第3話 アクシデント
一本道をしばらく先へ進むと、ドーム状に膨らんだ、開けた空間に出た。
亀裂のように光りが差し込んでいるのは、天井部分に隙間があるからだ。
「ちょっと休もうよー、疲れたよーっ!」
背中のリュックサックをどすんと落とし、それを椅子代わりにして腰を下ろしたシアナが駄々をこね始めた。
この女、修道服を身に纏い大人びた雰囲気を醸し出しているが、中身は意外と子供っぽい。
それもそうか、この中では最年少だ。
「うるせえ、置いてくぞ」
「なんでよ、別にいいでしょうよ!
次にいつ、こういう場所に出るか分からないんだから、休める時に休んでおいた方がいいと思うんだけど!」
「ここが開けた場所っつっても、進むも戻るも細い一本道だ。
できるだけ最速で抜けたいんだよ。あんまり長居してると、気付かれなかったはずの魔物に気付かれることもある」
「気付かれたとして、どうせ戦うのは私たちなんだから休ませてよ!」
「巻き込まれるのはオレらの方なんだよ」
シンドウの言葉は多少乱暴なものの、間違ってはいない。
この先の道中がまだまだ長いのであれば、休みを入れるのはありだ。
しかし、既にマッピングがされているため、
出口まではもうそんなに距離もないことが分かっている。
シアナは単純に地図を見ていないだけだ。
ただあくまでも出口までのおおよその距離であるため、道中にある地図には描かれていない分岐点によっては距離は前後する。
念のために休む選択肢もあるが、それを判断するのはおれでもシンドウでもない。
当然、シアナでなければ、リッカでもミーナでもなく、
「進むよ」
桜色の前髪で目元を隠したゴウが道の先を指差す。
「おらいくぞ、ゴウの判断には従う約束だろ」
「なんでなのよお! いいじゃんちょっとくらい! もうこんなに足が震えてるのに!」
「大した距離でもないだ……おいお前、なんでヒールなんて履いてる……?」
シアナの足下を見ると、
傾斜のきつい山道、視界不良の中の凸凹道をよくもまあ、長くはないが決して短くもないここまでの距離を歩いてきたものだと感心する。
同時に、そりゃ足が痛くなるに決まっているという呆れも出た。
こちとら分厚いブーツで、たとえ針の上でも歩けるような重装備だと言うのに、裸足のミーナや普通の靴を履いているリッカはまだ分かるが、それにしてもヒールだって?
ここにきて、見た目を重視しているバカがいる。
あと、ちょっと背を高く見せようという見栄だ。
「……? ヒール可愛いよね?」
「そういう問題じゃねえだろ……っ、そこ一番重視しねえんだよ、ここは!
なに魔界にいくのにオシャレしてんだ、偽シスター!!」
「シンドウが偽物扱いするの!? 隠れ蓑にしろって言ったのそっちなのに!!」
目の前で繰り広げられる喧嘩に、リッカと目を合わせて肩をすくめる。
飛行船内での二人のやり取りを見る限り、本気の喧嘩ってわけではなさそうだが、大きな声で言い合っていると遠くの魔物に聞かせているようなものだ。
敵に寄ってこられたら困る。
リッカにシアナを任せて、シンドウを止めようと近づいた時だ。
パラパラ……、と小石が上から降ってきた。
握り拳くらいの小石というか、もうただの石が、シアナの脳天に落下する。
「大体シンドウはいつもいつも私に強くあたってうぐっ!?」
「……、っ、だっはっは!
指を差して笑うシンドウの頭上にも、同じように拳大の石が――、
「シンドウッ!!」
おれが伸ばした手よりも、落下する石の方が早い。
シアナの場合、石が当たっても頭を手で押さえて蹲るくらいのダメージだが、シンドウの場合は一発で終わりだ。
当たり所なんて関係なく、どこだろうと当たれば意識どころか命を奪う脅威。
シンドウは自身の危機に気付いていない。
このままじゃ、当たる……っ!
「シン、ドウ……っ」
すると、シアナが細い手を固めて拳を作り、勢いよく振り抜いた。
彼女の握り拳がシンドウの頬を捉える。
高笑いしていたシンドウが、
「ごぶっ!?」と悲鳴を上げて横に倒れた。
そのおかげで、石が頭に直撃することはなかったようだ。
「危なかった……おかげですっきりもしたし」
「てめえっ、いきなりなにしやがんだッ!」
助けることを名目に、バカにされた報復したかっただけなのかもしれない。
それでも結果的に、彼を助けることには成功している。
「……遅かったみたいだ」
ゴウが漏らした言葉に、ミーナが真上を見上げた。
パラパラと落下してくる石は段々と形を大きくしていき――、
――バゴッッ! と、
次の瞬間、天井部分がごっそりと抜けて落下してきた。
――――――
――――
――
「大丈夫!? マサトっ!」
落下してくる瓦礫に押し潰される寸前で閉じたまぶたをゆっくり持ち上げると、覗き込んでくるリッカの顔が目の前にあった。
おれの安否を心配し、不安そうにしている表情。
自分に身に降りかかっている危機など見向きもしないで。
彼女にもたれかかっているのは、リッカの三倍以上の大岩だ。
おれを押し潰そうとしていたそれを、リッカが背中で受け止めている。
「リッカ……岩、が……」
「わたしはなんともないよ。それよりもマサトはどこも怪我してない?」
「それよりもって、なんだよ……っ、お前の怪我だって、気にするべきだろッ!!」
「わたしは鎧があるからだいじょう――んぐっ!?」
ずんっ! と上から押し込まれた新たな重量に、リッカが膝を落とした。
大岩に乗っかる、なにかがいる。
……真上を見上げる。
天井が開いたことで、日の光が洞窟内を照らしている。
その逆光で姿こそ分からないが、シルエットが大きな存在を主張している。
左右に広がる両翼。
荒々しい鋭利な鱗。
長い鉤爪が、岩に突き刺さっていた。
体長およそ十五メートルの巨体が、岩の上に乗っている。
……ドラゴン。
その全体重と岩の重量が、リッカにのしかかっている。
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