第27話 唯一姫の作戦

 早速、その日の夜に作戦が決行されることになった。


 リッカを奪い返すにしても、

 王子の企みを阻止するにしても、まずは王族の城へいかなくてはならない。


 潜入するための作戦会議は、まるで魔族の巣を攻略するような感覚だった。

 思い出すのはアラクネの巣だ。


 ……だからこそ、あっちの方がまだマシに思える。

 人間には特殊な力はないが、それを補うように見えない人間関係が張り巡らされていて、切ろうと思っても切れないし、見えないところで牙を剥いてくる。

 王族ともなれば、広範囲を網羅しているだろう。


 おれたちには想像もつかないところで、水面下でなにかが動いているとしたら。

 対策なんてやりようがない。


 ……今の段階で分からない部分のことを考えても仕方ないか。

 そういうのは唯一姫の担当だろう。


 ともあれ。


 人間王国中心地、『王城』。

 当然、厳重な警備がされており、たとえ唯一姫と共に門を通ったとしても、根掘り葉掘り身辺調査がされる。

 これがたとえ姫の友人だったところで、

 悪い虫がつかないように同じことをするのだそうだ……実際に実行されたとも言った。


「ですので私、友達いないんです」


 と、酒場で食事を取りながら(口に合うのだろうか)、唯一姫が微笑んだ。


「気持ちも分からないでもないですからね。

 王族関係者、もしくは名家というだけでグループの中では浮いてしまう存在です。

 それが、唯一姫ともなれば近づき難いのでしょう」


 それ以前に、

 おれたちのような商人でもないただの収集者に、王族と話せる機会なんてそもそもでない。

 ギリギリ、名家くらいならすれ違うこともあるかもしれないレベルだ。


 王族は画面の向こうの世界の住人という認識だ。

 目の前にいる彼女のことは間違いなく唯一姫だというのは分かってはいるが、やはり現実感がない。だからこそこうしてフランクに話せているのかもしれない。


 これが王城の中、謁見の間で向き合ったらどう対応すればいいか分からなくなる。

 慣れ親しんだ酒場の中で、黒ずくめの唯一姫、という状況が良かったのだろう。


「ですから嬉しいんですよ、

 こうして私にべったりくっついて、料理を食べさせてくれるなんてんむ……っ!?」


「おいしい?」

「はい、もちろん。……これは私にとって、嬉しいことなんですよ?」


「あー……、もしも不敬罪にあたるなら、シアナだけにしてくれよ。

 オレらはアンタの正体がばれないように配慮しているだけだ。

 ただコイツはそんなこと考えてねえ。お前の反応を面白がってるだけだ。

 おもちゃ扱いに耐えられなかったら怒っていいぞ」


「いえ、不敬罪なんてそんな……思っていませ熱ぅっっ!?!?」


 どうやらできたて熱々のスープを姫様の口に差し込んだらしい。

 唯一姫は涙目になりながら、


「し、シアナ様……ありがたいのですけど、もうお腹いっぱいなので……!」

「なに、私のおごりの料理が食べられないの?」


「そんなことでは決して……っ」


 ほれほれ、とスープをすくったスプーンを口元に近づけるシアナ。


「せっかく、姫様のために私が好きな料理を頼んだのになー」


 落ち込むシアナの表情に、すっかりと騙された唯一姫が慌てた様子で、


「いただきますよ! 何杯でもいけちゃいますっ、はい!」


 熱々のスープを四苦八苦しながら食べ進めていた。



「それで姫様、どうやって王城へ侵入するつもり?」


 そんなやり取りを見ながら、一切のフォローなく、ゴウが淡々と会議を進める。


「ひ、ひふう……そ、そうですね……」


 火傷したのか、唇を手で隠しながら。

 女性であれば例外なく男よりも頑丈な体を持っているが、日常生活における火傷への耐性はあまりないようだ。


 振り返ってみれば、棚の角に小指をぶつける、躓いて転んで膝をすり剥くのと同じように、意識していないとおれたちと同じように女性も普通に怪我をする。


 リッカがまさにそうだった。

 油断していたら攻撃が通る、というのとはまた別で、自分のライフスタイルの中だと体が無意識に機能を休ませているのかもしれない。


 事実、魔界で死角を射撃されても、女性は頑丈さを維持している。

 だけど家のベッドで寝ている時は傷つけ放題という差があった。


 唯一姫にとって、この場は気を許せる空間になっているのだろう。


「比較すれば夜の方が警備の目も誤魔化しやすいです。

 昼間の方が手薄に感じるかもしれませんが、明るい分、遠目からばれやすいのですよ。

 まさか昼間に入らないだろう、という先入観で試すと、夜よりも厳重だった、ともなりかねません。

 混雑する食事の時間を予測してずらしたら、みんな同じ考えで結局混雑した、みたいなものでしょうか」


 お姫様にしては、庶民的な例えだった。


「なのでやっぱり、奇をてらわず、夜中に仕掛けましょう」

「そうは言っても、監視の網を避けて通るのは難しいと思うけど」


「はい。なので、私が内側から指示を出します」



「――って話だったけど、どうするつもりなのか聞いてるのか?」


 作戦決行時間。

 現在時刻はもう夜中だ。


 王城を囲う外壁の外側。

 建物の陰に隠れ、巡回している警備の目から逃れる。


 ここには、唯一姫を抜いた昼間のメンバーが集まっている。


「全部任せてくださいばっちりです、とまで言っていたからね……姫様に任せたよ」

「大丈夫なのかそれ……昼間にちょっと話しただけでもなんだか、その……あれだ」


「彼女から、シアナと同じ匂いがするかい?」

「そこまでは言わないけど、近いものは。しっかりしているようで抜けてるよな」


 そんな彼女の「任せてください」という言葉は、正直に言って怖い。


 シアナ主導の作戦に巻き込まれたようなものだしな……。


「さすがに依頼してきた本人なんだ、雑なことはしねえだろ。

 失敗を誰よりも恐れてるはずだ。小さなミスまで徹底して潰すほどリスクヘッジはしていないだろうが、それでも最低限、オレたちの侵入がばれない程度の根回しはするはずだ。

 自分んちの庭で細かい抜け穴くらい知ってるだろ。

 そうでなきゃ、全部任せろとは言わないはずだ」


『だと良いけど』


 シンドウが珍しく庇うのは、彼なりの回避行動なのかもしれなかった。

 おれとゴウの言葉が被ったのも、シンドウの長い長い理屈固めも、互いに嫌な予感がしたからだと理解していた。


 胸がざわつく。

 なぜだろう、壁の内側がさっきから騒がしい……。


 ぴくん、と耳を立てるように、シアナが背伸びをした。

 ミーナがゴウを守るように前に出る。


 ――そして、だ。


 王城を囲っていた外壁が、バゴォッッ!! という轟音と共に、内側から破裂した。


 瓦礫が飛んでくる。そのつぶての全てを、ミーナが蹴り落としていた。


 ぽっかりと空いた大きな穴から、瓦礫を跨いで出てきたのは――予想通り、唯一姫。

 彼女は、作戦通りっ、とでも言いたげに、おれたちを手招き、



「ばれてしまっては仕方ありません! 

 後は時間との勝負です! 

 警備に囲まれる前に弟の元までいき、企みを阻止しましょう! 

 ――みなさん、さあっ!!」



『てめえ覚えてろよッ!!』


 姫様であることも忘れて、おれたち三人は思わず本音が出た。

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