第29話 リッカ・マサムネ

「あ、あの子……っ」


 姉さん、と言った。

 つまり、彼が弟の――人間王国『唯一王子』本人だろう。


 まだ十歳になったばかりだったはずだ。

 姉と同じ栗色の髪、蝶ネクタイをつけた正装。


 握る銃は大人用であるため彼が持つと大きく見える。

 上手く扱えるのか……という心配は杞憂だろう。

 あれはただの銃ではなく、『効力』があるアイテムだ。


 効力はなにも殺傷能力に限らない。

 使いやすさに振れば当然、小さな子供でも扱える武器に整えることもできる。


 彼が放った弾丸は唯一姫の足下に落ちた。

 最初は銃身の重さに、ターゲットから狙いがずれたのだと思っていたが……、

 使いやすさが発揮された上ではずれたのだとしたら、それはもう、はずれたのではなく、はずしたのでは……?


 であれば、見下ろす唯一王子はやろうと思えばいつでもおれたちを撃ち抜ける。


「……武器を、下ろしなさい……っ」

「いやだね。でも、百歩譲って下ろして、たとえばこんな風に銃を落としたところでさ」


 握っていた銃が手から離れ、王子の足下に落ちる。

 しかし、すぐさまもう片方の手で別の銃を背後から取り出した。


 落としたものと違い、銃身が長い。


「集めた武器はまだいくらでもあるから。

 で、どれを下ろせばいいの? 

 どれを手放せばいいのか、ちゃんと正式名称で言ってくれないと分からないけど?」


 武器の一つ一つの名称なんて、

 加工屋の手が入れば、職人と受け取った者にしか分からないことだ。

 つまり最初から、彼は武器を手放す気がない。


 集めた武器で、唯一王子はなにを企んでいる……っ!

 まさか、リッカを巻き込むつもりか……ッ!


「……どうして……っ、わざわざ自分から危険を作らなくてもいいのに!!」

「姉さんには分からないことだ。話し合いは不要、もう水掛け論は飽き飽きしてる」


 銃口が唯一姫に向いた。

 ……実の姉にもかかわらず、だ。


「私にそんなものが通用すると思っているの?」

「通用しないものをわざわざ取り寄せて、こうして銃口を向けると思う?」


 ハッタリ、と思うかもしれないが、もしかしたらハッタリじゃないかもしれない……そう思ってしまった時点で、唯一王子の手の平の上だった。


 唯一姫の表情には余裕がない。

 確かに、女性の防壁を突破するための武器は存在する。

 その分、別の要素を切り捨てている場合が多いが……、

 そうでもしなければ防壁を突破できないのだ。


 たとえば速度、たとえば正確性、たとえば武器の大きさなど、

 もしくは一発分しかない使い捨ての武器という形になるかもしれない。

 だけどそういう犠牲の上で威力を底上げすれば、頑丈さが秀でた女性にも通用する。


 向けられた銃がそうであれば、唯一姫も、弾丸を受け止めるわけにはいかない。


「……こんなところで……っ、あの子を野放しにできるわけがない……ッ!」


 唯一姫の視線は王子に向けられたままだったが、

 その懇願は、間違いなくおれたちに向けられていた。


「お願いします……っ、ミーナ様、ゴウ様、シアナ様、シンドウ様……マサト様」


 おれたちがここまでついてきたのは、彼女に手を貸すためでもあった。

 それが攫われたリッカを取り戻すために繋がると分かっているから。


「身勝手で生意気なあのバカな弟を、やり方は問いません……止めてください……ッ!」



「もう、私の声は、届きそうにありませんから……っ」

「被害者面するなよ、姉さん」


 弟の方もまた、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「……こっちの身にもなれ、自分勝手はどっちなんだ……っ!」


 王子の指が銃の引き金にかかった時、ミーナが飛んだ。

 唯一姫を狙う銃身を真横から蹴り、射線をずらす。


 おかげで発射された弾丸は明後日の方向へ飛んでいった。


「近……っ!」


 王族にしては意外にも鍛えているのだろう身のこなしで、ミーナから距離を取った王子だったが、相手にしているのはミーナだ。

 もし、そうでなかったとしても現役の収集者と渡り合えるはずもなく、あっという間に距離を詰められる。


「安心して。手加減する、痛くないように、するから……」

「必要ないね。加減して壊せるほど脆い盾じゃないはずだ――そうだろ、『リッカ』」



 ……あ?



「ちょっと! まるであんたの道具みたいに言うのはやめてくれる? 

 別に従ってるわけじゃないんだから、勘違いしないでよねっ!」


「じゃあ、どうして協力してくれるんだ?」

「そんなの――」



「あんたが見たい目的の景色に、共感したからに決まってんでしょ!!」



 おれたちの前に最強の盾と評されるリッカが立ちはだかる。

 相対するのは、最強の矛と評されるミーナ。



 そして、



 矛と盾が、


 衝突する。

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