STAGE:2 魔族急襲

第5話 回復のシアナ

 洞窟からの脱出をしたいが、引き返すにしても退路の穴が瓦礫で塞がれてしまい、持ち上げられない大きさの岩がいくつも重なってしまっている。


 頭上、日の光が入っているように天井が崩落しているが、上がるにしては高い距離だ。

 壁を伝って登るにしても、崩落しているため周辺の強度も心許ない。

 つつけばさらに瓦礫が落ちてくる可能性もある。


 となると、前に進むしか洞窟を抜ける方法はない。


 幸いにもマッピング済みであるため、予測できない危険ではないが……。


 ただ、いくら豊富な情報があろうとも、魔界であることに変わりはない。

 怪我人を背負い、足を引きずりながら進むのは自殺行為だ。


 つまり、怪我人の回復が必要になる。


「次、怪我してる人はどこ?」


 シアナを連れ、周辺を回る。

 彼女はおれたちのパーティ内で回復役の担当をしている。


 今はパーティ混合の集団遠征なので、回復役は彼女だけに限らなかった。

 それに回復を専門としていなくとも、

 軽傷程度なら治せる魔法を使える者たちにも動いてもらっている。


 上から落ちてきた人数は多かったものの、ほとんどが女性だったために回復を必要としている重傷を負った人たちはかなり少なかった。

 ただ、男の方は生死を彷徨うような瀕死の状態が数名いたが、シアナの魔法によって全快している。


「あんた……すげえな。この前に壊した肘も一緒に治ってるぞ……?」

「そうだったの? でも、別に治しちゃってもいいんでしょう?」

「ああ……、助かったぜ、白髪の嬢ちゃん!」


 それを聞いた年を重ねた男たちがシアナに群がっていった。


「嬢ちゃん、最近肩が重くてな、治せねえか!?」

「俺はよく発作が出るんだ。これも頼みたいんだがっ」

「昔に千切れ飛んだ指とか治すことはできるか!?」


 ガタイの良い男たちに囲われていく内に、シアナから距離が離れてしまう。

 彼女に詰め寄ろうとする男たちの肘に、集団の外側へと押しやられた。

 最後は誰かの足に引っかかり(引っかけられた?)、尻餅をついてしまう。


「シアナっ、そっちは大丈夫か!?」

「じゅ、順番にっ、治すから、そんなに詰めてこないでーっ!!」


 目をぐるぐるに回したシアナが、男たちに挟まれ、もみくちゃにされていた。


「……まったく、みにくい生き物ね……」


 赤いドレスの女性が、男たちを見ながら背中の斧に手をかけた時だ。

 男たちの足下に転がっていく球体があった。


 やがて、ぼむんっ、と低い音を鳴らしながら破裂し、白い煙が集団を包み込む。

 その煙が晴れた時、立っていたのはシアナだけだ。


「……っ、これ、は……」


 流れてきた白い煙を吸い込んだ瞬間、くらっ、と意識が持っていかれそうになった。

 これまでの疲れがあるせいか、一瞬の睡魔に体が過剰に反応する。


 綱渡りしている横から指で突かれたように、落下へ吸い込まれそうになる。

 シアナや、隣にいた女性は平気そうだ……、効いていないのか。


 そう言えば、そんなことも言っていたな――睡眠玉すいみんだま

 その効果は、女性には効かない。


「最低限の怪我を治すくらいでとどめとけって言ったろ。

 死者でなければなんでも治せるお前の魔法は、戦争の火種になるんだよ」


「シンドウ……でも……」


「でもじゃねえ。どうしても使いたいんなら大金でもふっかけろよ。

 タダで治すことなんかねえ。善意はやめろ、やっているなら見抜かれるな。

 強大な力がリスクもなく受け取れると知れば、

 お前を利用する奴が次々に群がってくるだけなんだよ」


「……じゃあ、どうすれば良かったの……?」

「怪我の具合にもよるが、百万ワルドを請求しとけ。払う奴だけ治せばいい」


 百万。女性にとっては大した金額ではないかもしれないが、男からすれば大金だ。

 収集者で生計を立てているのであれば、必ず出てくる消耗品の補充、破損した装備のメンテナンスなどで湯水のように金が流れていく。


 基本的に、素材を渡し、加工を依頼し、役に立つアイテムを受け取れるおれたちは、ぽんと大金が貰えるような仕事は少ない。


 採った素材を換金しても、

 希少価値ではなく主に数で稼ぐため、一度で得られるお金も少ないのだ。


 パーティにもよるが、

 報酬を折半してくれる場合もある……が、女性の誰もが男に施してくれるわけもない。

 仮に貰えても、その後に待っているのは代償だ。


 古い付き合いでなければ尚更、絡んでくるのは利害関係。

 男の大半が、ここでプライドを持ち出してくる。


 ようするに、女性の強さを認めてそこに便乗してはいても、立場は対等でいたい、と。

 一方的に世話にはなりたくないという、精神面における最後の砦なのだろう。


 ……それさえも意地を張らなくなったら、男としては終わりだとも思うが……。


「それで? 受け取ったその百万はどうする気なんですかねー、シンドウはー?」

「これはオレが提案したことなんだから、折半で貰うに決まってんだろ、アイデア料だ」


 うえ、とシアナが悪臭を嗅いだような表情を浮かべ、

 周囲の女性陣が軒並み引いていた。中には睨み付けている人もいる。


 提案こそシンドウだが、シアナの手柄を(半分だが)横取りしている形だ。

 周りから悪者にされても文句は言えない搾取の仕方だろう……。


「全部とは言ってないんだからそんな目で見られることでもねえけどな。

 それに、アドバイス料も入ってる。

 お前がこの前大損した、ギャンブルの必勝法を教えてやるよ」


「えっ、ほんとっ!?」


 ギャンブルには実際、必勝法なんてないのだが(使えばすぐに対策されてしまうだろうし)、シンドウの口車に乗せられて、シアナが目を輝かせる。

 ……上手いこと転がされてるな。

 シンドウのやつ、金さえ受け取れれば、あとはどうにでもなると思っていそうだ。


 ギャンブルに勝っても負けても、運が悪かった、他にもっと良い方法があると積み重ねていけば、同じ餌で無限に釣れてしまう……釣られた本人はカラクリに気付かぬまま。


 教えてもいいけど、シンドウに荷担するわけではないが、水を差すのは野暮に見えた。

 なぜなら、シアナはもしかしたら、分かった上で乗っている可能性もある。


「あの子の笑顔あっての、あの少年のゲス具合なのかしらね。いいコンビじゃない?」


 赤いドレスの女性が、おれの後ろから囁くように言って去っていく。

 洞窟の先へ進むための、前衛を担ってくれるようだ。


「最低限の怪我を治したら、そこの男共を後方支援に置いて出発するわよ」




 女性陣が集まり、地図を見ながら隊列の配置や魔物対策の作戦を練っている。


 その後、

 決まった隊列の最前線には、ごつごつ鎧のリッカが立っていた。

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