第39話 強い本音

「……? なんだ、観客の視線が、変わった、気がするんだけど……分かるか?」


 聞くと、シンドウが視線を回し、肩をすくめた。


「さあな。そんなことよりも、目の前のことだろ」


 リッカ、シアナ、ミーナ。……なぜかリッカと目が合わなかった。


 合わせようとすると、ささっと逸らされる。

 ……、なんだよ、勝負を吹っかけてきたのはそっちなのに、どうして目を逸らすんだ。


「おいリッ……」


「シーンードーウーゥゥゥゥウウッッ!!」


 と。

 回復担当であるはずのシアナが、誰も予測しなかった先陣を切って出た。


『はあ!?』


 おれたち三人は虚を突かれ、されるがままに自陣への侵入を許してしまう。

 彼女はおれの横を通り過ぎ、シンドウに飛び掛かる。


 彼の髪や黒衣を両手で掴んで、勢いのままに押し倒した。


「全っ部っ、聞いてたぞ!」


「おま……ッ、なにをだよっ、つーかなんだこの作戦! 

 確かにオレらはまんまと油断を突かれたわけだけどよお!」


「私に! 色々と体験させてたのは! 私のそばから離れるためだったのかっ!!」


 シンドウの胸倉を掴み、シアナが頭突きをするような勢いで問い詰める。


「……チッ、聞いてたのか……」


「シンドウのことだから、私が自立できた時に、どうせなにも言わずに去ろうとしてたんだろうけど……!」


 どんっ、とシアナの頭突きが、シンドウの胸に落ちた。


「いかせない」

「いってぇ……」


「私のそばから勝手にどこかへいかせるもんか。勝手にどっかにいったら、私の残りの人生、全部を使ってでも探し出して、一生付きまとってやる! 

 嫌だったら私のそばから離れるなんてこと、言うなっ!」


「なんだよそれ……離れようが離れまいが、どうせ一生近くにいるんじゃねえか……」

「そうだけど! なんか文句ある!?」


「……ねえよ」


 シンドウが片手でシアナの両頬を掴む。


「戻れ。試合にならねえだろ」

「もほぉっふぁら、ひはくはっへるほな、はひなはらへ」


 ぐにぐにと頬を揉まれても、彼女は口を止めなかった。


「なに言ってんのか分からねえが、当たり前だ、いるっつうの」


 ……あんなこと言いながら、きちんと分かってるじゃないか。

 シアナがどき、シンドウが体を起こしながら、


「ったく、そう言えば忘れてたな。女は耳が良いってことを……」


 だからシアナはシンドウの話を聞いていたのか。

 ということはだ、当然ながらミーナもリッカも……。


 目を逸らした理由もそこにあるのだろうか。

 でも、おれの発言に赤面するような部分があったか……?


「自分の発言を振り返ってみれば? 疑問に思うことないけどね。

 もしかしたら、マサトじゃなく、別の誰かのセリフを拾ったのかもね」


「ゴウの本音も聞かれたぞ」


「僕の場合、アラクネの時にばれてるよ。ばれてなかったからこそ、あんな事件が起こったんだ……やっぱり気持ちは伝えておかないと、関係ってのは勘違いで崩れていくよ」


 ミーナは思い込みが強いからなあ……。

 思い立った後の行動力と、実現させてしまう力があると、一つ勘違いさせてしまうだけでどんどん先へ進んでしまう。そうなるともう、言葉以外では止められない。


「……マサトは言葉で言っても止まらないじゃん」

「リッカ? いま、呼んだのか?」

「べつにー」


 呟いたつもりはなかったが……それとも心の中まで読めるようになったのか?

 そうなるともう、リッカに隠し事ができなくなる……いや、ないけどさ。


「……やっぱり目が合わない」

「ち、近づかないで!!」


「なんでだよ! 

 目を逸らすのは、まあ百歩譲っていいとしても、近づくくらいはいいんじゃないのかよ!?」


「試合中でしょうがあっ!」


 リッカからすれば軽くおれの肩を押しただけなのだろうが、おれにとっては踏ん張ってもかかとが地面を削るくらいの威力になっている。


 この試合に、場外ルールがなくて良かった。

 もしもあれば、ステージの壁際まで押し出されたおれは早々に脱落していただろうから。


「……あ、ごめん」


「リッカの言う通りだな、今は試合中だ。

 そして、マサトの……マサトだけじゃねえか。男が今後どう行動し、その行動に説得力を持たせることができるか、重要な試合だ」


 おれは立ち上がり、盾と剣を握り、戦闘態勢に切り替える。

 シンドウの言葉を噛みしめながら。


 仲間だからこそどこか気を抜いていた。

 顔を合わせれば手よりも先に口が出てしまうような環境だった。


 今は、そういう場じゃない。

 言葉で動揺を誘うのではなく、行動で実力を示さなければならない。


 リッカに。

 おれは、お前に勝てることを、証明する。


 そして、観客にもだ。

 男が、女の子を守ることができる、ということを証明をすれば。


 ……みんなも、安心して守られてくれるだろう。


 もちろん、スイッチを押すように完全に切り替えられるわけではないが、常識を覆すためのまず一歩だ。ここが、分岐点だろう。


『おれが歴史を変える』だなんて大層な野望を持ち合わせてはいないが……この試合の勝敗が、今後を左右するはずだ。


 少なからず、意識を変えることができるはず。

 きっかけでも充分だ。


 おれが負ければ『諦め』が確定し、

 勝てば『可能性』が、僅かでも、上がるかもしれない。


 その僅かのために、おれはここに立っていると言ってもいい。


 とは言ったものの、あくまでも優先はリッカだ。

 その可能性のためにリッカを守ることに支障がきたすのであれば、可能性なんか投げ捨てる。

 しかしリッカを守ることに今後も繋がるだろうから、見て見ぬ振りをする気はないが……それでも目的は見失わない。


 リッカのためなら命を懸けられる。

 リッカにしか、命を懸けることはないだろう。


 ……どうしてかって?


「だってそんなの……決まってんだろ」



 自覚なく、呟いていた。

 後々になって、そう言えば行動では示していても一度も口にはしていなかったことを、気を抜いていたわけではなかったが、声に出してしまっていた。


 はっきりと。

 距離が離れていたとは言え、彼女の耳には、両手で塞いでいない限り聞こえてしまうことも忘れて――。


「好きだから」


 傷ついてほしくないから、失いたくないから。

 だから――守るんだろうがッッ!!


 他の誰でもなく、自分自身の手で。

 男のプライドもそりゃあるが、なによりも、自分で守るのが一番、信頼できる。


 好きな子を見送って魔界にいかせて、安全地帯で待ってるだけなんて、耐えられない。


 ……だったら。

 ――負けられねえよ。




「…………だから、聞こえてるってば……っっ!」

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