第35話 手段と目的

「ああそうだ、リッカだけを守れたらそれでいい。あいつだけを――」


「だったらあの子だけを説得すればいいじゃない。

 どうして見ず知らずの私達のことまで気にかけて、世界を変えようとしてくれるわけ? 

 聖人君子にしては暴論だけどね。守りたいあの子にどれだけ拒否されようが、染まってしまった世界の風潮を正すよりも、あの子を説き伏せる方が簡単でしょう? 

 男としてのプライド? 男が女性の後ろに隠れて、それが当たり前になっていることへの苛立ち? でも、そんなこと、あの子を守るという目的の前では些細なことでしょう? 

 余裕があればすればいいじゃない。あの子を守り切れていない今の段階で気にかけることじゃないわよね?」


「な、にを……?」


「手段にこだわり過ぎて目的がずれてるのよ、あんた」


 見失ってはいないようだけどね、と赤いドレスの彼女。


「大切なたった一人を守りたい。

 そのためには、必ずしも世界を、人を、大きく変える必要はない。というか無理。

 あんたと同じ志を持つ者がもっとたくさんいれば変わったのかもしれないけど、今の状況じゃ、あんた一人だけじゃ、どう足掻いても無理なのよ」


「…………」


「やってみなければ分からないって? 分かるわよ。

 常識を覆すのは無理よ。その常識によって得をしている人間が上にいる限り、体制は変えられない。可能性があるとすれば、大昔みたいに反逆でもしない限りはね」


 つまり、名家を、王族を、始末しない限りは。


 彼女はそう言っている。


「私達を利用して得をしているのは上だからね。

 同時に、私達、利用される側も上の連中を利用している。

 受け入れているというか、あんたが思っているよりも酷い状況じゃないのよね……これはこれで稼げるし、満足してるし、逆にこれがなくなると、それこそ生活水準が下がって生きていけなくなるわ」


「……そういう考えこそが、今の時代に洗脳されて……」

「だから決めつけんなって」


 彼女は言う。


「私達が不幸せです、とでも言った? 不満を漏らした? 中にはいるかもね。

 ただそれを鵜呑みにして全体の意見だと勘違いしないでほしいわね。

 私は幸せよ。今のこの生活が好きだし、誇りを持っている。

 あんたの都合で取り上げられても困るのよ」


 だから、


「私達まで救う必要はない。……あんたの手に負えないわよ、こんなこと。

 あんたが守れるのは精々、幼馴染の大切な女の子一人くらいかしらね」


「おれ、は……」


「あんたがするべきことは? 世界を変えること? それとも、リッカを守ること? 

 全てが一本線で繋がったことは一旦無視して、あんたが今、一番やりたいことはなに?」


「おれはっ!!」


「分かったなら下がりさない。ここはあんたの出る幕じゃない」



「マサト」


 呼ばれて振り向くと、ミーナがおれの頭をぽんぽんと撫でた。

 ……は? こいつはこんなこと、するタイプじゃないのに……。


「ありがとう」

「え?」

「心配してくれて」


「いや、だっておれは、リッカを救う手段で、お前らのことを――」

「それでも」



「そういう男の子が自分のパーティにいることが、嬉しい」



「…………なあ、ミーナ」

「ん」


「この試合、任せてもいいか? おれには、あの人に勝てないから……」

「分かった」


 あっさりと頷いた。

 報酬がないだけで、ミーナの強さに頼った依頼をしたのと変わらないというのに……なのに、彼女は笑って受け入れた。


「だって、マサトだから」

「おれ、だから……?」


「助けたいって、思ったの」


 そして。

 第四試合の、決着がついた。



 その後おこなわれた準決勝の試合も、『チーム唯一王子』が勝ち上がり、

『チーム唯一姫』であるおれたちも順当に勝利を収め――決勝戦に向けて準備がされる。


 ミーナの派手な戦いを見て、会場は盛り上がりを見せていた。

 囃し立てるような喧噪が、おれたちがいる控室まで聞こえてきている。


「…………」

「まだ怒ってるの?」


「だってよ、シンドウのやつ……リッカを囮にして、

 リッカを巻き込んで爆破させたんだぞ……っ!?」


 足下に爆弾を転がした至近距離での爆破。

 リッカの盾に挑んだ相手チームの収集者と、リッカが競り合っている時を狙い、まとめて爆破したことでシンドウは勝利を収めた。

 そりゃあ、爆破されただけじゃリッカは痛くも痒くもないだろうが……。


「別に、おれは今までの発言を撤回したわけでも、自分が前に出ることの無茶を認めて意見を取り下げたわけじゃない。吹っ切ったわけじゃないぞ。

 おれはリッカを……女性全般を道具扱いすることは、したくない」


 あんな大人にはなりたくない。


 だからこそ、

 シンドウのその戦略は、リッカを道具として見ていなければできないことなのだ。


 囮、壁役。

 パーティ内でリッカは盾役ではあるが、あくまでも役であり、盾そのものじゃない。


 人間で、女の子だ。

 なのに、躊躇なく爆破させるあいつのやり方は、どうしようもなく、許せなかった。


「まあ、不満があるなら試合で晴らせばいい。どうせ次で当たるんだから」

「……そうだな、次で最後だ」


 唯一姫と唯一王子の対立に決着をつけるために。

 本命は、リッカを取り戻すために、だ。


 役割で言えば、おれはシンドウと向き合うことになるだろう。

 策略という分野においてシンドウには敵わないだろうが、それでも。


 泥臭く、たとえ血を吐いてでも、足掻くことには慣れている。

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