第11話 収集者たち

 宝箱を渡したはいいが、しかしさっきも言った通り鍵がないので開かない。

 その問題はまだ解決していなかった。


「シンドウ、こういうの得意でしょ?」

「得意ではねえよ。生きるために必修だっただけでな……やってはみるが」


 懐から取り出した細い針金で鍵穴をいじるが、手応えがなさそうな表情だ。


「無理だな」

「二、三回試しただけで諦めが早いな」


「少しいじれば分かる。少なくとも今のオレの技術じゃ無理だ」


 投げられた箱を、跳ねる魚を捕まえるようにシアナが慌てて受け止める。

 開かないことにガッカリした様子のシアナの視線が、おれの後ろで依頼された防具のメンテナンスをしているリッカに向けられた。


 指先と、その指で擦ったのだろう頬を黒く染めながら、工具を口にくわえるリッカの作業が一段落したらしい。

 新品同様の光沢を取り戻した鎧を見てご満悦の様子だ。


「リッカ……これ開けられる?」

「あれ、シアナ……それにみんなも。いらっしゃーい」


 しばらく集中していたせいで来店していたことにも気づいていなかったようだ。

 リッカが、受け取った箱を見る。


 試しに持っていた工具を鍵穴に差し込もうとするも、当然、規格が合わずにガツガツと穴の縁に当たってしまう。


 様々な工具を使ったが、最終的にカウンターの角に箱をぶつけ始めた。

 ……結局、色々試した末に力技じゃないか。


「鍵がないと開かないと思う。

 でもだいぶ古いものみたいだし、鍵があっても開かない可能性もあるかもね……」


 そっかぁ、とシアナがしゅんとうなだれ、その様子にリッカが申し訳なさそうに苦笑する。

 リッカのせいじゃない。別に、誰が悪いでもない。


 強いて言えば、宝箱と鍵をセットにしておかなかったおじさんが悪いと責任転嫁できるが、誰かを悪者にして箱が開くならいくらでも捏造しよう。


 ここでどれだけ悩んでも開かないものは開かない。

 シアナが十万ワルドを無駄に失ったことになるが、元々開くか開かないかの二分の一だったはずだ。

 彼女は賭けに負けた、賭博の神に見放された彼女らしい結末とも言える。


「あーあ、すっごいお宝が入ってると思ったのになあ」


「開かなきゃ意味ねえよ。ま、これで勉強になっただろ。

 たとえ中身が分かったとしても取り上げられなかったらその目も宝の持ち腐れだ」


 勉強代だとしたら、相当な額だけどな。


 使った金額に関して、シアナは気にしてなさそうだ。

 全財産を賭け事に使う価値観なのだから、今更、気にする感性を持っているわけないか。


 それに彼女なら、稼ぐこと自体はそう難しくない。


「どうすんだそれ。解錠できそうな知り合いに声をかけてやろうか?」

「うーん……、中身を独占したいしなー」


 欲に溺れて箱が開けられないという、本末転倒な状況だ。


「ちらっ」

 とシアナが体を傾けて、頼れるリーダーに助けを求めた。


「え、僕?」


 シアナが両手を握りしめて、祈るようにしてゴウに懇願。


「なんとかしてお願い」

「その格好だから様になるね」


 初めてシアナのシスターらしいところを見た。

 いや、シンドウが言うには隠れ蓑にしているだけで、実際に彼女がシスターというわけではないらしいが。


 一部始終を見ていたゴウにも、箱は開けられないと思うが……。


「頼まれると断れないね。じゃあ、ミーナ……壊せる?」


 ゴウが箱をミーナに手渡す。


「……シアナのお願い、聞くの?」

「仲間だしね。試す前に無下にはできないでしょ」


 手元の箱を見下ろし、ミーナが逡巡する。

 乗り気ではなかったものの、天秤に乗せた片方を選んだような決意を見せ、


「……やってみる」


 箱を宙に投げ、ミーナが足を振り上げる。

 くるくると回転する箱にめがけて、振り上げた裸足のかかとが狙いを定め、


 一気に振り下ろされる――


「待っ、床を壊すつもりか!?」


 しかしミーナは止まらない。

 降り下ろされたかかとが宝箱を捉え、

 床に叩き付けられる寸前で、リッカが箱と床の間に飛び込んだ。

 咄嗟だったせいか防御もできずミーナのかかとがリッカの脳天に落ちる。


 ガィンッ、と鉄を打ったような音。

 店全体が揺れたような衝撃。


 棚に立てていた武具が振動で床に落ちてしまう。

 ぱらぱらと、天井から何年も積もっていた埃が落ちてきた。


「あ。開いた」


 足元に落ちた宝箱を拾い上げ、リッカが呟いた。

 脳天に落ちたかかとによる痛みなど、なかったかのような反応のなさだ。


 ……相変わらずの頑丈さ。

 万全ではないとは言え、ミーナの矛を防いだと考えていいのか?


「……これは、地図?」


 箱の中に入っていた、

 丸まったそれをくるくると広げると、リッカの言う通り、地図のようだ。


 かなり簡略化されたものだが、地図として記されている部分は知らない場所ではない。


 魔界。

 既にマッピングされている中でも、深い場所でもない。


 遠征でいったばかりの入り江を示していた。


「この『×』印にお宝があるの!?」


 シアナがリッカの肩口から顔を出して地図を見る。

 ×印は入り江の海の真ん中に記されてある。


 ……入り江で遊んでいた誰もが、気づいた様子がなかったので、海底か上空か、もしくは、地図自体が古いものだから、宝がそこにあるとして既に奪われているか、だ。


「どうだろ、随分と昔の地図みたいだし……お宝じゃないかもしれないよ?」

「でも、この描き方は誰がどう見てもお宝があるよって言ってるようなものでしょ!」


 リッカから地図を奪い取り、くるくると回りながらシンドウの傍に寄り添うシアナ。


「回収にいこうっ、収集者として!!」

「あーはいはい、分かったから落ち着け。宝は逃げやしねえよ」


「宝は逃げなくても奪われるかもしれないじゃん!」


「急がば回れだ。この宝がぽつんと置いてあるとも思えねえ。

 守る番人がいたなら準備は必要だ。

 海中なら、それなりの道具も必要だしな。今すぐ向かうわけにはいかねえよ」


 日を改める。これはシンドウの意見が正しい。


 確かに、誰かに奪われる可能性はあるが、

 速さを意識して準備を怠り帰れなくなりましたじゃ意味がない。

 宝を見つけて終わり、ではない。家に持ち帰るまでが宝探しだ。


「夜の魔界はいきたくねえな……、いくなら、明日だな」

「えー」


「えーじゃねえ。……で、だ。お前ら、ついてくるか?」


 シンドウが視線を回した。


「オレとしては即席で組んだこのパーティを解散させる気はない。バランスも良いしな。

 盾に矛に回復役、オレの頭にゴウの判断力……あー、マサトの、度胸、か? 

 役目が被っていないのはパーティとしては及第点だ」


「おれの役目って度胸なのか……?」


「策もなくドラゴンに突っ込むお前のクレイジーさは、見方を変えれば度胸があるってことだろ? 身の程知らずの無知なら度胸じゃないが、お前は戦力差を理解した上で突っ込んだ。

 オレは度胸として評価するぜ。お前のそれは、策に組み込みやすい」


 ……褒められているようにも聞こえるが、嫌な予感しかしなかった。


「なんであれ、だ。お前らさえ良ければこれからもこのパーティでいきたい。

 報酬に関してもきっちり分割で構わない。もちろん個人の予定も汲むつもりだ。

 その上で、明日、この宝を回収しにいこうと思うが、くるか?」


 まず、ゴウが頷いた。


「パーティを継続するなら賛成するつもりだったからね、構わない。

 そして、パーティとしてその宝を回収しにいくと言うのであれば、断る理由はないね」


 頷きはしなかったが、ミーナも同じ意見だろう。

 リッカを見ると、彼女もおれを見ていたところだった。


 目が合う。


「リッカはいてほしい!」


 シアナがリッカに抱き着いた。

 ……リッカ『は』って。おれはいらないのかよ。


「確かに、盾は欲しいよな」

「……まさか、リッカに一番前で壁役になれって言うつもりか?」


「そんなに心配なら、お前が守れよ」


「――言われなくても、リッカをお前の道具にさせるつもりはないぞ!」


「じゃ、決定だな」


 売り言葉に買い言葉だったが、これでおれとリッカも宝探しのメンバーとなった。

 即席で組んだパーティだったが、これで二度目の魔界探訪。


 二回目からは、正式なパーティとして扱われる。

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