第24話 観察
『まともじゃないな』
ふと、声が重なり、視線を回す前に、足元に転がされた短剣があった。
もちろん、おれのじゃない。
持ち歩くべきだとは思うが、全身筋肉痛なので短剣の重さも意外ときついのだ。
そのため部屋に置いてきてしまった。
そんな状況だからこそ、置かれた短剣はおれにとって渡りに船だった。
「使えばいい」
全身を黒ずくめで覆った小柄な男。
少年? 少女? 声の高さはどちらとも取れる。
短剣を落としたのは、彼(彼女)らしい。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりでも。あんたの好きなように使えばいいさ。
止めたいのに武器がないどうしようって困っているように見えたから。
拾うも置いていくも、勝手にどうぞ」
目の前には黒ずくめの彼しかいないが、しかし意識してみると、距離を置いておれを見つめる、数人の強い視線が注がれていることに気づく。
というか、気づかせたのか。
敵意か殺意か、それを意識させた上で、黒ずくめの彼を詮索するなと釘を刺している。
……正体が気になるが、まあいい。
おれと重なった『まともじゃない』、という言葉。
この世界でそう思えることは、少なくとも、おれと対立する相手じゃない。
「借りるぞ」
「返さなくていい」
「いや、でもさ」
「もしも馴染んだならそのままあんたの武器にしたらいい……ぼくは使わないからな。
この会場は『試し斬り』の最中だ。馴染まなかったからダストボックスにでも入れておけ」
既に若干、手に馴染んでいる。
もしかしたら、高級品なのかもしれない……。
「分かった、ありがたく使わせてもらう」
そして。
柵に足をかけ、身を乗り出す。
筋肉痛のことも忘れ、ステージに向かって飛び降りた。
大砲の引き金にかかった指をはずすことはもう無理だ。
だから――銃身を逸らす。
おれの体よりも大きい大砲の銃身を逸らすには、落下を利用した体当たりしかない。
間に合え……ッ!
これ以上、おれの目の前でリッカをサンドバッグにさせてたまるかよォッッ!!
参加した男が、引き金を引いたのと同時。
おれの体が大砲の銃身に斜め上から落下し、その勢いで銃口を僅かにずらした。
おかげで、放たれた砲弾はリッカから横に逸れて、闘技場の壁に当たり爆発する。
元々、魔物が激突しても壊れないように作られた壁だ……、
砲弾の爆発程度で壊れるはずもなかった。
「な、なんだ!?」
「え、ちょっ、マサトっ!?」
銃身に登り、黒ずくめの彼から渡された短剣を抜く。
「……リッカに、さあ」
銃身を走り、引き金に指をかけた男の肩を狙う。
「――なにしてんだっ!」
男は収集者ではないのだろう、迫る刃に自分の危険を察知できていなかった。
呆然とおれを見つめ、刃が突き刺さる寸前で、やっと瞳に恐怖が浮かぶ。
「う、うぉおおおお!?」
野太い、悲鳴のような叫び声。
男が両手で頭を守って屈んだ。
すかっ、と空間を切った短剣に、重心を取られて地面を転がる。
起き上がり、体勢を立て直してから、すぐに男を追撃しようとしたが――、
瞬間、視界が大きくぶれた。
横顔を蹴られた、と分かったのは、
リッカの軽蔑の眼差しがおれに向いているのだと自覚した時だった。
「なにしてるの?」
「……これが、バイト……?
っ、お前がっ、サンドバッグにされても、笑っていることがか!?
これだったらまだいかがわしいバイトしてる方がマシじゃないかよ……っ!」
比べればの話で、いかがわしいバイトが良いってわけではないが。
少なくとも、このバイトよりは健全に思えてくる。
「……お父さんから聞いたの?」
「ああ。おじさんも内容までは知らなかったみたいだけどな」
「お父さんにも言ってないしね、イベントスタッフとしか。
……それなのにマサトはわざわざ様子を見にきてくれたんだ……ほんとに過保護だよね……」
「バイト内容が分からなかったら、
変なことに巻き込まれてるんじゃないかって心配するに決まってるだろ!」
リッカの視線が軽蔑から呆れに変わった。
「……ふーん、それで、わたしがえっちなバイトしてるかもって……?」
「まあ……うん」
「どうしてそこで歯切れが悪くなるの!?
言っておくけど、わたしだって、そういうバイトも探せばできるからね!?」
探せば、見つかれば。
自分でもどこでも歓迎されるわけではないと自覚はあるらしい。
「横に座って喋るだけならわたしでもできるし!」
「それは別に、いかがわしくないのでは……?」
リッカの中ではその程度のことでもいかがわしいバイトになるらしい。
そういうお店は夜の特権というわけでもないだろうに。
「それで。心配してくれたのは嬉しいけどさ……これはどういうこと?」
気づけば、大砲の持ち主はステージ上からいなくなっていた。
リッカと話している内に避難したようだ。
つまり、おれとリッカがステージ上に残っており、注目の的である。
突然、空から現れた襲撃者。
列に並んでいた多くの収集者たちが、試す用に持ってきていた武器を構えて、ステージの外からおれを狙っている。
……まあ、そりゃこうなるだろう。
「さっき、あの男の人を、刺そうとしてたよね……?」
「……それくらいの覚悟をしないと、助けられないと思ったからな――」
でも正直、頭がカッとなって、その後のことはよく覚えていない。
リッカを助けるために、体が勝手に動いていたのだから。
「アラクネの巣に乗り込んでまだ日が浅いから仕方ないかもしれないけど、マサトは別に弱いわけじゃないんだよ?
わたしたちや、魔物、魔族よりも弱いのかもしれないけど、それでも周りの男の人よりは強いんだから、誰相手でも全力で挑むのは危ないからね」
あ……そっか。
魔族、魔物、女性と、縦の強さを意識していたが、男という横並びの実力で言えば、おれたちは決して弱いわけじゃない。
収集者と加工屋を比べれば、当然、魔界での活動経験がある分、収集者の方がアドバンテージがある。
武器やアイテムの性能に左右されるとは言っても、運動神経も影響する。
武器を持つ加工屋よりも素手の収集者の方が強いことは珍しいことでもないのだ。
「……それは……ああ、気を付けるよ。とにかく、こんなバイトは認めない。
お前の頑丈さで傷一つつかないのは分かるけど……もしも、お前の防御を上回る武器が出たらどうするんだ。大丈夫だと思って構えていたら、鎧を破って怪我をするかもしれない……こんなつまらないことでお前まで失いたくないんだよ……っ」
それにだ、そもそもの前提として。
傷一つつかないからって、じゃあ攻撃してもいい、という思考にはならないだろう。
一人の女の子に向けて武器の試し斬りをするなんて……狂ってる。
こんなバイトが許されて、しかもそれを、誰も疑問に思わない世界だ。
多数決の結果、道徳まで歪んだのか……っ。
はぁ、とリッカの大きな溜息。
しかし、おれの過保護に呆れたわけではないようだ。
「バイト、やめてくるから待ってて。……一応ね、マサトが筋肉痛で動けない二日間くらいの臨時バイトのつもりだったの……わたしぴったりの内容だし、報酬も高いし。
それにわたしがやらなければ誰かで代用されてたことだもん。わたしがやることで誰も傷つかないなら、その方がいいでしょ?」
気持ちは分からないでもない。……でもやっぱり、
「リッカが犠牲になることはないだろ」
「犠牲じゃないって。でも、マサトを不安にさせてまでするバイトじゃないかな」
言ってから、リッカが責任者の元へ向かっていった。
遠目から、リッカが頭を下げて謝っているのが見えた。
おれも一緒にいくべきだったかもしれない……でも、リッカにこんな仕事を任せた相手だ。
会話によってはまた頭に血が上るかもしれない。
根本的な部分でリッカという少女をどう見ているか。その違いが、
女性を道具として見ている相手と、仲良く話せる自信はなかった。
すると、リッカが小走りで戻ってくる。
ガシャンガシャンと鎧の音を響かせながら。
「バイトやめてきたから……帰ろっか、マサト」
「あの鎧の女……」
「名は『リッカ・マサムネ』……収集者のようです」
「ふうん…………決めた」
「試し斬りのために城で雇いますか?」
「サンドバッグなんかいらない」
「は。では、どうされますか」
「城へ招く。ただし雇うんじゃない。ぼくの側室候補として、だ」
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