第20話 アラクネの巣、再び

 シンドウが転がした球体が破裂し、白い煙を上げる。

 閉鎖空間で使用すれば、一気に空間内が煙で満たされてしまうが、スライムの吸収力がこの時ばかりは良く作用する。


 念のため、おれたちは煙を吸わないように酸素ボンベで口を塞いでいたが、どうやら杞憂だったようだ。

 白い煙は、一つしかない穴に流れ込む水のように、スライムへと吸収されていく。

 環境に合わせて色を変えるスライムの体は、やがて白くなっていき、


 ――ぼとり、と。


 細々と分裂していたスライムが、ゴーレムから不規則に剥がれ落ちていく。


 ……そして、やっと、岩と岩の僅かな隙間が見える。

 強固なゴーレムの、唯一とも言える弱点。


 ……これで振り出し。

 爆弾をくくりつけた短刀をシンドウが投擲し、その隙間の奥に突き刺さる。


 そして、だ。


 バゴォッ! と内側から破裂するゴーレム。


 飛び散る残骸の中に、薄紫色に光る本体が見えた。


 核だ。

 足元に転がってきたそれに、おれは右手に持つ短剣を、思い切り突き刺した。


 岩に亀裂が入る。

 すると、再び合流しようと磁力に引かれるように小刻みに動いていた周りの岩が、ぴたりと静かになった。


 しぃん、と、訪れる静寂。


「……まだだ」


 気を抜くな。これでもまだ、第一関門を突破しただけ。


 本命は次。

 ゴーレムよりも、スライムよりも厄介な、アラクネの巣が待ち構えている。




「で、どうすんだ。アラクネの糸を切るアイテムは奪われた。

 スライムの体内にあるならあいつが眠ってる内に手を突っ込んで奪い返す……ができるならいいがな」


「やめた方がいい。胃液で突っ込んだ分が溶けるよ」


 ゴウの指摘に、慌てて手を引っ込める……、

 危なかったっ、あと少しでも忠告が遅ければ右手が溶けているところだった。


「じゃあどうする。アラクネの糸を切れなきゃ、助けられねえだろ。

 アラクネに勝てなくとも、糸さえどうにかできればいい……、

 勝算はないが、救出の目処は立つ。

 だがアラクネを倒さないとならないってことなら、まずオレたちには不可能だ」


「問題ないよ」

「……テキトーなこと言ってるわけじゃないよな……?」


「テキトーではないね。ただ、賭けではあるけど……。

 マサトにはもう話したか。

 まだ未熟だけど、僕には加工の技術があるんだ。それで糸を切るアイテムを作る――」


「なんだ、作ってきてたのか?」


「違う、今から作るんだ。

 もしも作ってきてたら、マサトみたいにスライムに奪われていただろうね。

 あのスライムはゴーレムの強化以外に、アラクネ対策のアイテムも取り上げる役目を担っていたんだから」


 どんなに強い収集者でも、アイテムに依存している割合は高い。

 アイテムを無限に作れるとしても、人が持ち運べる量は決まっている。


 魔界で奪ってしまえば、収集者に残るのはその人が持つ運動神経のみ。

 もしくは戦闘センス。

 アラクネからすれば、対処できると思ったのだろう。


 スライムの特徴も都合が良かったのだろう。

 吸収した傍から消化してしまうため、

 奪ったアイテムでスライム自身がぱんぱんに膨らむこともない。


「今から作るって……ここでか!? 

 ろくな設備もない中でアイテムを作れる加工屋なんて、聞いたことがないぞ!?」


「普通はやらないよ。でも、できないわけじゃない。

 加工屋は職人タイプが多いからね、作り出したものにこだわるし、一定以上の完成度でなければ人に見せられないと嫌がる人も多い。

 ……ほとんどそうじゃないかな。でも僕には、特にそんな信条もないしね。

 大した才能もない。設備を整えても一流のアイテムが作れるわけじゃない。

 だったら即席で作る、使いどころが限定されたアイテムに価値を見出したんだ」


 ゴウが背負う小さな荷物を親指で差し、


「ここで作っても、アラクネに奪われたらスライムと同じこと。

 だから、この先で作る。

 二人には僕がアイテムを作っている間、アラクネから守ってほしいんだよ」


「お前は、それで勝てると、守るだけなら危険はないと、判断したんだな?」

「まさか」


 ゴウは笑って、


「危険に決まってるだろ。

 僕がまともなら今すぐ引き返す判断をするさ、当たり前だ」


「……じゃあ、どうして」


 思わず漏れた言葉。

 しかし、そんなことは聞かずとも分かることだった。


「君と一緒さ、マサト」


 こうしてこの場にいる時点で、互いに譲れないものが人質にされているのだから。


「ミーナを助けるためだ。

 だから君たちの危険は、今に限って度外視させてもらう」




 懐かしく感じる、日の光が差し込む、上に高い空間に足を踏み入れる。

 見えない糸が張り巡らされているのだろう、足場として使っている蜘蛛の下半身、人間の上半身を持つ魔族――アラクネがおれたちに気づいて横穴から続々と出てきた。


 天井に近い部分で蜘蛛の巣に張り付けにされているリッカ、シアナ、ミーナが見えた。


 彼女たちの口は束ねた糸で塞がれている。

 そのため、おれたちがこの場に戻ってきたことへの文句も聞こえてこない。


 ……良かった、まだ防壁は壊されていない。


 だが、魔力はそろそろ底をつくだろう。

 そうなればアラクネたちに捕食されてしまう。


 ここが最後のチャンス。


 失敗すれば、もう一度戻って準備をして……なんて時間はない。


「ゴーレムを倒すなんて、あなたたち、案外強いのねえ」


 一体のアラクネが糸を伝って降りてきた。

 それでもおれたちを見下す位置だが。


「まあ、スライムの油断もあったのでしょうけど」

「それを引き出したのはオレたちだがな」


「偶然の一回を誇らしげに言われても。

 それを偶然じゃなく望んで出せる結果にしないと本当の強さとは言えないわよねえ」


「……こっちこそ意外だよ、魔族がそんなことを言うなんてさ」


 おれの言葉にアラクネが不快な表情を浮かべた。


「なんですって?」


「弱肉強食の魔界だ、偶然だろうが他人の力を借りようが、作戦から外れた漁夫の利だろうが、結果的に勝てればいい。

 だって、死んだら次はないんだ。卑怯と言われようが、関係ない。

 勝つために手段は選ばない。そんな余裕、こっちはないんだからな!」


 言って、おれたち三人は同時に酸素ボンベを口に咥える。

 瞬間、シンドウが睡眠玉を足下に投げつけた。


 ぼむんっ、という音と共に、白煙が舞い上がる。

 睡眠効果はアラクネには効かないだろう……だが、目的はそうじゃない。

 透明度が一切ない白煙による、目眩ましだ。


 ゴウの加工作業……それは一分か、二分か……、最大で五分。


 おれとシンドウで、どうにかその時間を稼ぐ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る