第40話 シアナと突破口

 おれたちの小競り合いに飽きたらしい観客から、少なくないブーイングが出てくる。

 体感的にはそうでもないが、長々と話し込んでしまっていたらしい。


 ステージ上で、戦うのではなく舌戦をしていたら、女性はともかく男は聞こえない。

 決勝戦だと言うのに、見ていてつまらない試合だろう。


「なにをしている、さっさと始めないか」


 国王が重い腰を上げ、改めて試合開始のゴングを鳴らす。

 唯一姫と王子の勝敗をつける名目という闘技大会ではあるが、だとしてもエンターテイメントだ、観客を楽しませた上で、おれたちの私情を挟むことが前提になる。


 これ以上の会話は観客だけでなく国王の機嫌も損ねかねない。


 せっかく貰った機会を棒に振るわけにはいかない……、

 唯一姫と王子の対立なんてもはやどうでもいい。


 もうおれとリッカだけの問題でもなくなった。

 男と女、その関係に切り込む機会である。



「――シンドウッッ!!」


 開始早々だった。

 まずミーナが動き、それを目で追うこともできなかった。


 しかし彼女の行先は予想できる。シンドウだ。おれたちの中でまず誰を仕留めるか……おれでも思いつくのだから、当然、ミーナも思いつく。


 まあ、思い至らなくともミーナにゴウを攻撃できるはずもないし、じゃあおれを通り過ぎたのだから、消去法でシンドウが狙われたことになる。


「オレを潰すだろうってのは予想できてんだよ……そして行動が分かれば対処ができる。

 誰を相手にしてんのか、分かってるよな?」


 ミーナが二歩でシンドウの懐に入り、右足を軸にした、左足での回転蹴り。


 周囲に突風が吹き、おれの足が一瞬だけだが、浮いた。


 同じようにゴウの体も。ミーナは、もしかしたらゴウを遠ざけるためにあえて突風を吹かせたのかもしれないが……、だとしたら、見抜かれていたのだろう。


 シンドウが離れるゴウの首根っこを掴んで、自分の元へ引き寄せた。


「っ」


 一瞬で先を判断したミーナが回転途中で蹴りを中止するために、かかとを地面に落とす。

 手加減のないミーナの蹴りが、激しく地面をえぐる。

 亀裂にとどまらない、ぼこっと、ここ一帯が凹んでしまっていた。


「……ゴウを、盾に……!」

「お前に一番効くだろ?」


 ミーナの表情に嫌悪感が浮かび上がる。

 ……珍しいな、あのミーナが。


 いや、ゴウを盾にされた状況なら、納得か。


「盾にするなら……っ、盾にする暇もない速さで――」


 ミーナなら可能だろう。

 しかし怒りのせいで思考が短絡的になり、動きも読みやすい。


 いくら動きが早く目で追えても、どこにくるのか分かっていれば怖くない。

 しかもシンドウは、ミーナの動きを誘導したのだ。


 次の行動が手に取るように分かるのではなく、手招いた方にミーナがきた形。


「目先に集中し過ぎじゃねえか?」


 ミーナが言われてはっとする――、足下。

 シンドウの足のすそから転がり落ちるそれが、ぼむんっ、と弾けた。


 舞い上がる白煙。視界不明瞭がおれたちだけでなくミーナを襲う。


 彼女からすれば一瞬だけだ、視界を奪われようとも後は感覚で対処できるだろう。

 目が見えなくとも相手を撃退する経験を、彼女は持っているのだから。


 そんなミーナでもやはり、一瞬だけは隙を見せる。

 その一瞬を、シンドウは狙ったのだ。


「回復担当がいれば、傷なんていくらつけようが元通りに戻される――リセットされちまうよなあ? だけどよお、それが本当に、『回復』ならの話だ」


 白煙が八方へ散る。ミーナの蹴りの風圧によって吹き飛ばされたのだ。


 片足を軸にした回転蹴りだ……慣れているはずのミーナは、しかし、よろめいた。

 バランスを崩し、地面に膝をつく。


「…………?」

「毒だ」


 シンドウが短刀を振り、刃に乗っていた液体が、ぴっ、と地面に落ちる。

 毒。


 紫色だなんて分かりやすい色はしていない……、

 それは透明な、水と勘違いしてしまいそうな毒だった。


 シンドウらしいアイテムではあるが、

 短刀にしても毒にしても、ミーナに効くとは思えないが……。


「どこの誰が武器を集めた? オレは元々そいつ側に立っていたはずだぞ」


 王子が集めた女性にも通用する武器の一つ。

 ……つまり、交渉し、譲り受ける機会はいくらでもあった、と。


「でもっ、シアナがいれば傷は当然として毒だって意味がないだろ……っ」

「シアナの魔法が本当に回復なら……、そうだな」


 毒に顔を青くするミーナの元に寄り添うシアナが、毒を取り除こうと魔法を使う。


「本当に、回復なら……?」


「傷や部位欠損ならその部分だけを対象にしているから分かりにくいだろうがな。

 シアナの魔法はそもそも回復じゃねえよ。あれはそれ以上の魔法だ。

 あいつに自覚がないみたいだし、知ったヤツから利用されても癪だしよ、オレも伝えてはいなかったが――」


 回復魔法によってミーナの毒が抜けたらしいが……様子がおかしい。


「……? あれ、シアナ……? ここ……あれ、試合の、時間……?」


 まるで、ここ数十分間の記憶が、すっぽり抜けたような反応……。


「シアナの魔法で切断された腕を治す時、新しく腕が生えてくるわけじゃないんだよな。

 切り落とされた腕はその場から消える。落とされた腕の断面をくっつけた上で魔法を使い元に戻す、もしくは新しく腕を生やすならまだ分かる……それでも異常な回復力ではあるんだが、そもそもあいつの魔法は回復じゃねえ――落ちた腕が消えるなんて、回復の領域じゃねえんだよ」


 シンドウが、自分の頭を親指で差す。


「たとえば頭、脳……もしくは全身。

 シアナの回復魔法の対象になると、決まって記憶が飛ぶ。あんな風にな。

 最初は怪我の痛みによるショックかもと思ったが……全身に巡る軽度の毒でも影響があるらしい。記憶が飛ぶほどのショックなんてあるはずもねえってのは分かり切っていたからな……それで思い至ったんだ」




「何度も検証し、確定した。

 あいつの魔法は、回復じゃなく、だ」

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