第7話 帰還

 ゴブリンの猛攻を抜け、洞窟を脱出する。

 見晴らしの良い断崖から見下ろせる、大きな入り江があった。


「はーい男ども、入り江には魔物もいないし、あんたたちだけでも自衛できるでしょ? 

 私たちが水浴びをしている間、

 食糧採取でもして、ここまでついてきた意味を作っておきなさい。

 今のところ、足手まといにしかなってないんだから」


 言って、斧を背負った赤いドレスの女性が断崖から飛び降りた。

 砂浜に着地し、背負っていた斧を落とす。赤いドレスを脱いで海に飛び込んだ。

 もちろん、ドレスの下にはあらかじめ水着を着ていたようだ。


 彼女の後を追うように次々と女性陣が飛び降りていく。

 砂浜には彼女たちが脱いだ鎧や武器が散乱している。


 それらを拾い、まとめておくのも男の役目でもある。


「ミーナ、いいよ、いってきなよ」


 海とゴウを見比べ、逡巡しゅんじゅんした後、


「……魚、獲ってくるね」


 砂浜を経由せず、ミーナが直接、海まで跳躍した。

 足がつかない海の深いところまでひとっとびだ。


 遠くの方で水飛沫が上がっている。


「採取は僕らに任せていいのに……ま、ミーナにとっては遊んでるようなものか」

「おい、あいつは?」


 視線を回したシンドウが、探し人を求めて断崖から顔を覗かせる。

 砂浜に取り残されているのは、白い修道服を脱ぐのに手間取っているシアナだ。


「声くらいかけろよな……」

「あれ、意外だね。勝手にいけって言うと思っていたのに」


 ゴウが言う。それはおれも思った。


「軽傷だが、怪我人が溜まってんだよ。

 いくならちゃちゃっと治してからいけって言おうと思ったんだが……まあいい。

 かすり傷、切り傷だ。布でも当てとけばいい」


 いくぞ、とシンドウが指揮を取り、

 生還している男たちを集めて、砂浜へ向かう坂道を下っていく。

 最後尾のゴウの背中を見つめていると、


「あれ? マサトはいかないの?」


 いきたいのは山々だが、なぜかおれの横に鎧を着たままのリッカが残っていた。


「……リッカは泳がないのか?」

「泳ぎたいけど、あの中に混ざるのはちょっとね……」


 海で自由に泳ぐ、軽く水浴びをする、日陰で休むなど、多種多様な安息の方法を取っている女性たちを見下ろすと……まあ、確かに、リッカが混ざると際立ってしまうだろう。


 最年少ではないものの、比べてみれば一部分が成長していないのが明らかだ。


「わたし、別にどこがどうとは言ってないんだけど……?」


 じぃ、と非難の目が向けられたが、意識して気を逸らす。


「周りの人は大人ばかりだし、比べても仕方ないと思うぞ」

「シアナは年下なのに?」


 ミーナは言わずもがな、

 シアナも修道服の上からだと分かりにくいが、脱いでみると意外とあるのだ。


 そんな彼女は、海の遠い方でじたばたと暴れたあと、手を残して力なく沈んでいく。

 再び水面に顔を出した時、シアナを支えるミーナが彼女の後ろにいた。


 シアナが泣きながら、ミーナに抱きついている。

 二人のボリュームのあるそれが、押し潰されんばかりに力が加えられていた。


「……それでも、比べても仕方ないだろ。というか、なくてもいいじゃないか」

「ないって言った! 小さいけどわたしにだってちゃんとあるんだよっ!?」


 もういい泳いでくる! とリッカが言い残して、断崖から飛び降りてしまう。

 ……なんだ、結局、みんなに混ざって泳ぐんじゃないか。


 さすがに、汗をかいたのに水浴びをしないまま帰るのは嫌か。


「おれも、シンドウたちを追いかけないと」


 洞窟内で足手まといになった分、素材の採取で取り返しておかないと。


 赤いドレスの女性が言った通りだ。

 魔界にきた意味を今の内に作っておかないと、帰るに帰れないからな。



「全員揃ってるわよね」


 集団遠征も終わりを告げた。

 素材回収、食糧採取のノルマも達成できている。


 あとは人間王国へ帰るだけだ。

 生きている者が、こうして飛行船内に集まっている。


 随分と、人が減った気がする……ぎちぎちだった船内のスペースが広く感じた。


「揃ってなくても時間で動くから、間に合わなかった人は置いていく。仕方ないわよね」


 人数が少なくなった分、互いの顔は把握できている。

 飛行船にまだ乗っていない者はいないだろう。


 死んだと思われていた人が実は生きていて、今こっちに向かっている途中だった……となっていない限りだが。


 もしも遠くの方で手を振りながら飛行船に向かっている仲間がいたとしても、時間がくれば赤いドレスの女性は構うことなく飛行船を飛び立たせるだろう。


 足手まといに対しては、口で言うほど厳しくはなく、面倒を見てくれるが、時間を守らない者に関しては酷く冷徹だ。


 食糧採取の時も、彼女は時間通りに動いていた。

 それはリーダーの役目を担っているからではなく、単なる性格のせいだろう。


 いや、仕事柄、かな。

 彼女は理由があっても、金が絡まなければ延長は許さない。


「さて、戻りましょう」


 飛行船が発つ。


 視界不良の雷雲の中へ突っ込んでいく。


 昨日同様に、飛行船に災害による揺れはなく、快適な旅路だった。




 船内で交わされていた報酬分配の会話が、意図せず聞こえてきてしまう。

 盗み聞きをするつもりはなかったが、全員が利用できる食堂でしている話だと、小腹が空いて立ち寄った時に必然的に聞いてしまうのだ。


 混合されている、それぞれのパーティの代表が円卓についている。


 おれたちのパーティからは、リッカ。

 単なる消去法だ。


 ミーナは無口だから話し合いには向かない。

 シアナは言わずもがな……彼女の場合、高額の報酬を試しにふっかけてみる場合には向いているだろうが、周りと友好関係を築くのであれば、選出するべきはリッカしか残らない。


 こういう円卓につくべきは本来ならシンドウなのだが、女性と言われてしまえば、おれたちには手出しができない領域だ。


 リッカも別に交渉が得意なわけではない……どちらかと言えば苦手な方だろう。

 あいつは優しいから。それでも彼女しか頼める相手がいなかった。


「とりあえず、あなたのパーティはこれでいいわよね」


 差し出された紙に書かれていた数字……おれの場所からはよく見えない。


「……え? これ、少ないんじゃ……っ」

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