第2話 即席のパーティで命懸け

 薄暗い洞窟内。

 ヘルメットについたライトで目の前を照らす。


 短剣で壁を突くとぼろぼろと崩れてくる鉱石。

 それを回収し、腰に下げている袋に入れていく。

 多く採れるのはいいのだが、採れれば採れるほど、足枷になるのがきつい。


 ぱんぱんに膨らんだ二袋で、足の裏が完全には浮かなくなってきた。


「大変そうだね、持ってあげよっか?」


 おれの倍以上の袋を腰にぶら下げているリッカが手を差し伸べてくる。


「子供扱いするな」

「そ、そんなつもりじゃないよ!」


 リッカの手を振り払い、先へ進む。

 その時だ、「うえ!?」と服の襟が引っ張られ、首が絞まった。


 そのまま後ろに投げ飛ばされ、袋に溜めた鉱石が周囲に散らばってしまう。


「っ、こ、の……! なにしやがんだっ、ミーナ!!」


 ヘルメットもライトもつけずにおれたちの先頭に立っていたミーナが振り向く。


 腰まで伸びた長い黒髪。

 ライトの光に照らされ浮かぶ、褐色の少女。


 細い線でありながら筋肉が程よくついた引き締まったスタイル。

 水着にも見える彼女の軽装は、動きやすさを重視したものだと前に聞いたことがある。

 彼女の動きに耐えられず、服を着ても破けてしまう、とも。

 鎧なら砕けてしまうようだ。

 それで、最終的に行き着いた格好が、水着にも見えるパレオだった。


 彼女はヘルメットをつけていない。

 つまり、ライトを必要としていなかった。

 肉眼で先の暗闇を見ている。


「ミーナは危ないって言ってるんだよ。そうでしょ?」

「……うん」


 後ろから聞こえた少年の声に、ミーナが頷きながら答えた。


「ほら、先頭のミーナよりも前にいったら、マサトが怪我するんだからさ」

「それは、そうか……。でも、だったら、言ってくれればおれも止まったぞ!?」


「無口のミーナが声をかけると思うの?」

「それは……、分かるけどさ! だからって手が出るのはどうなんだ!?」


 当の本人は既に先へと進んでしまっている。

 彼女を追うと、左右に分かれた分岐点があった。


「ミーナ、どっちが安全?」

「右。左は……匂う」

「匂う? ……くさいか?」

「さあ? 僕には分かんないね」


 見合うおれたち。

 すると、ガシャガシャと鎧の音を立てながら、リッカがおれたちに追いついた。


「あれ、分かれ道? って、左は絶対にいかない方がいいよ!」

「くさいのか?」

「匂いもそうだけど……圧迫感がね……先に絶対なにかいるよ」


 リッカとミーナがそう言うのであれば、間違いはないのだろう。


「――ちょ、っと……っ! 早いってば、あなたたち……!!」


 後ろから、ぜえはあ、と息を切らした真っ白な少女が遅れて追いついてきた。


 彼女のさらに後ろに控えているのは、対比するように黒衣を纏い、髪を金色に染めたツンツン頭の詐欺師みたいな男。


「後ろは大丈夫みたいだぜ。誰かにつけられてる心配はねえ。

 こういう洞窟だとゴブリンがいたりするもんだが、今のところ見つかってはねえみたいだな」


 手元でくるくると弄ぶ球体は、加工された爆弾だ。


「一応、小さな穴には放り込んでおいた。安心しろ、睡眠玉だよ。

 爆弾なんか使ったら洞窟ごとオレらも下敷きになるだろ」


「それ、間違えて落として暴発、おれら全員眠っちゃって、明日の飛行船が出立する時間に間に合わなくて取り残された、とかやめてくれよ」


「心配ねえよ。これ、女には効かねえし」


 ついさっき対人用と聞かされたけど、じゃあ限られてくるだろ。

 男にしか使わないし、効かないじゃないか。


「はっ、充分だろうが」


 そうなると、用途も限られてくるな。


「ここで止まってどうし……分かれ道で迷ってる感じ?」


 背負ったリュックサックが鉱石でぱんぱんに膨らんでいながら、かかる重量をなんとも思っていない涼しい顔をした真っ白な少女が、二つの道を見比べている。


 息を切らしていたのは、荷物よりも距離のせいか。

 彼女は腕力ではなく、スタミナに不安がある。


 極力、肌を出さないように全身を覆った白い修道服。

 顔は隠していないため、ミーナとは正反対の白い肌と、肩までの白髪が見える。


 ヘルメットはつけているが、ライトが点灯していない。

 にもかかわらず足下に不安を抱いていないところを見るに、ようは関係ないのだ。


 ライトなんかなくても彼女にとっては暗闇も昼間と同然なのだろう。

 こうなるとリッカもそうだと思う。ライトを点けているのはおれたちのためかよ……。


「私の勘だけど、左になにかある気がする……はっ、お宝!?」

「シアナ……左はやばいと思うよ……? たぶん、罠を張って待ち伏せた魔物とか……」


「え」


「だ、そうだ。お前一人でいってこい」

「じょ、冗談よ!? 私も分かってたし! シンドウを試しただけなんだからっ!」


「オレを試してどうすんだよ。

 ま、信用してねえから、最初からお前が選んだ逆の方に進むだろうけどな。

 初めてのことにあんまりはしゃぐなよ、世間知らずなんだからよ」


「あなたが教えてくれた知識に偏りがあるせいでもあるわよねえ……?」


 分かれた意見も無事に揃ったので、全員で右の道を進む。


 総勢六名。

 余りもので作られた即席のパーティだ。


 二時間前が初対面。

 飛行船内で多少会話はしたものの、知っているのは名前と年齢くらいのものだ。


 おれとリッカ、


 詐欺師のシンドウと修道服のシアナ、


 無口なミーナと目元を桜色の前髪で隠したゴウという少年――、


 つまり二名一対が三組合わさった形。



 即席とは言え、それぞれの役割が上手いこと被らなかったのは幸いだった。


「シアナ、それ重くないか? おれが持とうか?」


 声をかけると、白い少女が目をぱちくりとさせ、


「やーさしー。これよこれ、こういうことをしないとね、シンドウー?」

「はあ? お前さあ、オレがそんなこと言ったら、気持ち悪いって言うだろ」


「うん」


「ほらみろ。そんな小さなことでポイント稼いだって得られるリターンは少ねえんだからする意味がねえよ。

 それに、オレはできることしかしねえ主義だ。

 言ったら完遂する。できないならそもそもで口にはしねえ。分かったか?」


 後半は、シアナに言っているわけではなかった……ように思えた。

 シンドウが遠ざかっていくと、シアナが小声で、


「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとね、マサト」

「でもさ……」



「そもそも荷物を渡しても、マサトじゃ背負えないでしょう? 

 頑張るのはいいけど、それで体を壊されたら、あなたを運ぶのは私たちだし。

 マサトを運ぶなら、リッカが適任かな。


 結局、新しい仕事を増やしてるだけなのよ。

 気持ちは嬉しいけど、余計なことはしなくていいと思ってる。

 シンドウも言ってたじゃない? あれはあれで、口は悪いし態度も大きくてちょっとムカつく――どころかすごいムカつく、あー腹立つ! って時がたくさんあるけど、でも間違ってないと思うよ。できないことは言い出さない。できると確信したからこそ、口に出す。

 主義が分かるとね、一言一言の重さが伝わってきて、信頼できるの。

 あんな詐欺師みたいな人でもね、

 私が今日までついてきているのはそういう積み重ねがあるから」



 そうか……、シンドウは、おれに言っていたのか。

 できないなら口に出すな……か。


「でも、マサトの気持ちはすっごい嬉しいよ。そこだけは間違ってないから!」


 そう言い残し、シアナがシンドウの後を追って小走りで遠ざかっていく。

 追いかける気力はなかった。


 確かに、できないなら口にするべきではない……だけど。

 それはそれで、できないから口に出さないし、動かない。


 動けないことの隠れ蓑にできてしまえるのではないか、と思った。


 不可能を理由に動かないのは、苦しんで、困っている人を見捨てることの罪悪感を、できないから仕方ない、で済ませようとしているのではないか。


 結局、保身なんじゃないか?

 実際は分からない……でも。


「少なくとも、そんなクズ野郎には、おれはならない」

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