第8話 マサトの日課

「足手まといが多いんだから仕方ないでしょう。

 助けてあげた分、差し引いてるわ。

 あなたたち女の子の活躍を加味しても、男どもが足を引っ張っている。


 ……仲間は選んだ方がいいわよ? 


 あなたたちの若さならもっと良い手駒を持てるでしょう? 紹介してあげようかしら? 

 はべらせることがステータスになる顔だけが良い男や、依頼主としてなら、愛情に飢えて金だけしこたま持ってる豚男とかね。

 契約さえきちんと結べば意外と実害はないのよ? 

 反故にすればこっちも手が出せるのだから」



「…………」

「気にしてるみたいだけど」


 女性の指先がこつん、とリッカの鎧の胴をつつく。


「小さくても需要はあるのよ?」

「やめてください」


 ガタッ、とリッカが椅子を倒して立ち上がる。


「あら、ごめんなさい。そこまでコンプレックスだったの?」


「違います! ……そうじゃなくて、あまり、わたしの大事な仲間のことを、使えない足手まといだって言うのはやめてください」


「貶めたいわけじゃないの。ただの、事実よ」

「それでも」


 事実であることは認めた上で。


「……少しでも、心にくるもの、ありませんか?」

「ないわね」


 女性が、目の前にあるグラスを指で弾く。

 キン、と甲高い音が会話と会話の間に響く。


「言葉ならいくらでも言える。やる気なんてすぐに見せられる。

 結果が伴わなければ意味がないのよ。

 助けるだとか守るだとか、私たちは男どもが自分に酔うための道具じゃないのよね。

 もしも、心にガツンときたとすれば、それは彼らが有言実行をした時かしら」


 ……つまり、だ。


 おれたちにとって、性別によって生まれた高い壁を越えなければ実現できないもの。


「私たちを助けられるような力を持つ男なら、認めてあげるわ。

 好きなように私を使ってくれて構わない。

 延長したい分だけ、すればいいと思っているわ――」


 失うものが多いだろうに、彼女は自分の発言に後悔をした素振りを見せなかった。

 すると、倒れた椅子を立て、しかしリッカは座り直さない。


「……わたしたちのパーティの分配はこれでいいです」

「ええ、じゃあ――」


「もういいですか? 防壁の交代を頼まれているので」


 許可を貰い、リッカが退席する。


 そのままおれの方に向かってきたので、

 咄嗟に柱の影に隠れ、見つからないようにやり過ごす。


 リッカの小さな背中が、食堂から出ていった。


 それから、残った円卓に集まる女性陣が死んだ仲間の愚痴を言い始めたので、おれも自室へ戻ることにした。


 歩きながら、考える。


 赤いドレスの女性の言い分も、リッカが反論の言葉を見つけられずに、少ない分配で交渉を成立させたことも、ようはおれたちが不甲斐ないせいだからだ。


 口調こそきついが、それでも、彼女の言う通りなのだ。


 


 女性よりも役に立つ、力を身につけろ。


 …………不可能だと思われているからこそ、女性は無茶を言える。

 全てを失うに等しい条件も口にできた。


 絶対にできないだろうと思っているから。

 そしてそれは。


 ――心の底で、おれも思っていることだった。




 おれの一日は店の前の掃除と、商品の在庫整理から始まる。

 まだ日が昇ったばかりの早朝だ。


 リッカはぐっすりと眠っている頃だろう。

 店の裏手にある倉庫で商品の数を確認していると、武器と防具の不足分が発見できた。


 中でも、特に数が少ないのが、よく売れる二点だ。


「おじさん、鎧の胴部分と籠手のストックがそろそろなくなりそうだ」


 ほうれい線が目立ってきた、おっとり顔をした店長に報告する。

 リッカの父親であり、今はおれの育ての親でもある。


「ああ、ありがとう。じゃあ、加工屋に依頼しなくちゃなあ……」


 鎧のフルセットがそれぞれ同じタイミングでなくなることはまずない。

 大抵、傷みやすい胴体か、失くしやすい籠手が収集者の間で不足しやすいためだ。


 すね当てや頭部ばかり、在庫が余ってしまう。


 すね当ては傷みにくい装備だ。

 足下への攻撃が分かった段階で避けるか打ち返すかの対処をするし、そもそも足下に攻撃を受けた段階で生還は難しい。

 荒れた場所を歩いたことによる泥跳ねなどで汚れることはあっても、防具として耐久が劣化することは稀なのだ。


 防具としての役目のほとんどを、面積の広い胴体が担ってしまっているからだろう。

 頭部に至ってはそもそも装着しない者が多い。

 首から下にごつごつ鎧を装備しているリッカも、頭にはなにも被っていない。

 なぜなら視界不良に加え、聴覚が遮られてしまう。


 それに、空気が中に籠ってしまうため、ただ歩いただけで鎧の中は汗だくになることから、頭部はまったく売れないのだ。


 不意の衝撃を防げるという点で被っていた方がいいとは思うが……これは男の視点か。


 女性にとって『不意』なんてものはない。

 あるとすれば『油断』か。


「おじさん、おれがいつもの加工屋に連絡して、注文しておくよ」

「いや、それがね……ひいきにしてくれていた加工屋が潰れちゃったんだよ」


 え、と言葉に詰まった。

 いや、潰れること自体は珍しいことではない。


 ひいきにしてくれていた加工屋は男性一人でやっていた店だから、女性が営む加工屋と比べられたら、まったく勝てない出来映えだ。

 それでも、女性には作れない個性ある需要があったのだが……。


 今の時代において、作成できる『数』でなく、一般的な素材から極めた、熟練の腕による倍以上の値段で売られていてもおかしくない、『質』へのこだわりがあったのだ。


「……商会とのトラブルでもあったの?」


「いやいや、王族や名家、商会のいざこざに巻き込まれたわけじゃないよ。

 単純に店主の老いが原因だったみたいだよ。

 金槌を握って打っても、素材を変形させられなくなったって噂だね。

 あの人ももう歳だからねえ。二十年前に引退していてもおかしくないのにね」


 加工するのが生きがいなのかもしれない。

 自分の作品を求められたから、ここまで続いたのかもしれない。


 もしくは、


 流れ作業のように量産された、女性が作る鎧に、怒ったのかもしれない。


 女性が実力を発揮するのは、収集者だけに限らない。加工屋だって同じだ。

 だから、彼女たちと同じ場所でどう差別化を図るかが、おれたちの生き方になってくる。


「実は、次に依頼をしようと思っている加工屋は決めてあるんだ。

 質は、あの人には及ばないけど、やっぱり仕入れるにしても安さが重要だからね。

 ほら、僕らの店は防具や武器を新調するまでの繋ぎや、緊急時にとりあえず確保するためのものだからね。もちろん質も重視するけど、それ以上に安さなんだよ。

 客層は男の人だしね。女性が加工したことで武器や防具に備わる『付与効果』は元々、期待していないからさ」


 もしも、付与効果が備わった武器や防具を仕入れるとなると、かなり値が張る。

 二倍三倍なら安いものだ。十倍は当たり前の世界になってくる。


 そんなものを、二つも三つも仕入れられるわけがない。


 奇跡的に手に入ったとして、店の客層には合わない。

 合わないというか、高性能が油断に繋がりそうだ。

 買ってくれた客が帰らぬ人になったと知らされたら寝覚めが悪い。


 まあ、こんな店をやっていれば一人や二人、いるものだけど……。

 おじさんからすれば、仕方ないとは言え、覚悟の上なのだろう。


 だからこそ、当時小さかったおれを引き取って、育ててくれたのかもしれない。


「あとで僕が依頼してくるよ。その間、リッカと一緒に店番を頼むよ」

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