第17話 マサトの足掻き方

 対策のためのアイテムを手に入れるために、まずは金が必要だった。

 おれとシンドウは賭博場にきたが、ゴウは別行動だ。


 金ではなく、ゴウにしかできない、必要なものを取りに戻っている。


「……大丈夫なのか? 増やそうとして全財産を失くしたら終わりだぞ?」

「あのバカじゃねんだからそんなリスクは負わねえよ」


 もう、誰のことかなど、言わずとも分かる。

 特に年齢制限もなく、賭博場に入ることができた。


 入口と通路こそ狭かったが、奥の扉を開くと、解放感がある広い空間に出る。

 赤い床と金色の壁が見えた。バカみたいにお金をかけて視覚に訴える高級感。

 座り心地を無視した豪華な椅子、じゃらじゃらと装飾品をつけた、デザインに凝り過ぎて本来の用途を邪魔しているシャンデリアなどが天井に吊るされていた。


 使っても使っても使い切れなくなったお金を、経済を回すためにとりあえず高価なものに突っ込んで処理している、と言ったような、見せるための内装だった。


 おれたちがいるのは見下ろせる二階部分……、この場合は一階で、見下ろせる下のフロアが地下一階と言うべきなのか。

 広がる空間は、人間よりも二回りも大きな魔物とも戦える闘技場くらいある。

 巨体の魔物が走り回れるほどの広さだ。


 その空間に、狭い感覚で長方形のテーブルが並べられており、多くのディーラーの主導の下で賭け事がおこなわれていた。


 ブロックによってゲームの種類が違う。

 奥を見れば、

 背丈以上の箱型の機械が並べられており、スロット、というゲームができるらしい。


 あれはちまちまと積み重ねていくもので、どうしても長時間かかってしまうタイプである。

 今のおれたちには合わないゲームだ。


 となると、やはりカードゲーム、もしくはルーレットだろうか。


 おれはどちらも自信がない。そもそも、賭博場にだってきたのは初めてなのだ。


「苦手ならお前の手持ちも寄越せ、オレが増やしておいてやる」

「それはいいけどさ……じゃあ、おれは……」


 ゴウは恐らく、加工屋として下準備に戻ったのだろう。

 端くれとは言え、れっきとした技術者だ、必要なアイテムを作れる可能性もある。

 そしてシンドウは金を稼ぐ。

 全財産を失ったシアナにぽんと大金を渡せるくらいだ、勝ち方を分かっているのだろう。


 ……おれは、加工技術もなければ賭博に強いわけでもない。

 武具屋の手伝いをしているが、店同士の横の繋がりに詳しいわけでもない。


 必要なアイテムをかき集めようにも、やはり金がいる。

 金はないからと、頭を下げて譲ってくれるような人徳があるわけでもない。


「……仲間は多い方がいいだろ。手があいてる収集者に頼んでみるつもりだ」

「手伝ってくれると思うのかよ」


 ……少なからず報酬は要求される。

 お願いは依頼と見られるはずだからだ。


 それならそれでいい。

 女性一人の手でも借りられれば、アイテム一つよりも強力な武器になってくれるはずだ。




「嫌よ。どうして私が、あなたの仲間を助けなくちゃいけないのかしら」


 偶然、賭博場に居合わせた女性収集者に声をかけてみた。

 赤いドレスを身に纏い、背負っていた大きな斧は、今は足元にある。


 集団遠征にて、指揮を執っていた女性だ。

 彼女は昼間からお酒を飲んでいたようで、頬を紅潮させ完全に酔っている。


「仲間の子は女の子なんでしょう? なら、自力でどうにかできるでしょうよ」

「いや、それが……」


「できないのなら、収集者としてそれまでってことよ。

 魔界にいく以上、いつどこで起きてもおかしくない事故みたいな結末よ。

 これはね、当たり前のことなの。

 こんなありふれたことでいちいち私に依頼しないでくれるかしら」


 女性はグラスに入った赤いお酒を飲み干し、さらに次の一杯を注文する。


「それに大前提として、あなたが出せる金額じゃあ、報酬としてちっとも足りないのよ。

 分割するって言うけど、いつ死んでもおかしくない人からの分割なんて、踏み倒しますと言っているようなものよ。この場で、全額を見せてくれないと信用できないわ」


 確かにそれは、逆の立場ならおれでも警戒することだ。


「それでも……っ、頼みます……ッ! 仲間を、助けたいんですっ!」


 頭を下げる。彼女の力が、どうしても必要だから――。


 リッカを助けられるなら、いくらでも頭なんて下げられる。


「気持ちは分かってるわよ? 大切な人を助けたいって。

 でもね、私たちはあなたたちよりも強いけど、だからって魔物や魔族に必ずしも優位に立てる強さを持ってるわけじゃない。

 下調べをして、対策の準備をした上で地の利を活かした、限りなく危険を削ぎ落とした戦いならいいけど……、ただね、アラクネは、マズイのよ」


 アラクネは人間と同等、それ以上の知能を持った、魔族だ。

 しかもアラクネの『巣』に乗りこまなくてはならない。

 相手にとって地の利があり過ぎる場所だ。

 いくらこっちが対策と準備をしたところで、それは向こうも同じ。


 持ち込めるアイテムの限界数がある以上、おれたちの方が不利だろう……。


「アラクネは完璧主義者で、巣に至るまでの道中で侵入者を観察し、自分たちで作り上げたシナリオに沿って獲物を捕食する。

 私たちよりも用意周到な性格なのよ。万全な準備をされた上に相手の巣という地の利、その上、百体以上の数を相手に、捕らわれた仲間を助け出す? 不可能ね。

 ゴーレムに関しては撃破できるでしょうね。

 ただ、撃破することでこちらの情報が渡ってしまう。

 進めば進むほど勝機を削られているようなものよ」


 危険は承知だ、それでも――、


「悪いけど、目に見えた死地に飛び込むほど、バカじゃない。

 いくら金を積まれようが、こっちにだって選択権はあるのよ。

 金にがめつい都合の良い武器だと思った? ――なめるな。

 女だからって、簡単に巻きこめると思ったら大間違いよ」


 喋っている内に酔いが醒めたようで、斧を背負った女性が席を立つ。


「他をあたって。まあ、誰も手伝ってはくれないでしょうけど」


 ……金を積めばなんでもしてくれる――当然、必ずしもそうとは限らない。


 選ぶ権利は当然ある。彼女の言う通りだ。

 女性にとっても、魔界は危険な場所だ。

 そう思っている彼女の口からアラクネはヤバいと出た。


 ……それが分かっただけでも収穫だ。


 女性でさえも恐れる魔族。

 そんな相手に捕らわれた幼馴染。


 ……結局、危険を再確認できただけか。




 シンドウが賭博場で稼いだ金で必要なアイテムを買い揃え、必要なアイテムに対して金額が足りなくなれば再び賭博場に潜って稼ぐ。


 当然、勝ち続けることは難しい。

 シンドウは勝てると見て勝負をしているが、見えているのは最終的な勝ち越しであり、途中の敗北も計算に入れている。

 負けを経て勝ちを呼び込む。負けることで勝ちの布石を落としておく。


 それに、あまり勝ち続けているとイカサマを疑われてしまうからだ。

(実際、シンドウはイカサマをしているらしいのだが……)


 適度な負けも必要。しかしだ、刻々と時間は過ぎている。

 負けと勝ちを繰り返しているため、どうしても時間がかかる。


 最終的に金額では勝っているものの、消費した時間は膨大だ。


 アイテム探しで駆け回って削られていく体力、賭博場で頭をフル回転させているため脳も疲労を溜めていく……心身ともに疲れていると、三十分の仮眠のつもりが二時間ぐっすりと眠ってしまっていることもあった。


 全ての準備が整った時、

(推定で)残った時間は(タイムリミットまで)三時間を切ってしまっていた。

 たとえ三時間あっても、間に合うか分からないと言うのに……。


 おれたちが辿り着くまで、リッカたちの魔力がもつかどうか……。


「ごめん、遅れた」


 時間をかけたにもかかわらず、軽装、少ない荷物のゴウが待ち合わせ場所に顔を出す。


「……失敗したわけじゃ、ないよな……?」


 具体的になにをしていたかは知らないが。

 加工屋として準備をしていたと思っていたから、たとえば、頑丈な重装備でも作っている……と思ってはいたが、そうでもないらしい。

 かと言って、強力なアイテムを作っていたわけでもない。


 彼の背中にある、正方形の大きくはないバックパック。

 拳大の鉱石を(無理やり)五つも詰めれば、すぐにぱんぱんになってしまうくらいの容量だ。


「そうならないための時間だったんだ、安心してよ」

「……?」


「無駄話をしてる暇はねえぞ、残り三時間を切ってんだ。

 移動に二時間は必ずかかるとしてだ、入り江を潜って洞窟の先、ゴーレムを抜けてアラクネの巣にいき、あいつらを助け出す……それを一時間以内に、だ」

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