第33話 赤い叫び

 大会は順調に進み、第四試合を迎える。

 おれたち『チーム唯一姫』の出番だ。


「みな様、頑張ってくださいね!」


 唯一姫に見送られ、ステージに出る。

 見下ろしてくる観客が一気に沸いた。ミーナの登場を待っていたのだ。


 闘技場にくる客なのだ、見たいのは実力者による映える戦い。


 ミーナのように整った顔立ちで見栄えが良ければもっと良い。

 そのため、シンドウのように視界を塞ぐのはエンタメの観点で言えば御法度と言える。


 観客のブーイングさえ気にしなければ活用できる策ではあるが……、

 それも一度きりしか使えない策だろう。


 そう思う相手の心理を突いて同じ策を仕掛けることができるし、逆に仕掛けられるかもしれない――という駆け引きができる部分も、この策の強みでもあるが。


 ただ、シンドウくらいしかやらないだろう……こんな策。


 白煙を出す睡眠玉だって安いわけじゃない。

 使い道が限られてくるあれを買うくらいなら、

 普通に爆弾を買った方が使える、というのが大多数の意見だ。


 睡眠薬が通用する相手が限られている今、ただの目隠しに安くはない金額を出せるほど恵まれた収集者は、こんな大会に出ないだろう。

 今頃、魔界にいって稼いでいるはずだ。


 つまり、シンドウしか使えない策であることは確定している。

 そして、シンドウはそれしか相手に有効な策がなかった、とも言える。


 そう、苦肉の策とも取れる。

 当然、普通に殴って勝利を収められるならそうしていた。

 そうできない戦力だからこそ絡め手に頼る。


 あいつだって、強力な武器があれば……、

 たとえば攻撃特化のミーナがいれば、任せていたはずだ。

 策に頼るよりも手っ取り早い。


 なにが怖いって、策で攻められるよりも、分かりやすい直線の攻撃が一番、厄介だ。

 シンプルな攻撃こそ最も防ぎにくい。


 おれにリッカのような防御力があったり、ミーナのように対抗できる攻撃力があれば別だが、なにも持たないおれからすれば単純に武器を振り下ろされただけでなす術がない。


 対戦相手が持つ……身の丈以上の大きな斧。

 あれを振り下ろされたら、どうする?


 だからまずは、振り下ろさせないことが重要になる。


「久しぶりの面子じゃないか。少し足りないのはチームを分けたから……みたいね」


 見覚えのある彼女……。

 集団遠征にて、途中からリーダーを務めていた女性だ。


 動きにくそうな赤いドレスは相変わらず。

 だが、動きやすさを犠牲にしてでも優先するべき効果がドレスにあるのだろう。


「……あの噂のミーナ・パドマと手合わせできるなんてね……腕が鳴るよ」


 こんな機会でもないと、収集者同士で戦うことなんて滅多にない。

 人にもよるが、少なくとも、ミーナは人間同士の手合わせを頼まれてもするタイプではない。


 この力は魔界で、魔物や魔族に振るうものであり、

 人間に振るうものではないと認識しているからか。


「あんたら、邪魔するんじゃないよ」


 赤いドレスの女性が、後ろにいた数合わせの男二人を下がらせた。

 背負う大きな斧を持ち上げ、地面に叩きつける。好戦的な臨戦態勢だ。


「さあ出てきな、ミーナ・パドマっ! あんたの実力、この目に見せておくれよ!!」

「…………」


 ミーナがゴウを見る。


「いってきなよ。どうせ、僕らじゃあの人に敵わないし――」


 ああ、ゴウの言う通りだ。

 おれたちじゃ、どうしたって勝てない。


 たとえシンドウのように白煙で目隠しをしたところで、彼女の実力は一度、近くで見ている……白煙の中でも、音や感じる気配を頼りにおれたちの居場所を特定して、手に持つ斧を振り下ろしてくるはずだ。


 当たらずとも、近くにいれば衝撃波によって吹き飛ばされてしまうだろう。

 おれたちのチームの中で対抗できるのは、間違いなくミーナだけだ。


 そんなこと、分かっている……だけど。


 そもそもの発端は……おれだ。

 唯一姫の代理として出場し、唯一王子から武器を取り上げることを目的にしてはいるものの、あくまでもそれはついでだ。

 おれは、最初から、リッカを奪い返すために仲間を巻き込んでいる。


 その手段として、今、こうしてステージに立っているわけだ。

 おれのわがままだ。おれが取り戻したい大切なもの……なのに。


 ミーナに任せるのか?

 ミーナの強さを利用し、目的を達成させて、いいのか?


 それじゃあこんなの、女性の強さに目をつけ、自分の目的のために金で雇い利用している大人たちと、やっていることは同じなんじゃないのか……?


 おれが否定し続けたクズ野郎と、同類になるんじゃないのか?

 ……それは、自分が、許せなかった。


 だから。


「…………マサト」


 ミーナの声色には、呆れがあった。

 だけど、予想していたのだろう、呆れながらも口元が微笑んでいる。


「おれにやらせてくれ」


 ミーナを追い越し、前に立つ。

 体の半分も覆えない小さな盾を構え、短剣を握りしめる。


「……死ぬかもしれないぞ」

「それでも、ミーナを一人で戦わせることに感じる怒りに比べたら……マシなリスクだ」


 ゴウが肩をすくめ、


「じゃあ、任せたよ」



「あんた……まだそんな考えで戦場に立っているのね」


 赤いドレスの女性の表情には、嫌悪感が浮き出ていた。


 ……だろうな。分かってる。

 力もない口だけのやつに挑まれているんだ、不快になって当然だ。

 彼女には、おれの無茶な行動を咎められたし、命も救われた。

 こんな風に剣を向けるべき相手でないことは重々承知だが……それでもだ。


「ミーナもそうだけど、あんたもそうだ……女性が前線で戦うべきじゃない」


 二人に限らない。

 武器を持って、戦場に立つべきじゃない。


 そういうのは、おれたち男の役目だろうがッッ!


「武器を置いて、おれたちの後ろで平和に暮らしていればいいんだ! 

 それが一番、あんたたちにとって幸せのはずだろうッ!?」


 幸せであることに越したことはないはずだ。

 もちろん、個人的な幸せの形はあるだろう……しかし少なくとも、魔界にいって命を懸けて金を稼ぐことが幸せだとは思えない。


 そういう泥を被るために、おれたちがいる。


「全部を背負わせろ、それがおれたちの役目だ」

「ふざけないで」


 彼女からの否定の言葉と共に、斧が飛んでくる。

 盾で受け止め……ッ、られ、な……ッ!?


 ずれた重心のおかげで斜めになった盾に沿い、斧が横に逸れて地面に刺さる。

 斧を握り締める手の主は、当然、赤いドレスの彼女だった。


「いつの間にそこに……っ!?」

「背負わせろ? ふざけるんじゃないわよ」




「背負わせたらあんたらが潰れるから、こっちが背負ってんでしょうがッッ!!」





「ほんと、その通りよね……」

「……なんだ、じっとこっちを見て」


「べっつにー。ただ、あんたもマサトも、ほんっとに、分からず屋」

「?」


「心配だってことが、どうして分かんないかなー…………ばか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る