第16話 金とプライド

「あらら、見捨てられちゃったわねぇ。

 まあそうよね、あなたたちでさえ敵わない私たちに挑むバカな男はもう、この世にはいないでしょう?」


「…………シアナ、ミーナ、いま持ってる魔力はどれくらい?」


「あら、無視かしら。死ぬ前の悪足掻き? でも、できるのかしら。

 そこの褐色の子は糸を引き千切れる腕力があるみたいだけど、糸を重ねれば対処できるのよ。

 つまり両手両足を縛られているあなたたちが自力で抜け出すことは不可能。

 仮に抜け出せたとして、

 数百に届く私たちアラクネの猛攻を凌ぎ切った上で、脱出できるとでも?」


「まだ魔法を使ってないから満タンってくらい残ってるよ!」

「うん、問題ない。リッカが考えてる作戦なら、今から一日は持つと思う」


「……なにを考えているのかしら……、抜け出すための、作戦じゃなさそうね……?」



「?? え、どういうこと!?」

「シアナはなにも考えずにとりあえず防壁を張って! あとはわたしとミーナで!」

「それぞれの防壁を繋げて厚く狭い強固な防壁を作れば……」



「マサトが!」


「ゴウが」



「「一日で必ず、助けにきてくれるはずだからっ」」




「ぎりぎり一日……か。

 あいつらがアラクネに捕食されるタイムリミットは、それくらいだろうぜ。

 それまでに金をかき集めて必要なアイテムを揃えて魔界に戻る……、クソッ、嫌な予感はしてたが、壊したはずのゴーレムが復活してたのは誤算だったな」


 ゴーレムがいなければ……、

 道は覚えているのだ、スムーズにアラクネの巣に侵入できたはずだ。

 戦闘を回避できれば音もなく潜むことも、だ。


 しかし帰り際に見たら、ゴーレムの核が赤い光を灯して復活していた。

 逃げるにあたって戦闘にはならなかったが、逆に、次に侵入する時は正面から衝突するという意味でもある……。


 今度はリッカもシアナも、ミーナもいない。

 おれたちだけで、一度あっさりと倒したゴーレムに挑まなければならない。


 ミーナに頼り、あっさりと倒し過ぎて、相手の情報が皆無に等しかった。

 分かっているのは、大衆に向けた情報としてある、ゴーレムの生態のみだ。

 そこに操っている者の個性までは反映されていない。


 鎧とは、鉄で作られた胴体を覆う防具、と言った基本的な情報しかなく、製作者の意図やアレンジまでは知ることができないのと同じことだ。


 ゴーレムの生態など当たり前に分かっている。

 知りたいのはその先の、操作している者がゴーレムに宿らせた性格なのだから。


 単純に、敵対者を徹底して力で叩き潰す、なら対処は楽なのだが……。

 操作者に知能があれば、自然とゴーレムにも知能が宿る。


 なまじ一度戦っているのだ、アレンジが加えられているだろう。


「アタシが防壁を張るつもりだけど、運転は誰がするの?」


 さすがに二つのことを同時にはできないらしい。

 両方とも、高い集中力を必要とするのだから無理もない。


 飛行艇にて。

 約束通りに待機してくれていた少女が、おれたちと一緒に姿を見せないリッカたちについて、察したようだった。


 事情を聞かれることもなく、彼女から防壁役をすると言い出してくれた。


「運転はオレがやる」

「……シンドウ、運転できたのか?」


 なんとなくで運転できるような簡単な操作盤には見えないが……。


「免許はねえが、安心しろ、運転するのは初めてじゃねえよ」


 免許もなく、嵐の中を運転する状況とは一体……?


 シンドウの経歴が気になるが、今はそれよりも。

 先を急ごう。


「揺れるから気を付けろ。安心安全快適な旅路になると思うなよ」



 そして。

 ……飛行艇にて、二時間の帰路。


 この二時間が、今までの人生の中で、最も長く感じた二時間になった。




 賭博場はいつ見ても満席なほどに繁盛している。

 人の出入りが激しく、客足が一切絶えてえいない。


 金がない収集者からすれば、危険を冒し魔界にいかずとも、尚且つ女性に下に見られるというプライドを傷つける必要もなく、手軽に大金を狙える方法……なのだろう。


 その手軽さゆえに、負け一直線のルートに簡単に入ってしまうのだが、視野が狭い彼らに冷静になれと言っても、聞く耳を持たないだろう。


 金がなくなれば借りる。借りて負けて、借りた金を返すためにまた借りて。


 堅実に働けば返せた額も、少し楽をしようと賭けに使ったことで倍々に膨らんでいく。


 得をするのは支配人側だ。

 まあ、元より賭博場が儲かるようにできている。

 参加者に花を持たせることはあれど、あくまでも先行投資であり、最終的に黒字になるように作られているわけだ。

 でなければ赤字続きの店を開き続けるなんて、よほどのお人好しか、大金があるからこそできる遊びか。


 災害に囲まれた円形の人間王国は、中心部が王族の生活圏。

 外側にいくにつれて、王族と親しい仲の名家、その名家を後ろ盾にし、契約を交わしている商会……その商会に名を連ねる武具屋や加工屋、飲食店などの小売業がいる。


 もちろん、おれとリッカは外側に近い市街地が生活圏内だ。

 これに関しては身分の立場もあるが、購買層が周辺で生活している理由もある。

 魔界と人間王国を行き来する収集者を対象にしているのに、城下に店を構えても人はきてくれない。


 まったくのゼロではないだろうけど、賭博場で大損した収集者が武具の盗難を目当てに店にこられても迷惑だ。

 城下にある店はどれもが見た目を重視した高級感を出している。

 対象としている客が、薄汚れてむさ苦しい男ではなく、女性なのだから当然だ。


 夜中でも明るく人の声が絶えない城下の昼間は、賭博で大損した男たちの悲鳴が絶えない。

 ショックのあまり嘆いているならまだいいが、中には支配人に食ってかかって、護衛を任された女性の収集者に返り討ちに遭っている者もいる。

 そういう人は全身に青あざを作って道端に倒れているのだ。


 もしも、ここが中心部でなければ、男たちはそのまま身投げしていただろう。

 そうさせないために、城下に店を構えているのかもしれない。


 すると、店の前で大損し、借金をしこたま抱えているだろう男に、女性が近づいた。

 ぶ厚い札束を見せると、男が立ち上がり、女性の後をついていく。


 ――金か、男のプライドか。

 ……やっぱり、大抵はここで金を取るだろう。


 たとえ女性にこき使われるのだとしても、意固地なプライドは一つも、生活の足しにはならないのだから。


「手っ取り早く金を稼ぐにはここが一番早い」


 タイムリミットは一日。

 アラクネの巣から洞窟を逆走し、飛行艇で帰路を通って人間王国に戻ってきたおれたち……そのため既に三時間は使ってしまっている。


 リッカたちを助けるために再び魔界にいくことを考え、同じように三時間かかると計算すれば、残された時間はそう多くない。


 およそ十八時間。


 それまでにゴーレムとアラクネ対策の準備を完了させなければならない。

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