第30話 国王の提案
吹き抜けになっている二階部分から落ちてくる鉄の塊。
ガシャガシャと聞き慣れた、金属同士がぶつかる音。
体に合わない大きな鎧。
つぼみが花開くように、屈んでいた体が起き上がる。
「……リッカ……?」
おれの呼びかけにも応じず、リッカは迫る追撃に視線を真上へ向ける。
ミーナの蹴りとリッカの籠手が激突する。
衝撃波が地面を伝い、びりびりと王城が揺れる。
体が押される圧に後退すると、おれの背中を支える唯一姫がいた。
「うお、ごめ……ッ」
「気にしないでください」
そう言われても……。
背中に! なんだか柔らかい感覚が、二つ!
「……マーサートー……?」
視線をはずしたリッカの一瞬の隙を狙い、ミーナの蹴りが鎧を打つ。
鎧の外側ではなく、肉体の内側に衝撃を伝える蹴り方。
何度か苦しめられたことがあるリッカは、対策していたおかげで大きなダメージはない。
二人に怪我はない。だが、戦闘の余波が城内を破壊している。
地面はめくれ上がり、壁は破壊され、太い柱も欠けてしまっている。
こだわって作ったのだろう内装がひっくり返したパズルのように滅茶苦茶だ。
忘れそうになるが、ここ王城だぞ……?
今更だが、後が怖いな……、と思ったそばだ。
「騒がしいと思って見にきてみれば……随分とはしゃいでいるじゃあないか」
よく通る声だった。
……当たり前だ、人前に立つのは慣れているだろうし、何十、何百と演説をしてきた人だ。
人間王国にいれば誰もが知っている顔と声。
そしてこの城の持ち主であり、この国を統治する、王――。
「……父上」
「お父さん!?」
王子と唯一姫が同時に声を上げる。
夜中にもかかわらず、服装はまるで演説に出向くかのような豪華な仕様。
さすがに王冠を被ってはいなかったが、
着るにも脱ぐにも時間がかかりそうな正装に身を包んでいる。
小さいが大きな存在感を発揮する髭。
痩身だが弱々しく見えない威厳がある。
……国王、その本人だ。
「ふんふん、なるほどな。大体の事態を把握した」
「……お父さん、推察した雰囲気を出してるけど、警備兵から聞いただけでしょ」
「はっはっは、私の洞察力の
国王の視線は唯一姫に向いたまま、登場してから一度も、王子には向けられなかった。
「姉弟喧嘩をするな、とは言わん。
それぞれ主張があり、折り合いがつかないからこそ対立しているのだろうと分かる。
これを無理やり、上から押さえつけると後々に大きな反発として返ってくるのは目に見えているからな。『あれ』のように」
ここで初めて、国王が王子に意識を向ける。ただ、視線は向けない。
軽く握った拳に立てた親指で上階を指しただけだ。
それをいいことに、本気ではないだろう……陰口を言う感覚で王子が銃口を国王に向けようとした時だ。彼の手首を握る、執事服を着た中世的な……身のこなしから、女性か。
王子の背後に現れた金髪の女性執事が、王子の手から武器を取り上げる。
「たとえフリでも、するものではありません」
「……分かってる」
「フン、なにも持たない奴は、すぐに道具に頼る」
国王のその言葉は、全男性を敵に回すような発言だ。
才能がある女性に追いつくために足りない部分を補うため、もしくは才能ある者を超えるため、
適材適所に努力を散りばめ、弱者が強者に近づくための男性に残された足掻き方。
それがみっともないと言われたら、じゃあ今の現状に甘んじろとでも言うのか。
才能がないやつは、強者の背中でうずくまって、ただ与えられるものだけを受け取っていればいいのか……。
おれには無理だ。
王族という恵まれた生活を約束されたわけではないのだから、自分の生きる道は自分で開拓していかなければならない。
だったらアイテムは必須だ。
女の子の後ろにいるだけで満足な生活が今後、死ぬまで送れるとしても、そんなの……自分で自分を許せなくなる。
なにも持たないことは、決して悪ではない。
それを悪と断じるやつこそが、悪だ。
「才能がない奴は、『王族としては』相応しくない」
「…………」
女として生まれた唯一姫と、男としては生まれた唯一王子。
才能の有無。
可愛がられている唯一姫とは違い、弟の王子に視線が向けられない理由がこれか。
であれば、王子が武器を手に入れたのも――。
「今更の再確認をするつもりではなかったな、もうそれは終わった話だ」
唯一姫も王子も、口を挟まなかった。
「姉弟喧嘩はした方がいいが、城でされても困る。
きちんと場を設けて、気が済むまで喧嘩してくれた方がこっちも安心するのでな。
……闘技場を使おう。
そして、観客を入れたエンタメにしてしまえば、イベントとして町が盛り上がるだろうな」
「お父さん……私たちを利用したくてわざわざ起きてきたの……?」
「偶然だ、元々別件で起きてはいたからな」
すると、国王の視線がおれたちに向いた。
いくら唯一姫に言われてきたからとは言え、問答無用で牢獄に入れられてもおかしくないことをしている。最悪、打ち首にされていたかもしれない……。
国王の威圧感もあり、身構えていたおれたちにかけられた言葉は、断罪ではなく要請。
つまり、
「この喧嘩に一枚噛んでいるなら、提案するイベントに協力してもらおうか」
「……断ればどうなる?」
シンドウの質問に、国王が笑いながら、
「目的どうあれ王城を襲撃したんだ、打ち首は当然、親類縁者の末代まで不幸は続くぞ?」
もちろん、おれたちに選択権など最初からなかった。
「厄介なことになってしまい、申し訳ありませんっ!」
翌日、再び黒ずくめの格好をした唯一姫と酒場で待ち合わせをし、国王が提案したイベントについての詳細を聞く。
朝一番に、国王から国民全員に知らされてはいるが、細かいルールなどはまだ伏せられたままだ。それを先んじて唯一姫から聞こうというわけだ。
「まあ、過ぎたことを言っても時間がもったいない。頭を上げて、姫様」
ゴウに言われ、唯一姫が頭を上げる。
それにしても国王……決めてから実行までが早い。
それとも事前に考えていたことを今だと判断して提案したのだろうか。
「あるかもしれませんね……お父さ――いえ、国王の頭の中は並行して色々な計画が進められているようですから。
その中の一つ、だったのかもしれません」
闘技場を使った、収集者による、腕を競い合った三対三のチーム戦バトル。
魔物を相手にした模擬戦闘はある。
それに、対人を意識した戦いは、個人戦が表向きではないが、確かにあった。
それが今回は三人。
チーム戦を強く意識させた対人戦となると、初の試みだ。
「私たちの問題が、こんなにも大ごとになるなんて……!」
そう、国中を巻き込んだ大きなイベントだが、その実、唯一姫と王子の喧嘩の勝敗をこのイベントを通して決めようというのが当初の目的だ。
今は、入った観客に商品を買わせる、もしくは商品を宣伝する、というのが目的なのかもしれないが。
「僕たちにとって問題なのは、これが代理の戦いということだよ……」
ゴウが言った通り、
三対三のチーム戦バトルだが、この試合形式の競技に唯一姫は出場できない。
それは王子も同じだが、欠けた戦力差はこっちの方が大きい。
比べてしまえば経験がなさそうでも、
しかし女性の唯一姫を頼りにしていた部分もあったのだ。
現状、こっちにはミーナしかいない。
そう……おれと、ゴウと、ミーナが、『チーム唯一姫』だとすれば。
リッカ、シンドウ、シアナが、『チーム唯一王子』になる。
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