第26話 潜入開始/二人の魔法少女

「そんなのいつものことだけど?」


「ま、そういうことにしといてやるよ。

 そんなことよりも避難はいいのか? いつもならもっとスムーズに誘導していたのにな。

 ミュルミドーン一派は? 怪人警報は? いつもとなにかが違うよなあ?」


 くつくつと笑いながら、ミノタウロスが指摘していく。

 そう言われると……、と周囲の人たちの視点も間違い探しに移行している。


 パニックにならないだけマシだけど、それも時間の問題だろう。

 いつもと違うとはっきりすれば――魔法少女が機能しないとばれてしまえば。


 町は大混乱になる。


「マナの葉の一件でこっちもてんやわんやなのよ。

 対応が遅れているのもそのせい……だけど、あんたたちの企み通りに全てが機能停止したわけじゃないわよっ!」


「くくっ。で、どうする?」

「あんたたちを退治するわ」


 先輩の強い視線。当然、僕も標的だ。


「始祖返りもしていないたかだか人間と比べたらマシな身体能力だけで、なにができる」


 先輩は、僕と戦う予定だったからこそ、作戦に乗ったはずだ。

 始祖返りの亜人と戦うことは想定していなかっただろう。


 僕も、まさかこの場で引き抜かれるとは思っていなかったのだから。


「それ、は…………っ」

「乗ってやろうか?」


 甘い言葉。もちろんそれが罠だというのは分かる。


「――バカ、に……っ」


 先輩の意地も分かるけど、ミノタウロスの言う通り、なにができるのか。

 丸腰に等しい先輩が立ち向かったところでただ返り討ちにされるだけだ。


 ……選択肢が提示されている。


 ミノタウロスに頭を下げて、観衆の期待を裏切らないように、魔法少女を立てる台本通りに動いてもらうか。

 もしくは、始祖返りの亜人に降伏した姿を見せてでも、この場から逃げるか。

 ……魔法少女のブランドイメージが、森下先輩に委ねられたのだ。


 魔法少女とは言え一人の女の子だ。

 逃げても、責める人はいるだろうけど、

 仕方がないと納得してくれる人も一定数はいると思う。


 森下先輩もそれくらいは分かっているとは思う。でも、まだ悩んでいる。

 逃げてもいい場面でも逃げないのは、自分のためではないからだ。


 自分の命と自分の評価なら、もちろん命を取る。

 だけど、自分の命と他人の評価であれば?


 たとえば、さらんさんの評価が天秤に乗っていれば――森下先輩は譲らない。


 さらんさんのこととなると、基本的に面倒ごとを嫌う先輩が、多大な労力を割いてでも貢献しようとする。

 きっと、僕と同じなのだ。恩……信頼。


 家族に向けるような好意がある。

 先輩の表情が、腹をくくったそれに変わった。


「この場で、あんたを捕まえるわ。そして、仲間の居所を吐き出させてやる……っ」


「ああそうかい。捕まえる、ね。退治と言わなかったことは配慮してやろう」


 すると、ミノタウロスが太い指で僕の首根っこをつまんだ。


「うわ!?」

「さて、オレたちは先に戻ってようぜ。確認してなかったが、一緒にくるよな?」


「それは、いきますけど……え、でも、もり……彼女は……?」

「魔法少女には魔法少女をぶつけようぜ。溜まっていた鬱憤とかもあるだろうしな」


 ミノタウロスの視線の先、人混みの中に派手な衣装を纏う少女がいた。


 イメージカラーは、オレンジ。

 なぜか、肌が南国帰りのように、色黒だ。


 あの子、は……、


「魔法少女は人間共の救いにはならねえことを叩き込んでやるんだ。

 元より台本通りに動くことで作られたヒーロー像だ。

 年齢層も決められている……所詮はガキ。非常時に冷静に動ける奴なんか数えるくらいしかいねえよ。オレたちはその限られた奴らを始末すればいい……簡単だろ? 

 それだけで人間共の警備の性能はガクンと落ちる。

 銃撃砲撃毒ガス諸々、始祖返りしたオレたちには効きやしねえんだ」


 ミノタウロスが僕の体を肩で担いだ。

 重たい体でアスファルトを割りながら、その場から遠ざかっていく。


 向き合う少女の会話は聞こえない。


 二人の魔法少女。


 マナの葉を求めた者と、求めなかった者。


 人間を恨んだ者と、恨まなかった者。


 ……優れた師匠がいながら、どうして君は……。



「(あっち側にいったんだよ……きらな……っ)」




 連れていかれた先は地下駐車場だった。


 薄暗い。

 奥の方までいくと完全に無音だ。


 エンジン音がしていなければ、換気扇の音しか聞こえていなかっただろう。

 すると、柱の死角になっている駐車スペースから光が漏れる。


 近づくと、六人乗りの車のヘッドライトが瞬いていた。


 窓が開く。

 顔を出したのは始祖返りをした亜人だ。


 猿の容姿を持つ、ヴァナラ――。


 彼が顔を出して聞いた。


「そいつは?」

「新顔だ」


 すると、後部座席の扉がスライドして開く。

 首を回して見ると、中には誰もいなかった。


「投げるぞ」

「えっ?」


 言葉を返すよりも早く、ミノタウロスが肩で担いでいた僕を車内へ放り込んだ。

 勢い余って反対側の扉に頭を打ち付ける……窓ガラス、割れてないよね……?


 仮に割れていたとしても、これは僕のせいじゃない。


「暑苦しいなあ……後ろの方が広いんだから後ろに乗れって」


 三メートルの巨体が、無理やり助手席に乗ろうとしている。

 牛頭が天井に沿ってお辞儀をしてしまっているほど、窮屈そうだ。


「オレはいつもの定位置じゃないと落ち着かない性格なんだよ」

「ったく……で」


 猿顔が振り向き、僕を見た。


「まだ人間のまま? ……右手は始祖返りしてるみたいだがなあ……ほら、これ。

 マナの葉だ。いつ人間共に襲われるか分からないんだ、今の内に取り込んでおけよっと」


 マナの葉と言っても、恐らく水分を取ったものだろう……、


 緑色の原液が細長い試験管に入っている。


 コルクを抜いて中身を嗅ぐ、

 もしくは原液を飲めば、僕の体はリザードマンに変わってしまうはずだ。


 ……あくまでも潜入しているだけであって、僕は亜人の陣営についたわけではない。

 人間に戻りたいのに、始祖返りをしてしまっては本末転倒だ。


 躊躇う僕の様子を見て不信感を抱いたのか、ヴァナラが眉をひそめる。

 ……まずい、彼らに疑念が生まれた。


「どうした? マナの葉を取り込めない理由でも?」

「…………」


 亜人の陣営につくのであれば、始祖返りは最低限の条件なのだろう。


 人間のまま亜人側につくと言い張るのであれば、人間側の手先だと判断する……そう言われている視線だった。


 考えろ……っ、人間の姿のままでも、亜人側につくことができる理由を……っ!

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