第10話 発端の宝箱
「簡単な話、お金が必要だったんだ。
自分の価値を探したら、加工屋の息子という環境下で鍛えられたこの両手の技術だと思った。
彼女たちみたいな特別な付与効果はないし、熟練の職人のような、造形美を意識した、難しい技術を使った見て分かる凄さが僕にあるわけでもない。
店内に並んでる武具に比べたら、僕が作ったものなんか使い道は限られてくるだろうね」
限られてくる……それでいいと思うけどな。
店内に並べられる武具は、基本的に誰にでも合うように作られている。
女性でも大男でも老人でも子供でも扱えるような、平均的な完成品だ。
なにかを突出させると、別の要素を削らなければならなくなる。
もちろんそういう商品もあるが、万人受けはしにくい。
しにくいということは、売れにくいということだ。
しかもうちみたいな、緊急時や繋ぎで使いたい場合に必要とする購買層となると完成品はより突出しない方向に舵を切らざるを得ない。
たまにその人に合った武具を注文され、取り寄せることもあるが、本当にたまにだ。
オーダーメイドならそれこそ加工屋に頼むだろうし。
「限られてくるからこそ、お金になると思ったんだよ」
「じゃあ、オーダーメイド専門の職人なのか?」
「それに近いね。注文を受けるというより、僕が売り込みにいく形だけど」
「?」
「まあ、まだ修行中の身だから上手くいくか分からない。詳しくは言えないかな」
気にはなかったが、食い下がるほどではない。
「じゃあ、僕はこれで。ミーナを待たせてるし」
「え、いるけど……」
リッカが入口を見る。おれとゴウがつられて見るも、閉まった扉があるだけだ。
「……誰もいないじゃないか」
「いや」
気づいたゴウが扉を叩く。
「入ってきな、ミーナ」
開けづらい立て付けの悪さも関係ないようで、
ぎぃと扉の音を立てながら褐色の少女が入ってきた。
遠征中に見た姿そのままだ。
露出させた肌の面積が多い、水着のパレオ姿。
あの時は気にしなかったものの、日常風景に入り込むとかなり刺激的な格好だ。
メンテナンス後だからか、全身が艶々している。
「え? 途中で逃げてきた? せっかくだし最後までメンテナンスしてもらいなよ」
ミーナは嫌がって首を左右に振っている。
「気づいたら、ゴウがいなかった……」
「置いていったわけじゃないよ。終わるまで時間を潰してただけなんだけどね……」
ミーナの手が、がっしりとゴウの腕を掴んでいる。
……普通、女性は男を少し下に見るものだが、この二人は当てはまらない。
契約によって結ばれた関係……ではない親密さだ。
幼馴染のおれとリッカだって、そこまでくっつくことはないし。
「そこまでべったりなのも珍しいよな」
「君が言うのか?」
おれは別に、リッカにべったりしているわけじゃない。
「そういう意味じゃないんだけどね」
「じゃあどういう意――」
その時、おれの喉がきゅっと押さえられた。
後ろから、リッカが腕を回して首を絞めてきたのだ。
「ミーナのこと見過ぎだよ……? 主に一部分を! 何度も何度もちらちらと!!」
「べ、別に比較してるわけじゃ……っ」
「鎧着てるからなのかなー、胴の部分で押さえつけてるから成長しないのかなー!」
「で、でも、ぴったり密着しているわけじゃない。
隙間は多少あるはずだから成長を止めてるってわけじゃないと思」
「成長しない理由を探してたのに、あっさりと潰さないでくれる!?」
首を絞める力が強まった。
手加減はしているだろうけど、一歩間違えれば簡単に意識が持っていかれる。
まずい……っ、魔界で何度も感じた死の危険を、まさか家で体感することになるとは。
身をよじったりしながらその場でもがいていると、僅かに、本当に僅かに、背中に当たるものがあった。
柔らかい感触。
下から力を加えると、持ち上がる感覚がおれの背中に伝わる。
「っ! っっ!?」
ばっ、とリッカがおれの首から腕を取って離れる。
振り向くと、リッカが珍しく、両腕で胸を隠していた。
どうやらおれが背中で感じていたように、リッカも胸で分かっていたらしい。
「なんだ、卑下しなくてもいいくらいにはあるじゃないか」
「な、ななな、なに、をっ!?」
「いや、だから、胸あるじゃん――ッ、て?」
リッカの握られた拳が、おれのすぐ真横を通り抜けた。
風を切る音が耳の真横から聞こえてくる。
……なぜか、当たってもいないのにリッカの拳から白い煙が上っている。
拳の勢いで空気を焼いた?
「胸のことはもういいから」
「……話題を振ってきたのはリッカの方じゃ」
「もういいよね?」
笑顔なのに、全身に悪寒が走る。
……どうやら、リッカに向けて胸の話は禁句みたいだ。
そもそも、おれから言ったことはないんだけど……。
すると、一連の流れを見ていたゴウが呟いた。
「君らもべったりに見えるけどね」
中断していたメンテナンスを終えた後、再びゴウとミーナが店を訪れた。
彼らの背後には、なぜかシアナとシンドウもいる。
「いらっしゃ……、うお、そんな大所帯でどうした」
「四人は大所帯に入らねえだろ」
「店の狭さを考えたら大所帯だ。それで? うちの商品に興味でも?」
丸裸の札束を持ったシアナが、目を輝かせながら店内を物色している。
修道服の上から鎧でもつけるつもりなのだろうか?
「おい、偽シスター、お前に防具はいらねえんだからこんなとこで無駄使いするな」
「無駄遣いじゃないよ。シンドウのために防具でも買ってあげようかなって」
「オレが渡した金だろ。それでオレの防具を買ってどうすんだ。
お前のために使えってつもりでお前に渡したんだ。
それ以外の使い道は全部無駄遣いなんだよ」
シアナが持つ札束は薄く見えても十万ワルドはある。
おれたち並の収集者なら一か月は食い繋いでいける額だ。
シアナの金欠は分かるが、シンドウがなぜそんなお金を……?
彼が言った賭博場での必勝法は、あながち嘘でもないのかもしれない。
「私のための使い道なんて、分かんないよ」
「美味いもん食ったり武具や自分の体のメンテナンスに使えばいい。
興味があるなら賭博場以外にも遊びを教えてやる。
興味があるものに片っ端から突っ込めばいいだろ。
いちいちオレの目が届く範囲で使おうとしなくていいんだよ、お前の金だろ」
「シンドウのお金じゃん」
「お前にやった金だからお前のなんだよ」
うーん、と考える素振りを見せた後、シアナが再び店内を物色し、
狭いお土産品コーナーに目をつけた。
「マサトー、これ買ってもいい?」
「いいけど……それ、中身になにが入ってるか分からないぞ?」
シアナがおれのところに持ってきたのは、手の平サイズの宝箱だ。
鍵穴はあるが鍵がない。おじさんが昔、知り合いの収集者から貰ったものらしいが、開け方が分からず店内に飾っていたものだ。
いつしかそれが店頭に並ぶようになった。しかも金額は十万ワルド。
それくらいの額をぽんと出せる相手でないと開けられないだろうと思ったのかもしれない。
買ったのに開けられないとクレームを入れられても困るからこその対策だろう。
結果的に、誰にも買われずに残り続け、埃を被った在庫品だ。
うちの店の客層からすると、まあ、興味があっても買わないだろう商品だ。
たぶん、おじさん自身も存在すら忘れていたはずだ。
棚の奥の方を探して、
伸ばした袖に埃をつけながら、わざわざ持ってくる奇特な者はそうそういない。
「はいこれ、十万ワルドっ!」
一切の躊躇いなく、ぽんとカウンターに札束が出された。
大金なのでおっかなびっくり、触るのにこっちが躊躇う額だ。
「……いいのか?」
シンドウが渡したということは、
彼女は恐らく賭博場で負けて全財産を失くしたから、だと思ったのだが。
資金ゼロでは今後の生活がどうしようもない。
だから、次に繋げるために渡された大金をこんなことに使ってもいいのか、とシンドウに目で聞いてみると、
「言い出したら聞かねえよ」
と、彼は肩をすくめた。
それに、
「こいつの判断は甘いが、直感は鋭い。その中身、意外と当たりなのかもな」
私欲に塗れた他者との賭け事には向かないが、自身で掘り当てる択一には向くのか。
まあ、買ってくれると言うのであれば、売る側としては文句ない。
「じゃあ、まいどあり」
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