第34話 プライド

 赤い彼女が振り回す斧を短剣で受け止めるが、当然のことで押し負ける。

 幸い、取り回しやすい短剣と盾のため、崩れた体勢を立て直すのは簡単だ。


 戦力差は大きい。だが、倒されては立ち上がりを繰り返し、試合は長引いている。

 ギリギリの綱渡りの戦いが長時間続いていた。


「さっさと倒れろクソガキ!」

「こっちは金払って盛り上がる試合を見にきてんだ、お前じゃ役不足なんだよ!」


 そんなブーイングの声に混ざって、


「女が戦うことであんたになんの不都合があるのよ――下に見てんじゃないわよ!」


「そうよ、男に守られるだけの存在じゃない。男に守られることが当然の時代は終わったのよ、頼んでもいないことで偉そうにされたくなんかないわ!」


 女性の声が聞こえてくる。


「……だ、そうだけど?」

「それでもだ」


 別に、おれが守ってやったんだ、と思いたいわけじゃない。

 守ったんだからおれに尽くせと言うつもりは一切ない。


 見返りは求めない。

 旧時代の考えかもしれないが、あるんだよ、本能に。


 男として生まれたのだから、女性を守るべきだって――そういう、プライドが。


「自己満足に過ぎないけどさ、あんただって戦わないに越したことはないだろ」


 戦いたいやつなんているのか。

 働かなくても生活できるならそっちの方がいいだろう。


「……結局、押し付けよね」


「それにさ、女性の強さを利用した名家や王族からの依頼がたくさんあるだろ。

 無茶ぶりばかりだ。非人道的なことまで。

 もしも、女性が弱かったら、そんなことはさせないと思う。

 なまじできてしまうからこそ、女性は都合良く利用されている……ッ」


「あれはあれで、報酬の額を考えたら妥当な内容とも言えるわよ。

 ただ、たとえ今みたいに強さがなかったとしても、依頼自体はあったんじゃないかしら。

 非人道的な内容に非難が多いかどうかの違いだけで。

 お金で釣れば人は動くものだし。強いからこそどんな無茶な仕事も振れる。

 上は、だからこそ私達の強さを認めているのかもしれないわね」


「その依頼だって、本来ならおれたちの役目だったはずだ……!」


「だったらなに? あんた、自分の気持ちを自覚していながら、同じことを私達に強要させるわけ? それって、無茶な依頼を振ってくる名家となにが違うって言うの?」


「ッ、おれ、は!!」


 戦ってくるから待っててねと言われて、素直に待っていられる性格じゃない。

 おれに強さがあれば、きっと同じように待たせていたはずだ。


 自分だけ戦場に立ち、守りたい人を安全地帯に残して、だ。

 ……こんな気持ちになると自覚していても。


「昔は、だって、そうだった……」

「いつの話をしているの? あんた、タイムスリップでもしてきたわけ?」


 技術が進歩する、体制が変われば、思想も変化する。

 おれの中の当たり前は、今の時代では間違いとして常識になっている。


「そろそろその自己犠牲、やめた方がいいわよ」

「……なんだって?」

「される方の身にもなれっての」


 ふと視線を上げる。

 全方位の席を埋める多くの観客の中から、一目でリッカを見つけられた。


 しかも、気のせいじゃない……目が合った。

 リッカは怒っているような、でも泣き出しそうな、そんな表情をしていた。


 ……不安にさせていたんだ。

 おれがこうして戦っていることで。


 今に限らず、魔界でも、何度も無茶をした。

 リッカはついてこないで大丈夫だって言ったけど、

 それを押し切っておれは、リッカの隣にいたのだ。


 弱いのは自覚している。

 それでも、おれは彼女の力になりたかった。


 守りたかったのは嘘じゃない。ただ、それは口実に近い。

 ただ、いってらっしゃいと見送って、

 もう二度と戻ってこないなんてことを、繰り返したくなかったから。


 目の届く場所にいてほしかった。

 本当なら、リッカには、魔界にいってほしくはなかった。


 あいつがいくって言うから……っ、おれもついていくことにしたのだ。


 たぶん、リッカもおれの胸中を分かっていた。だから許可をしたのだろう。

 だって、おれがリッカの父親に引き取られたのは、おじさんが営む防具屋の常連であるおれの両親が魔界にいったきり帰らぬ人になったからだ。


 当然のように帰ってくるものだと思っていた。

 魔界にいったきり帰らない収集者が多い中、自分の知り合いは大丈夫だろうと根拠のない自信があった。事故に遭うわけがない、流行りの病に感染するわけがない、そう高をくくっていた。


 だが実際に、二人が「ただいま」とおれに言うことはなかった。

 帰ってきたのは両親が使っていた欠けた防具だけ。


 それだけは。

 収集者の仲間が拾って、届けてくれたのだ。


 もしも、一緒に魔界にいっていれば……当時、小さかったおれになにができるわけもないだろうけど、それでも二人の最期を見ることができたはずだ。


 声を聞けた、届けたいメッセージがあったかもしれない……それをその場で受け取れたかもしれないだけでも、いく意味はあったはずだ。


 ……帰りを待ち続け、後になって死んだと聞かされるのだけは、もう嫌なんだ。

 だったら、奪われたくなければ、手元に置いておくしかない。


 失うのが嫌ならば、自分の手で守るのが一番、確実だ。

 誰かに頼るなんて信用できない。それは、リッカも同様に。


 たとえ力がなくとも、自分の力だけは信用できる。

 この手でたとえ守れなかったとしても、見えないところで失うよりはマシだから……。


「この世界のままじゃ……リッカの周りから、危険はいつまで経ってもなくならない」


 名家や王族は依頼を出し続けるし、金が必要になれば魔界にいかざるを得ない。

 その時に駆り出されるのは、力を持つリッカなのだから。



「おれたち男が前に出ることが当たり前になれば! 

 リッカが駆り出される機会も少なくなる! 

 いずれ、前線から女性がいなくなることも……っ。


 そうなればリッカに降りかかる危険はなくなるんだッ! 

 だからっ、いいからあんたらは文句を言って武器を捨てればいいだろうがッッ! 

 戦闘狂でもなければ戦いなんて嫌だろ、違うのかよ!?」





「あんたはさ」




「結局、あの子だけを守れたらそれでいいわけでしょう?」

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