chapter/6 新世代の雄叫び

第33話 脅迫/勇敢

 再び現場に足を踏み入れると、車体の下で控えていた白いロープがするりと出てくる。


 僕を後続の亜人だと判断したのだろう、

(マナを纏ったロープが、僕の体内にある僅かなマナに反応して絡みついている?)

 足首に巻き付いてきたところで、電源が落ちたように、白いロープがたらんと垂れた。


 指でつついてみたが反応がない。完全にマナが切れてただのロープに戻っている。


 勝手な想像だけど……現場から遠ければ遠いほど、事切れたロープがいても珍しいとは思わないが、さらんさんの近くとなれば、マナ切れが早過ぎる。

 込めたマナの量が少なければあり得るだろうけど……それとも最初の方から忍ばせておいたロープがたまたまここに残っていた……? 


 なくはないだろうけど、それよりもまず、少量のマナしかロープに割けなくなっている、と考える方が、一番可能性がある。


 マナの葉は、取り込み過ぎれば毒になるが、

 用途を守り少量に限定して取り込めば、立派な薬になる。


 始祖返りをしないぐらいが適した量なのだ。

 しかし当然ながら、取り込む量が少なければ、溜めたマナが底をつくのも早い。


 さらんさんが事前に取り込んでいたマナが、今まさに、切れかかっている……?


 きらなだけならまだしも、後続の始祖返りをした亜人たちを、マナを持たないデミチャイルドのさらんさんで対処できるとは思えなかった。


 この作戦は、周囲のビルに多くの狙撃手が控えているが、最も重要なのはさらんさんのロープによる拘束だ。

 感覚が鋭敏になっている始祖返りの亜人たちは狙撃者の居場所を把握している。

 身構えた彼らに狙撃しても弾は当たらない。


 だからこそ、さらんさんのロープが活きる。

 にもかかわらず、そのロープが機能しないとなると狙撃も難しい。


 積み上げた作戦が瓦解する。

 周到な準備も、繰り返し頭に叩き込んだ段取りも、前提が覆ってしまえば無駄になる。


 マナ切れなんて、さらんさんも考えなかったわけではないだろうけど……。


「想定した以上に、後続の亜人が多かったんだ……」


 加えてきらなの登場だ。

 ロープで拘束するだけなら流れ作業だし、さらんさん自体もそう激しく動くものでもない。


 本人もそのつもりだった。

 だけどきらなとの戦いで、さらんさんはその場でじっとしているわけにもいかなかった。


 少量のマナで短時間だけ始祖の能力を使えるさらんさんのマナの消費量も、当然早い。


 そして。


 万が一、マナ切れを起こし、それでも事態が収束しない場合への対処も、さらんさんは考えているはずなのだ。


 使うべきではない奥の手として。

 たとえそれが薬ではなく毒になるのだとしても。



「――さらんさんっっ!!」


 横転し、道を塞いでいた車体の上を渡りながら。

 なんとか……だけどちゃんと、あなたがいる場所に、戻ってこれた。


「レイジ……、君は、どうして……っ」


 乱暴に声を荒げたりはしないが、口を開けば説教の形になっていた。

 それは、甘んじて受け入れるけど、聞くべき時は今じゃない。


 左手でさらんさんの細い腕を掴み、車の上から引きずり下ろす。

 彼女を胸で受け止め、始祖返りした右手で降りかかる前方の火の粉を払った。


 文字通りの火の粉だ。……実際はもう少し火力が高い炎の塊だったけど。


 もはや敵はきらなだけではない。

 彼女の後ろには多くの始祖返りをした亜人たちが並んでいる。


 中には魔法を使うエルフも混じっていた……さらに、ドワーフ、ワーウルフ、ミノタウロス、ヴァナラ、ズメウ、ヴァンパイア――アマゾン。

 マナが切れかかったロープでは、拘束できなかった亜人たちだ。


 僕がここに辿り着けなければ、さらんさん一人でこの面子と戦わなければならかったと思うと、荷が重いどころじゃない。


 しかも、逃げられないように外堀を埋められている。

 上空のみならず、ビルに隠れているカメラのレンズは脅迫だ。


 テレビの前の子供たちは、戦うさらんさんを見て安心を得ている。

 町の危機があっても、なんとかしてくれる――そう信じて。


 ……撮られている今、ぽつりとさえ、弱音を吐けるわけがない。

 後ろ向きな表情もできない。


 冷静に、前を向くしか、さらんさんに選択肢はなかったんだ――。


「どうしてっ、戻ってきたんだっ、君はっ! どうして素直に守られてくれない!?」


 ……さらんさん……焦ってる?

 状況を考えたら無理もないけど……あのさらんさんが、こんな風に取り乱すなんて。


 こう思ってしまうことこそが、僕がさらんさんを追い詰めてしまっているのだろう。



『――あの子だって女の子なのよ?』



 ……そうだ。マネージャーさんの言うとおり、さらんさんは完璧じゃない、失敗もすれば、いくら冷静沈着と言っても喜怒哀楽を持つ。

 恐怖心だってある。

 緊張もすれば焦りもする……どこにでもいる普通の女の子だ。


 女の子……とは言え、確かに年の差はある、立場的にもさらんさんは僕よりも上で、年下の僕を守る義務があるのかもしれない――だとしても。


 それを盾に、逃げることもできない女の子に守られる権利を主張するほど、僕は怪物になったとしても、人から落ちたつもりなんかこれっぽっちもないッッ!!


「勝手なことをして……っ、私の気持ちも、考えてほしいんだ……っ」

「さらんさんこそ、僕の気持ちを考えたこと、ありますか?」


 売り言葉に買い言葉だったけど、本音だ。

 引き返さないし、取り消さない。

 生意気かもしれないが、言わずにはいられなかった。


「年下だから、弟子だからで、さらんさんが僕を気にかけてくれるのは分かります。

 僕もさらんさんのことは一人の保護者として見ていたこともありましたから……でも、忘れているみたいですけど、僕だって男なんです。

 さらんさんの裸にドキドキしたり、

 さらんさんの笑顔に見惚れることだって、あるんです……っ」


「……ふ、え……?」


 勢いに任せて凄いことを言ってしまったみたいだけど、

 後悔する暇もなく言葉が止まらなかった。

 さらんさんがすっと目を逸らした。慣れていないのか、戸惑っているらしい。


 ……落ち着かないのか髪をいじっている姿が……こほん、今は色惚けしている場合じゃない。

 伝えたいことを伝える。話はそれからだ。


「大切な人が戦っていて、失いたくない人が傷ついて、好きな人に守られている男の……僕の気持ちを、さらんさんはひとっつも、分かってないんだっっ!!」


「で、でも、私の方が強い……。

 弱い君が戦わなくていいことを、誰も責めたりはしないよ……それに、無理をして君に死なれでもしたら困る……誰よりも私が、嫌なんだ」


 僕は弱い。……うん、それは認めるよ、否定なんかできない。


 戦場を歩いて生き残れる可能性が高いのは僕よりもさらんさんの方だ。


 ――それが、さらんさんが慣れた戦場でならの話。


 充分なマナを取り込んだ状態だったら、だ。

 マナ切れを起こし、相手が始祖返りの亜人たちなら僕もさらんさんも状況は同じだ。


 戦闘経験豊富なさらんさんの方が長く生き残れるかもしれないけど、僕とそこまで大差もないだろう。なら、ここで僕が戦場に立っても変わらない。


 いや、今回に限れば、僕の方が適任だ。



「君を失いたくない、私の気持ちを汲んでほしい」


「さらんさんを失いたくない僕のわがままを聞いてください」

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