第14話 最悪の巣

「通路がたくさんあるのは分かったけど、階段がないから上の方へはいけないよな? 

 飛べる道具を持ってこなくちゃいけなかったんじゃ……」


「そこまで想定できねえよ。水中用の道具はあるが空中用は用意してねえ。

 持てる量も限られてくるから仕方ねえ足止めだろ。

 ……まあ、地道によじ登る方法もあるがな」


 それもそうだが、地道にいくならかなり時間がかかる。


 隠す側の心理としては、階下には隠さないだろうと思うので絞ることはできるが、もしかしたら裏をかいているかもしれない。言い出したら結局、全部を確認するしかない。


「とりあえずどこか一つの穴に入ってみるか……ミーナ」


 なにも言わないのはともかく、リアクションを起こさない彼女に確認のつもりで、


「気になったこととか……、どうした?」


 足元を見ていたミーナが、珍しくおれの目を見る。


「なんでもないよ、早くいきなよ」

「……あ、ああ、分かってるよ……」


 急な多弁に動揺したが、珍しいだけでまったくないわけでもない。

 ミーナにだってたまにあるのだ。たとえば、不機嫌な時とか。


 今がどうか知らないが、彼女にとっては普通じゃない状態なのかもしれない。


 それをしつこく問い詰めるわけにもいかないか……、

 前に同じような状態のリッカを問い詰めて、面倒なことになったし。

 どうやら男には分からない女性の苦労があるらしい。


 ともかく、多数ある穴を一つ一つ調べてみよう。

 一番最初の穴で迷っていても仕方がないので、目についた近くの穴を覗いてみる。

 日の光が入るため青白く光る鉱石はない。

 そうは言っても、横穴の奥まではさすがに日の光も届かないので、真っ暗だった。


 ライトがないためおれの目じゃ先は見通せないな……。


「全員で一つの穴を探索しても仕方ない。分担しよう」

「当たりを引いた人が宝を独り占めできるってこと!?」


 二人一組なので独り占めにはできないが……(シンドウが譲れば話は別だ)。


 それに、宝によるが……、

 元々シアナが買い取ったアイテムの中に入っていた地図に従っただけだ。


 誰が見つけてもシアナが多くもらえる権利があるはずだが……、

 彼女が自分から提案したのであれば、

 それでモチベーションが上がるなら否定することもない。


 別の誰かに独占されると考えないあたり、見つける自信があるのだろう。


 宝の中に特別、興味があるわけでもなかった。

 これはパーティとしての付き合いだ。


 個人的に道中で拾った素材をいつも通りに換金できればいい。

 早く帰れるなら、それに越したことはない。


 長く滞在すればするほど、違和感を嗅ぎつけた魔物に見つかりやすくなる。


「やっぱり一番上にありそうな気がするのよねっ」

「高いところが好きだな……まあ、あれだからなぁ」


「? ………………あ、バカって言ったの!?」


 分担作戦に異論は出なかったようで、二人一組になり、それぞれが宝がありそうな穴を選んで進んでいく。


「よく分かったな、自覚があるのか?」

「シンドウの表情で大体なに考えてるのか分かるから……っ」


 鉤爪がついたロープを投げ、穴に引っ掛けてよじ登り、さらにそこからさらに上の穴に引っ掛け……を繰り返して天井を目指すシンドウとシアナ。


 ゴウはミーナに抱えられ、ひとっ跳びであっさりと塔の中段部分に辿り着いた。

 上段、中段、とくれば、自然とおれとリッカは最下段を攻めることになる。


 登る手間がないので一番楽と言えばそうだが、一番なさそうな場所とも言えた。


「なさそうなところを探すのは徒労なだけな気がする……」

「じゃあ休んでる? ここで待っててもいいよ、その方が安全だし」


 安心だしね、とリッカ。


「……いくよ、いくって。危険な場所にリッカ一人をいかせるわけにもいかない」

「せっかく最下段なんだし、無理して背伸びなんかしなくていいのに」


「気を遣ってるわけじゃないからな!? おれはリッカが心配で――」

「いいから、分かってるから、ほらいこっ」


 穴の先の途中までは、目が慣れたのかなんとなく見えていたが、さらに進むと完全に分からなくなってしまった。

 そのため、不本意だが、頼りになるのはリッカの目だ。


 手を繋ぐまでもなく、がしゃがしゃとうるさい鎧の音でリッカの位置が分かる。


「…………え?」

「っ、どうした!?」


 リッカが駆け出した。

 追いかけようとしたが、彼女の強めの語調に止められる。


「そこにいて!」

「でも……」


「マサトじゃなにも見えないんだから、きたって意味ないよ」


 それは、確かにそうなんだけど……。


 罠でも見つけたのだろうか。

 だとしたら、視界がゼロのおれが動くのはかえって邪魔になるか。

 リッカの指示をおとなしく待つのが最適、か?


「罠、だと思ったんだけど……」


 リッカの呟き。


「だと思った」ということは、気にしているそれは、罠ではないようだ。


「じゃあ、なんだったんだ?」

「見つけたの、宝箱」


 は? ……え、まさか一発でおれたちが当たりを引いた……?


「そんなわけない。

 ……運が良いと言えばそれまでだけど、さすがにわたしもマサトも持ってる人じゃないし。

 こういうのはシアナが引き当てそうなものだよ。

 だから罠に違いないって思ったんだけど……」


 実際は罠ではなかったらしい。


 しかし、リッカの戸惑いから(少なからずの喜びすらない反応を見るに)、当たりというわけでもないようだ。


「空……なの」

「え?」


「宝箱の中身が、空なの!」


 それは……、あり得ない話じゃない。

 そっちの方が充分にあり得る。


 元よりいつのものか分からない地図なのだ……、

 であれば、記された宝が今もまだ残っているとは限らない。


 なんとなく分かってはいたが、僅かな可能性に賭けただけで、当然の結果だ。


 膨大な穴の量から当たりを見つけただけでも奇跡だ……いや、待てよ?


 宝箱が一つだけとは限らないんじゃないか?


 塔の高さ分だけ横穴があるのだ、隠す場所は多過ぎるほどある。

 なにも一つの穴に宝の全てを隠しておく必要もない。


 よくあるカツアゲと同じで、取られたくないお金は複数の財布に分散させて持っておくことで、全財産を失うことを防ぐ、という対策があるが、


 それと同じで、他の穴にも探せば宝箱があるんじゃないか……?


「他の穴にもあるかもしれない。

 たぶん、そっちも別の誰かに抜き取られてる可能性があるけど、さすがに全部の穴を調べて宝箱の有無を確認したわけじゃないと思う。

 だから探せば一つくらい、中身が入ったままの宝箱があるかもしれ」


 その時だった。


 急に声が出なくなったどころか、息がきゅっと詰まる。


 気道が狭められ、さらに絞められる。


 手で触れてもなんの引っ掛かりもないが、確かに首元に、なにかがあるのだ。


 掻きむしるが、指は自分の肌を掻くだけだ。

 まるで、見えない、触れない誰かの両手に掴まれ、首を絞められているような……。


 ふっと足が浮いた……まずい……ッ。


 暗闇で音もなく首を絞めてくる相手の技は暗殺のそれだ。

 完全に術中にはまった……!


 やっぱり宝箱は、罠だった……!?


「マサトッッ!!」


 ブチィッ、という、両手に掴まれているとしたら聞こえない音。

 まるで、一本の紐か糸に、首がくくられていたかのような……。


 指が引っかからないほどの細さだったなら、掴めないのも頷ける。


「か――ハッ!?」


 地に足をついた瞬間に、今度は腹部に強い衝撃が走る。

 肋骨が折れた感じはしないが、

 胃の中に入っていたものをすぐに吐き出さずにはいられなかった。


 吐瀉物としゃぶつを撒き散らしながら後転して、日の光が入る中央広場に戻ってきた。

 いや、リッカがおれを突き飛ばしたことでここまで戻ってこれたのだ。


「う、おぇ――ク、ソッ!!」


 またおれは……リッカに守られてっっ!!


 幸い、今の衝撃で胃の中のものは全て吐き出すことができた。

 嘔吐感もない。

 リッカが穴の奥からここまで戻ってきてくれれば、おれも加勢することができる。


 見えていれば、対処はできる。


「やっぱり……あなたにも、仕掛けておいたはずの糸が切れているのよねぇ」


 ふと……上から。

 それは、大人の女性の声だった。


 カサカサと嫌悪感を抱く歩行音。

 地面も壁も関係なく歩ける八本足は、禍々しい紫色をしていた。

 それは空中を歩いている……違う、ぴんと張られた、見えない糸の上だ。


 一人だけじゃない。

 十人、二十人ならまだ可愛いものだ。

 塔のように伸びる空間の横穴から、穴の数だけ這って出てくる、異形のモノ――。




 蜘蛛の体に人間の上半身を持つ。

 魔界の住人。


 魔物よりも知能が高く、リッカたちよりも戦闘能力を持つ存在……魔族。



 種族、アラクネの、巣……ッッ。

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