第26話 ミーナへの依頼

「あの……治せそうですか……?」

「全然よゆーよゆー。指が千切れ飛んでるけど治せるよ」


 薄っすらと声が聞こえてくる。

 自分とは無関係に思える喧噪の中の遠い会話が段々と近づいてきているような感覚だった。

 深く、暗い洞窟の奥から、差し込む光を目指して出入口へ向かっていくように、おれの意識もやがて覚醒していく。


「千切れ飛んだ指も、ですか……? 高度な回復魔法……の枠に収まるのでしょうか」

「死んでなければなんでも治せるよ。だから、死んでたらどうしようもできないけど」


 次第に、体が動くようになってくる。

 ぴく、と千切れ飛んだはずの指が動いた。まぶたが持ち上がる。

 急激な光に顔をしかめると、すぐに影で覆われた。

 おれの顔を覗き込んだシアナがいたからだ。


「気分はどう?」

「……最あ、いや、最高だな」


 さすがに、命の恩人に対していつも通りの悪態をつくのは恩知らずだな。


「よう、起きたかじゃじゃ馬」


 体を起こすと、いつものメンバーがいた。

 シンドウ、シアナ、ゴウ、ミーナ。


 しかしこの場に、リッカはいない。


 ここは……酒場か? 昼間から酒を飲んで酔い潰れている男たちが多い。

 遠い壁、高い天井、人が多いのに密度が少なく見えるのは広い空間のおかげだ。


 おれたちは騒がしい中心部分からははずれた、端っこの方、仕切られた座席にいる。


 交渉や打ち合わせでよく使われている簡易的な個室だ。


 個室と言っても密閉はされていない。聞き耳を立てれば簡単に盗み聞きできてしまう。

 それでも騒がしい収集者のおかげで、ある意味で防音仕様になっている。


 心理的なものもあるだろう……まさかこんなところで重要な話などしない、という心理を逆手に取った中途半端な仕切りが、防音がしっかりしている密閉された個室でされるような会話ではないと周りに思い込ませている。


 酷い怪我を負った収集者を安静にさせる場所、としても使われるため、今回はおれの怪我を利用したのだろう。まさか酒場で血を見せるわけにはいかない。


 いくら収集者が見慣れているとは言えだ。

 これでも飲食店、酒場側のマナーとして、用意しないわけにはいかなかったのだろう。


「マサトも起きたことだし、依頼の話を聞こう」


 おれたちは円卓を囲むように座っている。

 そして、いつものメンバーに交じって見慣れない一人がいた。


 リッカでないことは分かる。

 体格が違うし、リッカは胸に、そんな立派なものはない。


「ご紹介が遅れましたね、私は人間王国、『唯一ゆいいつひめ』です」


 黒ずくめのフードを取ると、後ろでまとめていた栗色の髪が解ける。


 櫛で丁寧に整えられた美しさを保っていた。


 懐から取り出したティアラを頭に乗せると……確かに、服装こそ違うが、いつもなら豪華なドレスに身を包む、人間王国、唯一姫の顔だった。


 人間王国に住んでいる以上、知らない顔ではない。


「信じてもらえましたか?」

「最初から疑っちゃいねえよ」


 シンドウの言葉遣いは姫様を相手にしても変わらないらしい。

 そのあたり、ゴウも気を遣ってはいないようだ……シアナとミーナも変わらず。


「護衛もつけずに独断でここにきてるなら、気を遣ってアンタを持ち上げたりはしねえからな。

 大仰に扱って、身を隠してるアンタの正体がばれたら困るだろ」


「ええ、はい。もうそこまで考えているのですね……」

「当然だ」

「心遣い、感謝します」


 唯一姫が頭を下げる。

 ……イメージと違うな。

 王族はもっと、ふんぞり返ってわがままばっかり言っているイメージだったのだけど……。


「ちゃんといますよ、そういう王族も……」


 どちらかと言えば、彼女が異端、なのだろう。


「安心したぜ。まともな王族なら、こんな世界にはなっちゃいねえもんな」

「…………」


 唯一姫が黙ったのをきっかけに、ゴウが先を促す。


「姫様…………おい」

「え、あっ、はい!」


「依頼、ということだったけど、それはパーティとして? ミーナ個人として? 

 マサトを助けてくれたのは、パーティの関係性を利用しミーナに近づくためだった、と言っていたけど……内容によっては僕ら、パーティで動くことも視野に入れているよ」


「いえ、ミーナ様以外を、危険な目に遭わせるわけには……」


「姫様の依頼内容も予測がつくからね、ミーナだけに任せたところでそこのじゃじゃ馬はどうせ一人で勝手に突っ走るはずだよ。

 だったら、作戦に組み込んだ方がいいかもね」


 ゴウの視線がおれに向く。……じゃじゃ馬って、おれのことか?


 パーティ内で言えば、じゃじゃ馬はシアナだろうに。


「こいつはじゃじゃ馬じゃなくてただのバカなだけだ」


 シアナは話に飽きたようで、おれに肩を預けて居眠りをしていた。

 重たい邪魔だ鬱陶しい……っ。


「でも、本当に危険なんです。女性はまだしも、男の子たちを巻き込むわけには――」

「僕らには僕らのやり方、戦い方がある。正面から立ち向かったりなんかしないさ」


「です、けど……」


「勝手なことをされるよりも制御下においた方がいい。

 対立構造が三つ巴になったら厄介だと思うけどね。

 ここで依頼をひた隠しにしたって、そうでなくとも、もう彼の行動指針は決まってしまっている。姫様、あなたが助けたことで、もうこれは揺るがない」


 話が一向に見えてこないが……、唯一姫の視線がおれに向いた。


「……分かりました。パーティとして、依頼します」


 大きなため息が気になるが……ともかく、唯一姫が言った。



「私の弟である人間王国、唯一ゆいいつ王子おうじの企みを阻止してほしいのです。

 あの子は自分の側室にリッカ・マサムネ様を無理やり手中に収めました……最強の盾と評される彼女を『使う』ことが鍵になるのでしょう――自分の企みを、阻止されないために。

 リッカ様に対抗できるのは、最強の矛と評されるミーナ様……あなたしかいません。

 お願いします……、

 リッカ・マサムネ様を退き、私を、弟の元へ連れていってくださいっっ!!」



 姫なのだから、命令一つで言うことを聞かせられる立場でありながら、しかし、彼女は必死になっておれたちに懇願する。


 弟のため、か……。それはどうでもいいが、そこには攫われたリッカがいる。


 断る、という選択肢は元よりなかった。

 おれたちのパーティ、司令塔であるゴウの答えは。



「――任されたよ。正式に、受理しよう」



 やがて始まる王族同士の小競り合い。


 それは世界の根底を揺るがす、大きな騒動へと発展することになる。

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