最弱の前衛パーティ

渡貫とゐち

STAGE:1 魔界遠征

第1話 はじまりの花畑

「魔界へ到達するには底のない断崖絶壁、加えて視界不良を引き起こす雷雨とハリケーンを越えなければならない。

 十数のパーティが集まった集団遠征のため、人数も多い……つまり、飛行船を災害から守る障壁を作れる女性も多いということだが、同時に大人数を運ぶために飛行船の規模も大きくなってくる。

 いくら障壁を張っていても外の影響をまったく受けないわけではない。

 およそ二時間の航路だ、自分の担当でないからと言ってのんびり観光気分でいたら道連れで全員が死ぬ。

 ……とまあ、プレッシャーをかけるわけではないが、肝に銘じておけ」


 ガヤガヤとした飛行船内の食堂で、一人の男が声も張らずに忠告をする。

 聞いていない者を注意するでもなく、ただ決められた事項を読み上げただけだ。


 肝に銘じておけと言った本人が、一番その内容を軽んじていやがる。


 責務は果たしたと言わんばかりに円卓の真ん中にある大皿に乗った鶏肉にフォークを突き刺し、自身の皿へ運んだ。

 彼のパーティメンバーがグラスに注いだ酒を持っていき、彼も喜んで受け取り一気にあおる。

 ぷはあ、と息を吐いたと思えばすぐに顔が赤み出した。


 さらに注がれた酒をぐびぐびと喉に通し、始まったばかりの二時間の航路を気を張ることなく酔い潰すつもりか。


「あの野郎……、リッカたちが交代で障壁を張ってるってのになに酒を飲んでやがんだ」


 一発ぶん殴って、目を覚まさせてやろう。


「もうっ、せっかく入れてもらえた集団遠征なんだから、揉め事を起こさないでよ」

「んむ!?」


 フォークが突き刺さった鶏肉が急に口の中に入ってきた。

 勢い余って、フォークの切っ先が喉の奥に当たり、反射的に拒絶する。


 べちゃ、と吐き出した鶏肉が床に落ちてしまった。


「あー、もったいないなあ」

「――おま、お前が……っ、なにしやがんだよ、リッカ!!」


 体以上に大きなごつごつ鎧を身に纏い、肩までの黒髪を、短く左右に結んだ少女。


 リッカ・マサムネ。


 パーティメンバーの一人であり、おれの幼馴染みだ。


「だって、またマサトが喧嘩しようとしてたから。

 沸点が低いよ。あの人の言動のどこにそんなに怒る要素があったの?」


「あいつがああやってのんびりしていられるのも、リッカたちが飛行船に障壁を張って災害から守ってくれているからだ。

 なのに、あいつは……あいつだけじゃねえよ……ここにいるやつら全員そうだ! 

 それが当たり前だと思ってやがんだ! 男は酒を飲めるのに女は酒を飲めない……それって、女は酔ったら障壁を張れないからだろ!? 

 あいつらが酔えるのも、魔界にいった時、自分の役目が多少テキトーになっても構わないって思ってるからだ! 

 ――楽をして甘い蜜をすすろうとしてるんだぞ……リッカたちの苦労なんか、一切考えもしないでだ! なのに、なんで……なんでリッカは、怒らないんだよ!!」


 リッカだけじゃない。

 交代で障壁を張っている女性は、一言も文句を言わなかった。


 黙々と、任された仕事を淡々とこなしている。

 障壁に限らない。移動中だけでなく、魔界にいった後も、働くのは女性ばかりだ。


 盾を構えて魔物の攻撃を防ぎ、剣を握り巨大な魔物を斬りつける。

 杖を携え魔力を消費し、指示がくれば支援をし、仲間が傷つけば回復をする。


 魔界にいけば毎秒が死と隣合わせだ。

 彼女たちがいなければ、男は二度と、自分の家には帰れない。


 魔界は元々、誰だろうと足を踏み入れれば自殺志願者と言われる場所だった。

 しかしいつからか――おれが生まれるよりも前から――リッカのように豪雪地帯も溶岩地帯もお構いなしに、鼻歌を歌いながら踏破できる人間が増えた。


 決まって、女性ばかりが。

 男よりも、力を持ったのだ。


「認めるよ、女性の方がおれたちよりも強い。だからって……っ、思考停止をして女性におんぶにだっこされて、危機感を持たないやつらがムカつくんだよッ!」


 できるから、任せてもいい、とはならない。

 できるから、負担をかけてもいいとはならない。


 腕を組んでふんぞり返って、指示を出しているだけの野郎は、殴ってやらないといくら言葉で言っても目を覚まさない。


 これ以上、

 リッカに任せっぱなしでいられるか。


「だからぶん殴って立場を分からせてやる」

「いいってば! 止まってっ、気持ちは充分嬉しいから止まってよお!!」


 必死にしがみついてくるリッカ。

 おれの足は一向に前へ進まない。


 どころか、リッカに引っ張られて足が地面を擦る。

 リッカは、中でも腕力に関しては低いが、それでも屈強な男よりもある。


 数倍じゃ足らないほどに。

 単純な綱引きで、おれがリッカに勝てるはずもない。


「だからね、わたしは気にしてないよ」

「それはそれで、気にしろよって思うけどな……」


「別にいいんじゃない? そういう態度でも。

 男としてのプライド、なんだと思うよ。

 わたしたちに役目を与えて、指示を出す……それさえもできなくなったら、あの人たちはなんのために飛行船に乗って魔界にいくの? って感じだし。

 足手まといにならないように……でも、戦場にはいたいってところなんじゃないかな」


 やるべきことがなくても、この場にいたいからこそ、絞り出した自分の役目。


 最後に残った男のプライド……、

 だったら……っ。


「プライドは、そういう方向に使うもんじゃねえだろ……っ!」



 二時間の航路はアクシデントの一つもなく無事に終え、おれたちは魔界に辿り着く。


「よし、今回の目的のおさらいだ……ひっく」


 完全に酔い潰れている、自主性によって決まった暫定的なリーダーが指揮を取る。


「魔界にある素材、食糧を……ひっ、うっぷ……回収するのが、おれ、たち、収集者レンジャー……の仕事、だ……。

 今日、の六時間、と、明日の早朝から、六時間、で、国に持ち帰る、ノルマ分を、回収する、ことだ……う、うぉえええっっ!!」


 男が人前で盛大に吐き、そのまま倒れて意識を失ってしまう。

 その時、ぱんぱんっ、と手を叩いて注目を横に逸らしたのは、

 背中に斧を背負い、赤いドレス(戦いには向いていないだろうが、動きやすさよりも重要なのは効果だ)を身に纏う、大人の女性だ。

 彼女が倒れた男の後頭部を軽くつつくと、男の意識が戻る。


 さっきまでの様子が嘘のように、酔いが完全に抜けていた。


「せっかくの集団遠征なんだから役割分担をしましょう。

 食糧チームは魔物を重点的に狩り、

 素材チームは地図に記されているランドマークを回ること」


 集団遠征は以前にも何度もおこなわれているし、たとえ少数でもパーティを組めば、一つのチームで魔界と人間王国の行き来は自由(飛行艇が必要だが)。


 魔界の地にまず最初に降り立ったこの場所を『はじまりの花畑』と呼んでおり、ここから分岐する道のある程度先までは誰かが既にマッピングし終えている。


 どこにどんな素材があり、魔物の巣があるのかを共有し、収集者であれば全員が情報を知ることができる。


 逆に言えば、地図に記されていない先はまだ誰もいったことがないだけなのか、いったきり戻ってきていないのか……未知の領域になる。

 集団遠征は未知の部分を開拓する目的を持ってはいるものの、目的は時と場合による。


 今回の場合、

 王国の食糧と素材が不足しているため、開拓するよりも補充が優先されたわけだ。


「あなたたちは素材集めね」


 おれたちに割り振られた場所は鉱山地帯だ。


 回収するのは鉱石。

 武器や防具に加工するために使われる素材のため、万年不足しがちだ。

 しかも収集者の必需品であるため、ないと困る重要な素材だ。


 おれが持つ盾と短剣も、この鉱山から取れたものだ。

 リッカの鎧も元々はここの鉱石からだが、発揮された防御力から察するに、希少価値の高い鉱石を加工して作られたものだろう。

 はじまりの花畑から遠ければ遠いほど希少な素材が手に入る。

 その分、当然、棲息する魔物も強力になっていくが……。


 次第に環境もおれたちの体を苦しめてくる。

 ……まあ、リッカたちには関係ないことだろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る