第29話 裏切り/憧れ

「レンタカーの弁償……これ、俺たちのせいか?」


 前方、溜まった車の何台も先に、大きな別のミノタウロスの背中が見えた。

 色合いが異なる牛頭を持つ、始祖返りをした亜人。


「なるほど……はめられたのか……。

 どっかの誰かが漏らしたのか、情報を知らぬ間に抜き取られたのか分からないが……亜人が品川方面に集まることをどうやら政府は知っていたみたいだな」


「検問をあっさり抜けて、しかも追いかけてこないのはそういうことか。

 俺たちはわざわざ順番待ちで、あいつらに捕まりにいっているってわけか」


 騒ぎに気付き、周りの車から、始祖返りをした亜人たちがぞろぞろと出てくる。


 前方の加勢をしようと動けば、周りのビルから発砲音。

 足下に、何発も弾丸が飛んできていた。


 動けば撃つ……そう警告されていた。

 ――完全に包囲されている。


「きらな……前で戦っているのってさ……っ」


 地面に近いからこそ分かる、車体の真下をまるで蛇のように蛇行して移動しているのは白く細いロープだ。

 まるで自分の意思を持つかのように亜人たちの足に絡みつき、徐々に上半身へ登っていき、両足、両腕を拘束している。


「外装強化……? 取り込んだ体内のマナを、武器に流しているのか……」

「器用なことをする奴がいたもんだなっ――」


 ヴァナラとミノタウロスが絡みつくロープを千切ろうとするが、びくともしない。

 ミノタウロスにとっては人差し指よりも細いロープにもかかわらず、だ。


「たった一本のロープに、どれだけのマナを流し込んでいる……っ!?」


 ぐるぐる巻きにされたミノタウロスの巨体が背中から地面に倒れた。

 ずしんっ、と周囲の車体が僅かに跳ねるくらいの振動が伝わる。


「君たちのは特別製さ」


 ととん、という着地音。

 見上げると、車体の上に真っ白な女神がいた――。



「さらんさん……」

「レイジ、君は最優先に助ける……そして、きらな……分かっているだろう?」


 僕の潜入任務について、さらんさんは知っているみたいだが、きらなに関しては情報伝達が上手くいっていないようだ。

 いや、そもそもきらなの独断行動なのかもしれない……さらんさんは、きらなが僕たちを裏切った、と思っているのだろう。


 違う、そうじゃないんだと説明したかったが、ここで事情を説明し、きらなの目的が潰されてしまうのであれば、迂闊なことはできない。


 じゃあ、このままきらなを裏切り者として受け入れる……?

 他の始祖返りの亜人と同じく、拘束しなければならないのか……?


 そんなこと……っ!

 察して欲しくてアイコンタクトでさらんさんに訴えるが、彼女の瞳の奥から伝わる怒りに、僕はなにも言えなくなった。


 さらんさんらしくない……。

 怒りよりも、憎悪の方が強く見えた。


「……さらん、さん……?」


「まさきの大怪我は、今後に影響するものだった。

 松葉杖がなくては生活できないほどにね……。

 魔法少女として、活動できるかも分からない……。

 始祖返りをした君がデミチャイルドのまさきに、加減なく戦えばどうなるかくらい、予想できたはずだろう?」


 さすがに、楽観視したまま戦うきらなではない。

 予想した上で……?


 できなかったのではなく、しなかったのだったら。

 大怪我をさせるつもりで、森下先輩と戦っていたのなら。


 ……先輩ときらなが戦っていたのは、亜人側に潜入するために必要な、表向きな儀式のようなものだと思っていた――。

 普段の台本と同じく、戦う振りをして、頃合いを見て離脱する……そんな風に亜人たちの目を欺いていたのかと思っていたけど……違う。


 きらなは本当に、亜人側に寝返った……?

 そうでもしなければ、達成できないことがある……?


「きらな……?」


 僕の上に跨がる、少女の目の色が変わった。

 彼女の小さな手が僕の首を絞める――寸前で、白いロープがきらなの手首を絡め取る。


 ぐんっ、とさらんさんに引っ張られ、きらなの体が僕の上から離れた。


 空中で回転し、体勢を立て直したきらなが車体の上に着地する。

 片手を手刀の形にし、ロープを切ろうと振り下ろすが、ぐいんっ、とロープがたるむ。


「リードみたいで良い気分じゃないですようこれ……」

「君には首輪が必要だと思っていたけどね……それよりも必要なのは手錠かな」


「恐いですよう……せーんぱい。手錠をかけたいなら好きにしたらいいですけどお、そもそもニンフの先輩が、アマゾンのわたしに勝てるんですか? 

 始祖返りした平等な状態でも、種族の差がそのまま戦況に影響しますけど」


「そうだね。でも、戦闘経験の多さが、足りない部分をカバーしてくれると思うよ」

「台本通りの『嘘』を、吐き続けていた経験ですか?」


「全部が全部、台本通りじゃないさ。……嘘、か。それが君の動機かい?」


 小さな頃から憧れていた魔法少女。

 しかし実際の内情は、嘘で固められた、正義の面を被った政府の犬だった。


 大人の計算で成り立っていた正義のヒーロー。


 それが今の社会には必要なのだと理解していても、

 夢を壊された最初のショックは消えたりしない。


 その気持ちは、分からないでもないけど……、

 じゃあ、きらなは一体なにをしたかったんだ……?


 魔法少女の体制を壊す? だから亜人側へついた?


 魔法少女に憧れるあまり、敵側へ回ることで達成できる目的は、なんだ?



「嘘はもう、やめです。

 今の子供たちは、今の魔法少女を見ているんですよ。

 憧れて、ああなりたいって夢を見て、世界は平和なんだって安心できる……っ、それを計算と嘘で演出したら、子供たちを騙していることになる。

 狙いがなんだとしても、それは裏切っているのと同じじゃないですかっっ!!」


「ならば、どうするつもりだい?」

「本気で、魔法少女を潰します」


 計算も嘘も演出も否定し、魔法少女として、ヒーローとしての現実を見せるために。


「台本があるとすれば、わたしが魔法少女に求めることはたった一つですよ――」


 無茶ぶりでもなんでもなく、小さな頃、きらなだけじゃなく、魔法少女を見ていた子供の誰もが胸の内で信じていたこと――これこそがヒーローの役割だと言わんばかりに。


 きらなが吠える。



「社会も子供も夢も信頼も――を、っっ!!」

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