第28話 検問/一網打尽

「日焼けサロンにでも通ってるの? その肌……天然ものじゃないよね?」


「天然ものではないし日焼けサロンでもないですう。

 始祖返りしたらこんな肌になっただけですよう。

 ……似合ってないって言いたいんですか? 

 お兄さん、初対面のくせに中々に毒のあること言いますねえ――」


「そういうつもりじゃなかったけど……気を悪くしたなら、ごめん」

「気にしてないですから。ただ、罪悪感は持っていてほしいってだけですよー」


 ……乗ってきた。

 乗ってきたということは、つまり、そういうことだろう。


 きらなにとっても、僕と旧知であると知られるのは避けたいらしい。


 タイミングは違えど、同じ時期に加入した新人……その二人が知り合いだった、となれば偶然で片してくれるとは限らない。

 ……このヴァナラなら偶然で納得してくれそうな気もするが、石橋だとしても叩いて渡りたい気持ちだ。


 念には念に、念を押す。

 僕ときらなが結託して加入したと疑われたら、潜入任務に響いてしまう。


「きらなはアマゾンなんだ。剣弓槍拳となんでも使える。

 身体能力も他の始祖返りよりも突出してる……だったよな? 個人差はあるけどな。

 種族で言えば、力と速度と耐久力、全てがバランス良く整ってる。

 俺たちとは大違いだよなっ」


 ヴァナラが隣にいるミノタウロスの肩を叩いた。

 確かに、身軽なヴァナラ、一撃の重さならミノタウロスに軍配が上がる。


 両者には及ばないが、アマゾンも大きな差はない。

 エルフのように魔法は使えないが、同様に武器の扱いにも長けている。


 先陣を切るなら彼女に任せた方が効果は期待できる……。

 女の子の背にいる僕らの印象は良くないけど。


「リザードマンなんか一捻りでやられるぞ、あんまり怒らせるなよ?」

「……気を付けます」


「なにもしなければなにもしませんけど……わたしを蛮族ばんぞくかなにかだと思ってます?」


「アマゾンって蛮族なんじゃねーの?」

「後頭部ぶん殴りますよー?」


 ヴァナラが背もたれから背中を少し浮かせた。


「運転中だからなっ、というか、冗談冗談っ」


 そんな会話をしていると、地下駐車場から車が出る。

 薄暗いところから急に日の下に出たので、眩しさに目が焼けそうになった。


「お前ら年齢も近そうだし、仲良くしろよ。

 片や先陣、片や暗躍、戦場でこそ会うことはないだろうが、不仲でいられたら俺たちも普段困るしな」


「? 暗躍ってなんです?」


「人間側へのスパイ。まあ、まだ本決まりってわけじゃないけどな。

 右手だけ始祖返りしたそいつを戦場に出すわけにもいかないし……あ、そう言えば名前、聞いてなかったな」


 僕が加入してから、まだ全員の名前を聞いていなかった。

 当然、きらなとも自己紹介を交わす。


「よろしくな、レイジ」




 車内での会話は、至って普通の、プライベートな内容が多かった。

 シリアスな空気なんて最初の方だけ。


 途中から友達みたいに打ち解け、きらななんか元よりも砕けた言葉遣いになっている。

 始祖返りした二人は当然、僕たちよりも年上なんだけど……、しかも学生ですらない。


 本人たちは、社会人とは呼べない、と言っていたけど、

 たとえフリーターでも仕事をしていれば僕たちからすれば充分に立派な社会人だ。


「もしも、デミチャイルドでなければ……今頃は就職できてたのかもな」

「いや、普通に面接で落ちてるんじゃないか?」


「かもなあ」と、前の席で二人が話す。


「それももうしばらくの辛抱だろうよっ。

 あと少しで……もう就職活動に追われることもなく、

 人間を使い潰せるオーナーになれるんだ」


「それはそれで、経営者のつらい部分を引き受ける気もするが……」

「夢がねえよこの牛頭うしあたまっ。物事の暗い部分は今は考えなくていいんだよっ」


 車は豊島区から離れ、品川方面へ向かっている。

 でも、具体的な場所までは分からない。


「(ねえ、これってどこに向かってるの?)」

「(さあ? わたしもわかんなーいでーす)」


 こそこそときらなと話していると、ミラー越しに見られていたようで、


「他の部隊と合流するつもりだ。

 場所は……、情報漏れを防ぐためにも明確にここって指示されたわけじゃないんだよな。

 いけば分かる……らしいんだが。花火でも打ち上げてくれれば分かりやすいけどな」


「他の部隊にはどんな始祖返りの亜人が?」


「さあな。俺らも会ったことないし。SNSで何度かレスを交わしたくらいの関係だ。

 オフ会だと思えばいいのかもな。人間への憎悪で意気投合してじゃあ会いましょうって流れだったはず……酒の勢いもあったし、よく覚えてないけど……会えば思い出すだろ」


 なんだかテキトーだ……。

 国家転覆を狙う犯罪組織がこんなノリだと、敵ながら心配になってくる。


「(質よりも量って感じの組織だ……)」


 一枚一枚は薄くても、核心に辿り着くまでに何重にも人材がいて層が厚い。


 未だにトップの名前さえ出ないとなると、本当にいないのかもしれない……。


 気付けば、車が渋谷区に入っていた。


「わたしたちがいると常時ハロウィンって感じですよねー」

「お前らは溶け込めるだろうけど、俺とこいつは完全にバケモンだから浮くぞ」


 巨体のミノタウロスは、確かに仮装の域から出てしまっている。

 もはやハロウィンではなく、三蔵法師一行だ。


「……やべ。警察がいるな……」


 都心に近づくにつれてパトカーや白バイクが多いとは思っていたが、ここにきて検問のような、警察官のバリケードが出来ていた。


 いちいち車を止めて中を確認はしていないみたいだけど、この車内を見られたら一発で止められるだろう……助手席のミノタウロスはどうしたって隠しようがない。


 巨体過ぎて車体が一部、膨らんでいるくらいなのだから。


「ど、どうするんですか……?」


「ん? ああ、問題はないぞ。こんな危機、危機でもないし。いつもと同じだ。

 経験則で言えば、小細工は無用――亜人らしく、ごり押しで突破してやる」


 アクセルが強く踏まれ、車の速度が一気に上がる……、っっ。

 背中が座席の背もたれに張り付いたように、動かなくなった。


「うぎぎ」

「あはっ」

 隣から漏れたような声。


 笑いごとじゃないけど、僕も表情が引きつって、笑みに変わっていたかもしれない。


「さて、突っ込むぞっ!!」


 警察官が笛を吹くが、構わず進む。

 進路を塞いでいた警察官が左右に散っていった。


 赤いコーンが宙を舞う。


「ひゃっほうっ! スカッとしたなあ今っ!」

「気を抜くな」


 ミノタウロスが静かに忠告する。

 ……しかし追ってくると思われたパトカーは見えず、サイレンさえも聞こえてこない。

 検問を力尽くで抜けた僕たちを問題なしと判断するはずもないけど……。


「今この場所が検問と検問の間なら、すぐにもう一つ関門があるはずだ。

 連絡がいっていれば、

 今度は武装をした上で待ち構えられているだろうな……だから気を抜くな」


「へいへい……ん? あれが検問か?」


 前方で車が溜まっていた。


 検問だとしたら、早い。

 さっき検問をした(僕たちはしてないけど)ばかりなのに、もう次の検問だ。

 厳重に警戒したいのは分かるが、人材を割き過ぎている気もする。


 それに、普通に道を通りたい一般の人からすればこうも連続だとストレスだ。


「これは突っ込むわけにもいかねえな。

 並んでわざわざ検問を受けるっていうのもバカバカしいが……」


 迂回をしても、いずれは検問に当たるだろう。

 同じように車が溜まっていれば避けられない。

 目的地を変更できれば一番楽だけど、連絡手段がない以上、難しい。


 合流のためのメッセージは、『いけば分かる』。

 でもそれは、いかなければ分からないのだ。


「車を降りて歩いていくか?」


「徒歩だときつい。

 まだ目的地まで距離があるし……でも、最悪、乗り捨てることも考えておかないとなあ……」


「乗り捨てるのは勘弁な。懇意にしてくれてる店主から借りたレンタカーだ」


 亜人に貸してくれる店も限られてくる。

 昔に比べたらマシだけど、亜人を客と見ない店も少なくないのだ。


 だから亜人がレンタカーを借りる場合、一店舗の集中する可能性がある……。


 ……そういうことか。


 周囲の車は、車種は違えど同じ店舗から借りたレンタカーである。

 根拠は、店舗証明のステッカーが車体に貼られていたからだ。


 あれもこれも、どれもが同一店舗から借りられたレンタカー……偶然? 

 いや、集まるべくして集まったと言える。


 パトカーが追ってこないのは、追う必要がないから。

 亜人が乗る車をあえて見逃し、一部の区間に意図的に集めているのだとしたら。


「……これって、一網打尽に……?」


「――ぱいせんっ、外っっ!!」


 きらなに抱き抱えられ、車の外へ押し出された。

 シートベルトは切られ、扉も力尽くではずされている。


 きらなに押し倒された形で、僕たちは亀のように丸くなって地面に伏している――。


 次の瞬間だ。


 遅れて、僕たちが今まさに乗っていた車の上に、別の車が落下した。


 車体が潰れる。


「っっ」


 逃げ遅れた前の席に座っていた二人は、落下してきた車体に潰されて――いない。


 ミノタウロスの巨体は落下の衝撃を受け止め、ヴァナラは衝突の瞬間に内側から殴ることで衝撃を相殺させた。

 ヴァナラで可能ならアマゾンであるきらなもそれで対処できたと言える……だから僕だけが、身を守る術を持たない。


 右手を使えばできなくもないけど、咄嗟の判断ではできるはずもない。

 それを見越して、きらなが僕を守ってくれたのだ。


「なに、が……?」


 落下してきた車には誰も乗っていなかった。


 だからと言って、車体が何回転もして放物線を描きながら宙を舞うことはないだろう。

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