STAGE:3 王族対立

第23話 試し斬り

 アラクネの巣からリッカたちを救い出して丸二日が経った。

 ……のだが、未だに、全身筋肉痛でベッドの上から動けなかった。


 おじさんに許可を貰っているとは言え、

 さすがに店の手伝いを二日連続で休むわけにはいかない。

 痛む全身に顔をしかめながらもなんとか這い出て床に落ちる。


 まるで死体人形ゾンビのようにのそのそと動き階段を下りて店の中へ。


 カウンターで武具の整備をしているおじさんに声をかける。


「お、おじさん……」

「おや、もうだいじょう……って、まだきついなら休んでていいんだよ!?」


 優しいおじさんの厚意に甘え続けるわけにはいかない。

 居候させてもらっている身だ。店の手伝いが、家賃の代わりのようなものだ。


「なにか、できることだけでも……」

「そういうことなら……座ってできる仕事でも任せようか」


 這い這いの状態から椅子に登って一息つく。

 任されたのは売上計上、これなら今のおれでもできるだろう。


「いつもならリッカに任せているのだけどね、ちょうどいま出かけていていないんだよ」


 リッカは筋肉痛に悩まされてはいないようだ。

 それもそうか、おれとは普段から運動量が違う。慣れたものなのだろう。


 ちなみに、シンドウとゴウも、同じく筋肉痛に苦しめられているらしかった。

 シアナはシンドウが動けないことをいいことに、正座で痺れた足を指でつつくように楽しんでいるようだ。

 積年の恨みだとかなんとか。言いながらもあの二人は仲が良いよな。


 ゴウは、ミーナに老人のように介護されているらしい。

 アラクネを利用した一昨日の一件から、

 ミーナの本音を知った以上は厚意を無下にできなくなった。

 不安がらせると今度また、いつあんなことを計画するか分かったものじゃない。


 愛情を確かめるためにおれたちを巻き込まないでほしいな……。

 そういうのは二人きりで楽しんでいてほしいものだ。


「……そう言えば昨日も出かけていたような……?」


 比べて、リッカはおれに顔を見せない。

 ゴウとシンドウの様子を伝えてくれたのは彼女なので、コミュニケーション不足のミーナと制御が利かないシアナの代わりにパーティ内のパイプ役をしてくれているのだろうけど……だとしても。


 ちょっとおれのことを放置し過ぎじゃないか、と思ってしまう。

 ……さすがにそれは女々しいか。


「頼まれたバイト、とか、なんとか言っていたけどね。詳しいことはなんとも。

 帰ってきたら聞いてみたらどうかな。僕が言うよりもマサトくんが聞いた方があの子も口が軽くなると思うしね」


「そんなことは……え、親に言えないような、いかがわしいバイト……?」

「あの子の体型でそれはないんじゃないかな?」


 限られた人には刺さるから、絶対にないとは言い切れないが……。


「それ、冗談でもリッカには言わない方がいいよ」


 おれたちが思っているよりも気にしているみたいだし。

 あれはあれで、

 細道を通りやすいとか、相手の攻撃を避けやすいとかメリットはたくさんある。

 無駄に大きくて肩こりに悩まされているシアナよりはよっぽど楽そうに見えるけど……そういう観点でなければ、もうおれたちには分からない悩みだ。


「マサトくんから言ってあげたら喜ぶんじゃないかな。小さい方がいいって」

「セクハラで殴られそうだけど」


 おじさんが苦笑いを浮かべて、


「セクハラかはともかく、それ以上の愛情表現を君はもうしていると思うけどね」




 筋肉痛に杖を使うのは大げさだと思ったが、やっぱりあった方が楽だ。

 店を出て、向かった先は闘技場。

 普段は魔物同士を戦わせる、賭博の延長線上にあるエンターテイメントだが、今日は別の用途で会場が使われているらしい。


 そこに、とあるバイトでリッカが参加している。

 賭博場のすぐ隣なので、人間王国内の中心部付近だ。


 王族が住む城のすぐ近く。

 まさか、偶然出会うことはないだろうが。


 店からはかなり距離がある。

 だが、一昨日のアラクネの巣から持ち帰った素材を換金したことで少ないながらも小銭稼ぎができたので、女性が運転する魔力車に乗り、移動時間を短縮。

 気づけばあっという間に闘技場へ着いていた。


 いつもなら小銭がもったいないを理由に利用はしないのだが、使ってみると便利だ。

 まあ、杖がなければ歩いて向かうと思うので次回からの利用はしないだろうけど。


「また使ってくださいねー」


 おれよりも年下の女の子の運転手に、ぴょんぴょん跳ねながら両手を振られる。

 人懐っこい子だった。名刺を渡されたし、やむを得ず利用する場合はあの子に頼むか。


 やっぱり女性の中でも競争率が激しいらしい。

 名刺でも渡さないと覚えてもらえないのだろうか。

 収集者や加工屋、武具屋に限ったことではなく、どこの業種もパートナーやお得意様を確保しておく必要がある。


 でないと、すぐに埋もれてしまうのだろう。


「さて、リッカは……と」


 闘技場なら、さすがにいかがわしいバイトではなさそうだ。

 入口付近に並んでいる、武器を持った男たち……収集者に限らず加工屋もいるようだ。


 列の最後尾はどんどん後ろに、人が増え続けている。

 足元に落ちてきたビラを見ると、


「試し斬り……?」


 加工屋からすれば新作の武器の性能を試すために。

 収集者からすれば新しい戦い方に馴染むかを確かめるために。


 武器と戦い方が限られるおれはあまり利用しないが、一か月に一回、早ければ半月に一回のタイミングで闘技場でおこなわれているらしい。


 試し斬りだが、武器は剣でなくても構わない。

 さっきから爆破音が響いている。


 爆弾、銃撃、なんでもありなのだろう。


「観戦者の方はこちらからお入りくださーい」


 女性スタッフの声が長蛇の列とは違う方向から聞こえてきた。

 ただの試し斬りだが、見たいという人も多いようで、列にはなっていないものの観戦者用の入口も人の出入りが多かった。

 特にチケットの制度もないようで、すんなりと会場に入ることができる。


 ステージを見下ろすように、外周の壁の上が観覧席になっている。

 席は階段状になっていて、前の人の頭でステージが見えない、ということもない。


 席は空席が多く、人もまばらだ。

 指定席ではないのでどこに座ってもいいし、

 一番前、柵のギリギリまでいって観覧することもできる。


 リッカは……、周囲を見回すが、観覧しているわけではないか。

 バイトと言っていた。なら、スタッフとして誘導でもしているのだろうか。


「あの子、よく耐えるなあ」

「収集者の間では有名らしいぞ。『最強の盾』だってな」


「あんな小さな子がか? もっと強そうな収集者はいそうだが……」


「総合的に見ればあの子は劣ってるだろうがな。

 ただ、防御面、その一つに関してあの子の右に出る者はいないらしいぜ」


 ……聞こえてくる世間話。耳に入れながらも、観覧席の間を下っていく。


「いくら斬られても、殴られても、爆破されても、押し潰されても立ち上がってくる。

 試し斬りをするにはもってこいの人材ってわけか」


「魔物相手となると細かい状況設定は難しい。

 かと言って人形で代用するには味気ない。

 自分で考え、指示に従い動けるあの子がいてくれなきゃ、試し斬りも満足にできないからな。

 いやあ、革新的なサービスだなこりゃあ」


「今までもこういうサービスはあったんじゃないのか?」

「なくはないけどな。何発か喰らえば不機嫌になるもんだよ、普通は」


「でも、あの子は……」

「ああ、いくら報酬が積まれてるか知らないが、決まって笑顔なんだと」


 ステージ上から爆発音。

 巨大な砲口から出た砲弾が、サンドバッグにされている少女の体に直撃した。


 上がる黒煙の中から細い腕が伸び、煙を振り払う。

 黒いすすで鎧が汚れてしまってはいるが、無傷だ。怪我は一つもない。


 彼女は手を挙げて、


「どうしますか、もう一発試してみますー?」

「そうだな……じゃあもう一発だけお願いしてもいいか?」


「はーい、じゃあいつでもどうぞー!」


 試し斬りをおこなっていた男が大砲の引き金に指をかける。


 殺す気ではないにせよ、女の子に銃口を向ける、だと?


 ……クソ、野郎が……ッ。

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