんな……って、なんだよ、声が小さくて分からないぞ」


「こっちの苦労も知らないで……ッ! もう分かった、こんなにわたしの頭の中をごちゃごちゃにするなら、全部忘れてリセットしてやる!!」


 次にリッカが助けを求めたのは……シアナだ。


「シアナ! わたしの毒を消して! 試合が始まる直前くらいまで!!」

「ちょ……ッ、お前、自分から記憶を……!?」


「綺麗さっぱりすっきりして、改めてマサトと戦ってあげる」


 組み伏せられ、両手が手錠で塞がっていても、シアナの魔法は変わらず発動する。


 離れているので細かい座標はずれるかもしれないが――、


 だからこそ、リッカを塞ぐようにおれが間に入ってしまえば、シアナの魔法が間違えておれにかかる可能性がある。


「マサト!?」


 リッカがなにを思い、頭の中のごちゃごちゃをリセットしたいのかは分からないが――絶対にさせてはならない。


 短い時間かもしれないが、これまでの彼女の中に生まれた喜怒哀楽を否定してはならない。

 もしも、嫌だからリセットすることへの快楽を覚えてしまえば、それを逃げに利用するようになってしまう。


 なかったことにするな。

 嫌でもちゃんと乗り越えろ。


 リッカには、それができる強さがあるだろう。


 青白い光が視界を染めたと思えば……、


 おれは……、




「リッカ、いま助けるからな」


「……マサトの記憶が、戻って……?」

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