第30話 声援/重荷
「レイジっ、お前の右手でこのロープを切れないか……っ?」
両腕両足を拘束されて地面に転がっているヴァナラからそんな声が。
……さらんさんが拘束した亜人を、僕の手で解放なんてしたら――。
僕は……。
いくら潜入任務を優先すべきだと言われても、さらんさんを裏切ることはできない。
「できないよ……っ」
「やっぱりお前の右手でも無理か――」
と、都合の良い誤解をしてくれたようで、ほっと安堵する。
安堵する……?
僕は、彼らに裏切り者だと糾弾されることが、恐かったのか……?
相手は、亜人なのに。
始祖返りをしたせいで見た目が完全な化け物だって言うのに。
人の心があるみたいに……なんて、以前の僕なら思っていたけど――あるのだ。
亜人にだって意思があるのだから。
短い時間だったけど、彼らと話している内に、僕は心を開いていたんだ――。
車内で繰り広げた会話。
楽しい時間。それを失いたくないって、思ってる……。
『亜人なんかと一緒にされたくないッッ!!』
ついこの前まで、僕はそっちの立ち位置にいた。
でもこの右手に変化したことで――いや、違う……僕の本来の姿に戻ったことで、亜人に対する認識が変わった。
変わらざるを得なかったとは言え、
嫌悪感を押し殺してみんなと付き合ってきたわけじゃない。
……さらんさんも、森下先輩も、きらなも――みんな同じ、デミチャイルドだ。
始祖返りをして見た目が変わっても、その人柄が変わるわけじゃない。
記憶も、思い出も、消えてなくなるわけじゃないのだ……っ。
ヴァナラもミノタウロスも、僕からすればもう、すれ違っただけの赤の他人じゃない。
「(人間の嫌悪も亜人の恨みも、僕は分かっているんだ……ッ)」
垣根を越えた僕だからこそ。
両者の溝を偶然に越えてしまったからこそ、見えた景色がある。
…………こんなの、和解なんて不可能だ。
共存なんて夢のまた夢。
だって、どちらも相手の意見を聞こうとしないで、覆らない先入観のまま悪だと決めつけ見下し、踏みつけにしている。
その優越感を望んで手放す物好きがどれだけいるか……仮にいても、それぞれの枠内で異端だと判断される。少数派が切り捨てられていけば、現状の構図は永遠に変わらない。
劇薬でもない限り。
……劇薬は劇薬でも、魔法少女の対立は完全に毒へ傾き過ぎている気がする……。
亜人側へ寝返った魔法少女に、もしもさらんさんが破られたら、魔法少女の支持は失われ、これまで信じられてきたヒーローが一転して、怪人として認識されてしまうだろう。
そうなれば、和解からさらに遠ざかる。
膨らみ過ぎた値が、今更いくら増えようが関係ないかもしれないが……それでも、だ。
さらんさんがここで負けることは、許されない。
「分かっているよ」
僕の声が届いたわけではないだろう……口に出したわけではないのだから。
視線……空気感でも、伝わるものだ。
きっと、僕だけでなく、政府や世間、仲間からの期待に答えただけなのだ。
魔法少女の人気ナンバーワンであり、ゆえに看板を担い、尚且つ台本以外の舞台にも立ち、亜人たちによる凶悪犯罪を阻止してきた。
実績と安心を兼ね備え、勝利の確信を抱かせる期待を、さらんさんは一手に背負っている。
さらんさんならきっと――守ってくれる。
絶対に、勝ってくれるっ!
上空に一機のヘリが飛んでいた。
中継用のカメラが僕たちを映している。
テレビの前にいる老若男女の国民が、さらんさんが亜人たちを捕まえ、組織を壊滅させてくれると信じているだろう。
一つのレンズを通して数千、数万という瞳がさらんさんの勇姿を見ている。
「それ、重たいんじゃないですか?」
「なんのことだい?」
「大した精神力ですよねえ……。
わたしだったらそんな重荷、とっくのとうに投げ出してますよう――っと」
きらなが腕に絡みついていた白いロープをぐんっ、と引っ張った。
二人とも身体能力は高い……だけどさっきも言っていたように、ニンフのさらんさんがアマゾンのきらなに力で勝てるわけもない。
明確な、種族の差がある。
釣られたように宙を舞うさらんさんだったが、
しかし、空中で手を離し、最悪の事態は回避した。……でも、空中じゃ身動きが……っ。
「おや、きらなも飛び出すのかい?」
さらんさんの言葉に、きらなが踏み止まった。
「空中では身動きが取れない。
今の私がそうだけど、長物を持たない君が飛んでも、条件は同じだろう?
せっかくの優位を自分の手で潰したいのかな」
きらなが躊躇っている隙に、地面に垂れていた白いロープがマナによって動き、きらなの片腕と片足をまとめて縛った。
「わっ」
そうこうしている間に、さらんさんは別の車の上に着地している。
「今のきらなだったら、飛んでしまっても良かったのにね」
「せんぱいが飛ぶなって言ったくせに……っ」
「言っていないよ。
優位を潰すかもしれない、とは教えたけど、結局飛ばなかったのは君の選択だろう?
君の判断を私のせいにされても困るよ」
きらながむすっと、頬を膨らませた。
「……ヒーローらしくない手口を使うんですねえ……その口、卑怯ですよ?」
「台本がない以上、セリフは私で考えるよ。
それに私ではアマゾンに対抗できないことくらいしっかりと自覚しているさ。
……力で無理なら知恵を使うまで」
「……それがヒーローのやり方なの?」
「まず大前提に、ヒーローは勝たなければならない。
勝てる見込みがないのに欲張ったりはしないさ。
台本みたいに都合の良い助けがきたり、怪人側が困るようなアクシデントが起きればいいけど、期待できないなら勝てる道筋を自分で作るしかない。
きらな、君が守ってみせろと言ったんだ。守り方にまで文句は言わせないよ」
「ふうん。勝つことが大前提、ね。それには大賛成だけどお――」
その時、僕の真上を、大きな質量が猛スピードで通り抜けた。
一瞬だけ、日の光が遮られる。雲では、ない。
回転する車体が、さらんさんに突っ込んだ。
「卑怯な手口を使ってもいいけど、それで手が追いつくならやってみれば?」
思えばここは、亜人たちを一網打尽にするために、意図的に封鎖した箱庭だった。
さらんさんの白いロープが亜人たちを順番に拘束することで制圧する予定だったらしいけど、きらなが邪魔したことで、当初の予定通りとはいかなくなった。
つまり、順番に一人ずつ処理するはずだった亜人たちが、現在、まとめてさらんさんに押し寄せてきていることになる。
検問を抜けてきた亜人たちを対処しながら、きらなの相手をする……いくらさらんさんでも、一つのミスもなく手が回るとは思えない。
「さらんさんっ!」
車体と車体に挟まれたかに見えた彼女の姿はもうそこにはなく、
もぬけの殻になった周囲の車を目隠しにして、きらなの背を取っていた。
――よしっ、きらなさえ拘束してしまえば、迫ってくる亜人たちの対処も楽になる。
きらなはまだ気付いていな――
彼女は、僕を見ている。
…………ッ。
しまった!
僕の視線から、さらんさんの位置を確認したのかっっ!!
「ぱいせんはほんと、分っかりやすいですよねえ」
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