第31話 役立たず/蚊帳の外
きらなが足の爪先を車体の裏に引っかけ――、
さらんさんが隠れている車へ向けて蹴り上げた。
車体が放物線を描いて落下する。
さらんさんがすぐ横の車へ移動する……けど。
「逃がしませんよう」
きらなの指が車体に埋まっていった。
両手に一台ずつ、
同時に蹴り上げる一台を足せば合わせて三台がさらんさんを襲うことになる。
三方向だ。地形を利用されたら、逃げ道が限られてしまう。
唯一の逃げ道は百パーセントと断言してもいい……罠だ。
きらなは、さらんさんの移動経路を断定して、さらなる追撃を考えているはず。
時間差による四台目が、さらんさんの頭上に放り投げられた。
だが、さらんさんの体が押し潰されることはない。
僕が投げた五台目が、さらんさんの頭上にあった車体を横から突き飛ばしたからだ。
「……今更、水を差さないでくださいよう」
きらなの言う通り、今更だ。
加勢するなら最初からしていればいいものを、僕は現場にいながら傍観者だった。
さらんさんに、任せきり。
……なんで僕は見ているだけなんだよ……っっ!!
「さらんさんっ、僕が後ろにいる亜人たちの対応をしますっ、だからきらなのことはっ」
「ダメだッッ!!」
白いロープが僕の手に絡みついてきた。
限りがあるマナの力を割いてでも、僕を引き止めたかった……?
いかせない、と。
まるで、さらんさんの手で引き止められたような……。
さらんさんがすぐ傍にいるような気がした。
「ど、どうしてですかっ!? さらんさん一人じゃ、どうしたって対応できないですっ。
……だったら、この場に僕がいるんですから、僕を! 使ってくださいよっ!」
「それは……できないよ」
「どうしてですか!?」
「君を危険な目に遭わせられない。
守ると言っただろう……元の日常へ返すと約束しただろう……?
君に甘えるわけにはいかないのさ」
「でも……っ」
「それに」
車体の下で蠢く白いロープが後続の亜人たちを縛り上げていく。
新たに現れる亜人ほど状況を理解できていない。
そのためさらんさんの手口に気付く間もなく、気付いた時には縛られている。
縛られた亜人たちは周囲のビルに控えている狙撃手による睡眠薬で眠らされているため、マナが切れてもロープが千切られることもない。
僕の手助けなんて必要ないくらい、さらんさんの作戦は用意周到に準備されているのだ……僕が手を出せば、それは逆に、邪魔になってしまう。
邪魔だ、なんて言いはしないものの、だからこそ、さらんさんは僕を傷つけまいと、
『甘えるわけにはいかない』と言ったのだ。
「大丈夫だよ、勝てない勝負に挑むほど無鉄砲でもないさ」
「……僕は、じゃあ、どうすれば……っ」
「安全な場所で、隠れていてほしい。
もう、まさきのように誰かが傷つくところは見たくないんだ――だから。
君は無傷で私の帰りを待っていてほしい。それが一番の手伝いなんだよ、レイジ――」
そう言われてしまえば。
ロープから伝わるマナに乗ったさらんさんの感情を受け取ってしまえば。
……嫌だとは、言えなかった。
「はい……」
ゆっくりと、僕はその場から離れる。
きらなは一瞥もしなかった。
……されなかったことが、今までで一番、痛かった。
自立するロープに連れられ、戦場から離れたところでマナが切れたのか、ロープに引っ張る力がなくなった。するりと手首から抜け、地面に垂れる。
辿り着いたのは近くのビルだった。
パトカーが数台停まっており、無線機を持って警察官が連絡をしている。
僕に気付いていないわけではなさそうだが、声をかけてもこなかった。
向こうは僕の顔も名前も知らされているのだろう……、
保護するべき一般人ではないため優先はされない。
僕から声をかけるか? でも、忙しそうだしな……。
ビルの屋上では、狙撃手が控えている。僕もそこに合流するべきか?
「君、ビルには入らないでくれ。報告は受けているよ……彼女の仲間とは言えだ、現場をちょろちょろとされたら困るんだ。あまり手間を増やさないでくれ」
「す、すみません……」
近くにいた警察官に怒られた。
――役立たず、か。
僕が介入できる隙間なんてないほど、作戦は徹底して作り込まれている。
これも台本みたいなものなのだろうか。
言われてしまえば、ちょろちょろしているわけにもいかないが……だけど、じっともしていられなかった。
さらんさんが戦っている裏でのんびり待機なんかしていられない。
たとえさらんさんがそれを望んでいたとしても。……僕の、個人的なわがままだ。
……屋上へいきたい。
現場から離れることは譲歩するが、やっぱりさらさんの姿を見たい。
せめて屋上からでも……そのためには警察官の目を盗んで忍び込むか?
できないこともない……けど。
間違って作戦に支障でも出たりしたら、本当に僕は邪魔しかしていない。
「(居心地が悪い……っ)」
この場所もそうだけど、僕の立場も、だ。
一緒に行動を共にしたヴァナラとミノタウロスは早い段階で狙撃手に眠らされていたため、僕の裏切りを見ていない。
つまり、スパイであることをまだ知らないのだ。
二人には、僕がスパイであることがばれたくなかった。潜入任務は関係なく。
……嫌われたく、なかったのだ。
人間と亜人、両者の気持ちを知る中立と言えば聞こえはいいけど、
結局、僕はどっちかを切り捨てることができない、中途半端なだけだ。
「――そこの車っ、止まりなさい――止まれッッ」
警察官の怒号が僕の思考を途切れさせた。
びっくりした……。
警察官が車の前に飛び出し、気付いた運転手が急ブレーキをしたために、地面にタイヤ痕が長々とついてしまっていた。
……亜人が借りたレンタカーではない。
だからと言って車内にいるのが亜人ではないと限定することはできないが……そんな心配は杞憂だったようだ。
扉が開いて出てきたのは、マネージャーさんだった。
「え?」
「レイジっ、さらんはどこ!?」
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