第13話 宝を守る門番


 鼻をすんすんと鳴らしながら、ミーナがいち早く危険に気づいた。

 陸に上がってからしばらく歩くと、さらに広い空間に出たのだ。


 ここまで、日の光がまったく差し込まなかったが、周囲の鉱石が青白く光っており、特別な眼がなくともおれたちでも先が見通せた。


 道中の通路と比べても、鉱石の数が桁違いに多く、広い空間だが全体を照らしており眩しいくらいだった。思わず目を瞑ってしまうほど。


「いる? なにもいないけど」


 シアナが疑問に思うのも無理ない。

 広い空間には、光を担う、壁に敷き詰められたように並ぶ鉱石と、整えられた道ではないため凹凸の差がある、膝から腰までくらいの高さの岩が地面にあるくらいだ。


 光のおかげで闇に敵が潜んでいるわけではない。

 岩場に隠れている可能性もなくはないが、今日が初めての回収ではないのだ、おれたちでもさすがに気づく。


 正体に気づけなくとも、なにかいる、くらいは感じ取れるものだ。

 ただでさえ魔界にいるのだから、いつもよりも周囲を警戒している。


 シアナほどではないが、リッカも気配を感じた様子はなさそうだ。

 ミーナに言われて初めて、念入りに敵に向けてアンテナを張ったと言った感じ。

 意識して探ってみても、ぴんとはきていないようで、眉をひそめている。


 ミーナだけが感じ取った気配、危険。

 勘違いじゃないのか? とは誰も言わなかった。


「魔物なら、息遣いとか鼓動の音とかするものだけどー」


 シアナが手近にあった岩にぴょんと飛び乗り、高くなった目線から空間を見渡す。

 岩の後ろに息を殺して隠れているのなら、これで見つけられるはずだが……。


「……いない」

「状況が分かってない内から不用意に近くのものを触るなって言っただろ」


 引っ張って下ろそうと、シンドウが手を伸ばす。

 その指がシアナの袖を掴む前に、

 洞窟全体を巻き込むような大きな揺れが、おれたちのバランスを崩した。


「――な、なに!?」


 シアナが乗っていた岩が動き出す。

 まるで意志を持っているかのように、ずずっ、ずずずっっ、と地面を擦っていく。

 その岩にとっては、平坦な道が坂道であるかのように。


 彼女の足元の岩だけではない。

 周囲に置いてあった岩が、一斉に動き出して空間の中心地に向かっていく。

 互いに衝突しながら、それでも椅子取りゲームのように場所を譲らず真ん中に向かうので、自然と積み上がっていく。


 それはやがて二足歩行で二本の腕を持つ、人型のシルエットを作り出した。


 ……人の息遣い、鼓動、気配がないのは当然だ。


 これは生物じゃない。



「……ゴーレムかッッ!」



 道を引き返せば簡単に危機を脱することができる。

 逆に、洞窟の最奥に向かうには、

 目の前のゴーレムの先に見える、唯一の道を進むしかない。


 ……門番なのだろう。

 最奥にあるだろう宝箱を守るために存在している、魔力で動く人形兵器。


「これで地図の信憑性は増してきたね」

「わざわざ門番がいるっつうことは、この先に宝箱か、それに値するなにかがある」


 そう、門番がいるということは、守りたい大事ななにかがあるのだから。


 周囲の岩と青白く光る鉱石を取り込むゴーレムが、さらに体を大きくさせていく。

 そして、胴体以上に膨らんだ片腕が、横薙ぎに振るわれる。


 地面を擦りながら、おれたち全員をまとめて一掃するつもりかっ!


「わたしが止める!」


 迫まってくる岩の壁に向かって、リッカが全身で突撃する。

 しかし、リッカは耐衝撃に強いのであって、力と力の押し合いは得意ではない。


 もちろん、おれたちには勝てるだろうが、相手が魔物だと拮抗するか押し負けるかだ。

 リッカの踏ん張っている足が地面を滑る。


 一旦止めた岩の壁も、やがておれたちに近づいてくる。


「やばいっ、壁がくるぞっ!」


「初撃を止められたならほとんど攻撃力はないに等しいだろ。それに目的はあくまでも隙を作るか、時間稼ぎであって、ゴーレムの攻撃を防ぐことじゃねえ」


 シンドウは焦る様子を見せない。


「ゴーレムは体内のどこかに核を持つ。

 それをぶっ壊さない限り、周囲のものを取り込んで何度も復活する面倒な魔物だ。

 いや、魔法人形か。

 本来なら体内で移動する核を特定する部分から始めるものだが、その工程はいま必要か?」


 パーティ内で矛を担当する少女に向けた質問。

 ミーナがちらりとシンドウを見た。返答はなく、視線を戻して駆け出した。


「必要ないってことだよ」

「その一言くらい言えよ」


「ちらっと見たのが、彼女なりの返答だったんだよ」


 見てくれるだけ昔よりマシだ、とゴウがフォローした。


 パーティ仲間でありながら言葉も交わしてくれない警戒心からの対応ではない、と誤解を解いたのだ。実際は、ミーナからすればあんな対応でも打ち解けてはいる……らしい。


「そうかぁ? オレとはまったく喋らないぞあいつ」

「シンドウの悪人面のせいでしょ」


 両側からこめかみをぐりぐりされているシアナの悲鳴があがる中でも、戦闘は続く。


 駆け出したミーナが軽い身のこなしでゴーレムの体に飛び乗り、勢い良く頭上へ飛ぶ。

 天井に両足をつけ、バネのように屈む。反動をつけ、ゴーレムに向かって、落ちた。


 彼女の蹴りがゴーレムの脳天に直撃し、そこを切れ目として地面まで一刀両断する。

 蹴りとは思えない鋭い切れ味で、ゴーレムの体が左右に割れた。


 当然、体内にある核も無傷とはいかず、岩を取り込み修復する再生機能も失われた。

 まるで磁力でくっついていた岩がその磁力を失ったように、ぼろぼろと崩れ始める。


 たったの一撃。

 一撃で、巨大な魔法兵器が地に伏した。


 もしもこれがおれたち男だけだったらと考えると……まず初撃さえ防げないだろう。

 ゾッとする話だった。


「さて、道が開いたな」


 崩れ、積み上がった岩を乗り越えながら、シンドウが指揮を取る。


「あとは宝を回収するだけだ」


 崩壊したゴーレムを越え、奥の通路を進むと、

 再び広い空間へ出た。

 ただ、今度は横もそうだが、上にも高い。


 空間の形は、塔だ。


 十階ほどの高さの吹き抜け。

 天井は岩ではなく、あれはガラスか……? 日の光が塔の中を照らしていた。


 言ってしまえば、それだけの空間。他にはなにもない。

 塔らしく曲線を描く壁には大人一人が入れるくらいの穴が空いている。

 まさか穴の数だけ通路の先があるとか……?


 もしもそうなら、この中から宝箱を探すことになるのか?

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