第21話 vsアラクネの群れ
受け取っていた、一つだと火力は低いが数を重ねることで火力を上げることができる小型の爆弾を、周囲の壁に投げつける。
視界が悪く、気配だけで近くにいると分かるシンドウも、同じ行動をしたようだ。
連続する爆破の音。
そして壁の岩が崩れたようだ。
糸が壁にくっついているのなら、これで下段の糸は岩と一緒に地面に落ちたはず。
アラクネたちがおれたちに近づくには、地面に足をつけるしかない。
人とは違う足音が、気配とは別の判断基準になってくれる。
カサササッ、という不快な足音が近づいてくる。
短剣を握り締め、気配に向けて刃を突き出し、
「きゃああああっっ!?」
「っ!」
咄嗟に剣を引き戻す。
反射的に体が反応した。
だって、え……、どうしてお前が、ここに……?
「リッカ……?」
「他人の空似も探せばいるものねえ」
声と同時、首に違和感……。
気づいて対処しようとした時にはもう既に、両足が浮いていた。
「かっ……ァ、はっ!?」
「締め落とすまで五秒もかからないわ」
きゅう、と首に食い込む糸にさらに力が加わった。
もう落としてしまって持っていないが、たとえ酸素ボンベを咥えていたところで首が締まっていれば酸素は取り込めない。
じたばたと両足をばたつかせるが、それでアラクネの力を振り解けるはずもなく。
たとえば背後にいるのなら、肘で打って怯ませることもできたかもしれないが、アラクネはおれを糸で吊っている……つまり頭上だ。
いくらこの場で暴れたところで、アラクネにはなに一つとして反撃にはなっていない。
「目眩ましなんて浅知恵ねえ。
視覚に頼らずとも、あなたたちがどこにいるのかくらいは分かるわよ。
気配、匂い、糸を辿って。手がかりはいくらでもあるものよお」
「……行動、自体、は……読めない、のか……?」
「目的がなんであれ、動いていれば仕留めるのは本能かしら」
動いていれば。
じゃあ、その場でじっとしているゴウのことは、後回しにしているのか?
白煙に包まれていて、ゴウに限らずシンドウの動向も読めない。
おれと同じように捕まっているのかもしれないが……、
それでゴウへの意識を逸らせるのであれば構わない。
白煙はおれたち三人を。
おれとシンドウは、ゴウを隠すための。
二重に積み上げたカモフラージュだ。
「なにか企んでいたみたいだけど、男だけじゃ無理だったわね。
まあ、たとえ万全な状態でパーティ一つ分が攻めてこようとも、数の利で押し通せるけど」
呼吸が、止ま……。
やがて、視界が段々と狭まっていき、意識も遠くなり始める。
「せめて、助けたかったあの子に似ているアラクネに殺されたかったかしら?」
意識を手放しかけたその時だった。
ぷつんっ、と耳に響く音。
小さなその音は、
おれにとっては静寂を破る、水面に一滴の雫が落ちた音のように聞こえた。
なによりも鮮明に、残る。
そして、ふっ、と現れる浮遊感。
吊られていたおれの体が重力に従って地面に落ちる。
「……うぇ、げほ、かは……、……ったく、遅いぞ、ゴウ!」
「充分に早いと思うけどね。
こっちも色々と妥協して完成させたんだ、通常ならかかるはずの時間の半分以上の短縮で作った、アラクネの糸を切るためのアイテム……さて、数回使って壊れなければいいけど」
白煙の中、手が触れ合う距離ならば視覚にも映る。
ゴウはとてもじゃないが商品としては出せない、汚い断ち切りバサミを持っていた。
効果はアラクネの糸を切る……ただ、それだけ。
それだけに特化し、それ以外の機能を捨てたアイテム。
だからこの刃は木の葉の一枚も切れやしないのだ。
だけどその代わりに、絶対に、アラクネの糸が切れる。
どれだけ束ねようが関係ない。
アラクネの糸であるだけで、条件は満たしているのだ。
「私たちの糸が、切れられた、だって……?」
戸惑いの声が漏れる。
アラクネにとっても予想外だったらしい。
彼女たちからすれば、
スライムによって既に、アラクネ対策のアイテムは奪い終えている前提で今になっている。
おれたちの手に、糸を切るアイテムがあるとは夢にも思っていないのだろう。
想定外のことに戸惑うのが、人間だけだと思うな……!
「あとはリッカたちを縛る糸を切るだけだ!」
早く、上まで登らないと。
高い塔の内側を、壁を伝って手で登るのであれば大変だが、張り巡らされた糸がある。
アラクネが足場にできるなら、おれたちにもできるはずだ。
「加工道具の中に墨がある。
それを手につけて、周囲に撒きながら進めば、墨に濡れたアラクネの糸が見えるようになるはずだよ」
細過ぎて普通は見えないが、それでも糸はそこにある。
ちゃんとそこにあるのなら、濡れないわけがない。
「オイっ、そろそろ白煙が晴れる!
ちんたらしてるとアラクネの大群に捕まるぞ!」
酸素ボンベがなくとも、白煙を吸っても、もう眠くならない。
内側から湧き上がる感情が、眠気を吹き飛ばしてくれていた。
もうすぐ。
もう少しだ。
『今いく、だから、そこで待ってろよ!』
足場となる糸を伝って頂上を目指し始めた時だ。
不自然に、視界が一気に晴れる。
そして、堪えようとして、逆に悪趣味な笑みが漏れてしまっているアラクネがいた。
「助けられる、とでも思ったのかしら」
『アラクネは、完璧主義者』
思い出す。
『最初から最後まで徹底して台本を決めて、
一つのミスもなく達成することに快感を覚えるタイプの魔族』
そうだ、おかしい。
想定外のことが起きたというのに、さっきのアラクネは、取り乱し方が小さかった。
完璧主義者が、理想としていたゴールから遠ざかったと分かれば、もっと感情を露わにしてもいいはずなのに……。
アラクネにとって、想定外とは予定通りであり、
想定外のことが起きたとおれたちに思わせることが、台本通りだとすれば……。
最初からおれたちは。
ピンチもチャンスも、彼女たちに操作されていた……?
泳がされ、踊らされていたって……!?
「取り戻したいものに手が届く距離まで近づいたところで、一気に現実へ引きずり落とす。
その時のあなたたちの絶望した表情が見たかったのよねえ――」
「………………お、まえ……ッ!」
「粋がっちゃって。ふふ、楽しませてもらったわ。
最初から私たちの手の平の上だったのに、ねえ……人間」
ぐんっ、と、慣れた浮遊感の後、視界が逆さまになる。
足に絡みついていた糸がおれの体を引っ張り上げたのだ。
隣では、ゴウとシンドウも同じように頭を下に吊るされている。
いつの間に足に……? あの細さだ、絡まったことに気づかなくてもおかしくはない。
「……洞窟の入り口から……既に糸は絡まっていた……と?」
思い至ったゴウの指摘に、アラクネが笑った。
「ええ、そうね。
やろうと思えばゴーレムの部屋であなたたちの動きを制限することもできた。
でもしなかったのは」
「こうしてオレらをはめるためかよ」
「ええ、充分に楽しめたわ。こうして巣に閉じこもっていると楽しみも少ないのよ」
言いながら、ちらりと視線を上へ向ける。
「大切な人を守るためなら、人間の男でもゴーレムを倒せてしまえるのね。
侵入者への今後の対策として良い実例が見れたわ、感謝するわ」
そして、見えない糸がおれたちの体を縛っていく。
何度も重ねられ、包帯でぐるぐる巻きにされたような姿で吊るされる。
ずるずると引きずられるように、真上へ引っ張り上げられる。
張り付けにされているリッカたちと同じ、天井付近で餌として並べられた。
「……リッカ……っ」
口元の束ねられていた糸が解かれる。
アラクネが気を利かせてくれたのか。
「もう、無茶、ばっかりして……っ!」
「ごめん、お前のこと、助けられなかった……ッ!」
彼女は怒って、叫んで、おれを責めるだろうと覚悟していた。
でも、
「いいよ」
リッカは優しく笑った。
こんな状況で、どうして、笑っていられる……?
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