第6話 魔界の技術屋

「……どうしてわたしの真横にマサトがいるのかな?」


 列を作るメインの隊とは別に、距離を空けて先頭を歩くリッカとおれ。


「リッカ一人に前衛を任せられるわけないだろ」


「いや、わたしだからだと思うけど……魔物が出たらわたしの防御力で足止めして、攻撃特化のミーナや他の人たちで叩く、っていう作戦なんだから」


 ドラゴンが全力で噛みついても砕かれなかった鎧。

 鎧の効果もあるが、リッカ自身も、人より頑丈な体をしている。


 敵を引きつける壁役として抜擢ばってきされるのは当然かもしれない。

 でも、だ。


「作戦も、リッカが適正なのも分かってる。

 お前が受け入れて、誇りを持って壁役をしているのだって理解しているつもりだ。

 だけど、だからって心細くないわけないだろ? 

 痛くないから怖くないってわけでもないはずだ。隣にいるくらい、いいだろ」


 しかも、ライトがあるとは言っても洞窟内は暗い。

 視界は相変わらず狭いままだ。


 昔は、真夜中、外に出る時はおれの手を握って離さなかったリッカだ。


「……いつの話をしてるのよ……もう暗い中だって一人で歩けますぅ」


「わっ! って驚かしても…………悪かったよ、大きな声出してごめんって。

 だからそのごつごつ鎧で抱きついてくるな――痛い痛いっ、骨が折れるっっ!!」


「あ、ごめん」


 鎧関係なく、リッカに強く握られれば、おれの体は耐えられない。

 昔みたいに、なにも意識しないで手を繋ぐことは、もう今はできないのだ。


「気を付けろよな……」

「あんたら、イチャイチャしてないで前を見なさい。そろそろ――ゴブリンの巣よ」


 それから数歩進んだ時だ、金属が擦れる音が止まる。

 リッカが立ち止まったのだ。


 銀色の籠手こてで覆われた右手がおれの前に出され、止まれ、という合図が出された。


「……くる」


 微かに響いて聞こえる足音……それが、段々と大きくなってくる。


 ライトに照らされて見えてくる、小柄で痩せ細った、汚れた緑色の体。

 手に持つのは身なりの汚さに似合わない大きく神々しい弓だ。


 木の枝のように貧弱そうな腕で引っ張られた糸は張りもない。

 大した力も加えられていない微弱な反動で放たれた矢は、当然のように飛距離が伸びずにおれたちの手前で地面に近づいていく。


 しかしその時、

 地面すれすれの低空飛行で、


 ぼしゅっ、と白煙を真後ろに噴き出しながら矢の切っ先がおれのすねを狙っ


 ――だんっ! 


 とリッカが片足を矢の前に出し、地面を叩く。


 矢の切っ先がリッカの脛に当たり、鎧に弾かれた。


「くっ、足下じゃ、全然防げないっ!」


 もう少し位置が高ければ、

 リッカが仁王立ちするだけで弾ける矢だが、足下となると鎧の範囲も狭い。


 洞窟内の通路は二人並ぶのがやっとの道幅だが、細い矢なら股下や左右に開いたスペースを通過することは難しくない。


 低空飛行で飛ぶ矢が、後ろの隊を狙う。


 心臓近くや頭部は意識的に……、

 でなくとも本能的に守るものだが、足下となると咄嗟の反応がしづらい。


 足を武器に使う収集者は限られてくる。

 今いるパーティ内では、ミーナくらいだろう――、

 彼女の場合は全身が武器みたいなものだが。


「気を付けなっ、足下に矢が飛んでくるよっ!」


 赤いドレスの女性の声に、反応できた者は回避できたが、僅かな差で遅れた女性の脛の肉を、矢が切り裂いていく。

 脛に深々と突き刺さらなかったのは頑丈さのおかげか。


 ただし、さらに後方にいた男性陣は回避する技術も暗闇の先から飛んでくる矢を察知することもできず、しかも矢が遅れて斜め上へと、急に上昇し始めたのだ。


 つまり、脛を狙っていた矢が、男性陣に限り、胸に狙いが変更している。


 後方から野太い悲鳴が連続して聞こえてくる……、警告も間に合わなかった……っ。


「ゴブリンがこんなことできるのかよ……っ、聞いてないぞっ!?」

「ゴブリンの技術じゃないよ……、たぶん、人間が落とした武器を利用してる――」


「まさか、あの弓って……」


「希少素材を使って加工された武器だと思う……しかも、誰でも使えるような仕様になってるなら、ゴブリンに使えてもおかしくないよッ!」


 入手方法はどうあれ、実際にゴブリンが持っているなら、元の持ち主は洞窟内で力尽きたか、武器だけを落としていったか……。

 なんにせよ、魔物に対抗するために作られた武器が敵の手に渡り、逆におれたちが圧倒されるなんて皮肉なものだった。


 人間の技術力が壁として立ち塞がる。


「確かに脅威だけど……でも」


 矢を補充するインターバルに、リッカが駆け出した。


「拾った武器の性能を充分に引き出せるわけじゃないでしょっ」


 前衛にいるゴブリンの後ろ、別のゴブリンが矢を放った。


 今度の矢は真っ直ぐにリッカの頭部を狙うが、

 分かりやすい軌道の矢をリッカが避けられないはずもない。


 首をくいっと傾けて、矢をやり過ごす――しかし。


 リッカとすれ違った矢がぴたりと空中で止まり、くるんと横向きに半回転。


 切っ先がリッカの後頭部を狙う。


「リッカ! 違う、避けて終わりじゃないッ!!」


 今度は追尾する矢か!

 ぼしゅっ、と加速した矢がリッカの後頭部に突き刺さる前に、衝突した瞬間に折れる。


 先端の刃が砕け、矢がリッカの足下に落ちた。


「いたぁ」


 リッカが後頭部を手で擦りながら、声を漏らした。

 ……当たっても効かないって分かってはいたけど。


 ただ、あの矢が本当にリッカの頭部を貫いたらと思うとゾッとする。

 万が一の可能性を捨てられない。


 だから、リッカの傍を離れられないんだよ……っ。


「リッカ、小さいやつはおれが仕留めてくるっ」


 武器を持つゴブリンは多いが、人間の武器となると見た目で分かる。

 特殊な性能を持つ武器を扱うゴブリンは少ない。


 たぶん、自分たちで作った武器なのだろう、木を削った木剣、枝とつるを組み合わせた弓……原始的な武器ならおれでも対処できる。


 ならこの隙に、群れの頭数を減らしておくべきだ。


「あっ、待って――勝手に前に出ないでマサトっ!」


 リッカの制止の声が後ろから聞こえた時、足首が掴まれた。

 バランスを崩し、前のめりに倒れる。


 倒れた拍子に握っていた短剣が地面を滑っていく。


「いっ、つ……、なに、が――」


 地面の中から出てきていた、折れそうなほど細い指。角張った手。

 地面から頭を出したのは、地中に潜んでいたのだろう、茶色いゴブリンだ。


 そいつが片手に持っていた少し太い釘のようなものを、おれの足に突き刺してきた。


「っっ!? いっ、ぎっっ」


 突き刺した釘を、さらに、ぐじゅぐじゅとかき回してくる。

 視界が真っ赤に染まる。


 全身が痙攣し始めた。


「こ、の……ッッ」


 刺されていない片方の足で、ゴブリンを蹴っ飛ばす。

 しかし、いくら顔を蹴飛ばし、鼻が曲がり目が潰れようと、決して手を離さない。


 大した意地だ……、なのに、ゴブリンの視線は、おれを見ていなかった。


 ……なにを見て……、後ろ……を?


 ゴブリンが見ていたのは、仲間の方向だった。


 振り向くと、低空飛行する矢を持つゴブリンが、おれを見ていた。

 地中に潜むゴブリンが敵の足を取り、転ばせたところで弓を持つゴブリンが矢を放ち、低空飛行する矢で敵の顔面を貫く――それが。


 このゴブリンたちの、作戦だった……?

 ――ニヤァ、と、ゴブリンが総じて笑みを見せた。


 術中に、はまった……っ!?


 たかがゴブリン、そう決めつけていた油断を、利用された……っ。

 こいつらはまさに、おれたちの足下を見たわけだ。


「く、そ……っ」


 矢が放たれ、低速の矢が地面すれすれで加速し、おれの視界から消える。

 追えないだけで矢は間違いなくおれの瞳に向かって――、


 ザンッッ、と、鼻先すれすれに巨大な刃が落ちてきた。


 まるでギロチン。


 それは厚み三センチにもなる刃を持つ、斧だった。


「足手まといになるなら前に出ないでくれる?」


 赤いドレスの女性が斧を振り回し、ゴブリンたちを次々と切り裂いていく。

 鮮血が舞う。


 ゴブリンの血も、赤かった。


「手数も策も全部吹き飛ばして進むわよ。

 知恵や工夫なんか必要のない次元の話なのよ、私たちにとってはね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る