第25話 最低値/話題性

 特殊メイクが使えないため、顔を隠すフードを目深に被る。


 右腕の攻撃力を見せつければ、人の姿をしていても怪人……もしくは始祖返りをした亜人だと周囲の人たちは判断してくれるはずだ。

 パニックになれば、亜人梯団が僕を見つけてくれる可能性も上がる。


 気を付けなければならないのが、さらんさんのように、暴れる亜人を対処する実戦経験がある魔法少女に狙われることだ。

 右手だけが亜人の僕には、到底太刀打ちできない。


 そのためにも、森下先輩が必要になる。

 暴れる僕を先輩が対処している、と示すことでこの空間を邪魔させない……暴れてもすぐに取り押さえられては意味がないのだから。


 できるだけ多くの人の目に触れたい。

 ただ、


「作戦通りにいっても、勧誘されるのは僕だけだろうけど……」


 怪人を誘う理由があっても、魔法少女を誘う理由はないだろう。

 ましてや、現在進行形で怪人を退治している魔法少女を、だ。


 いくら真偽を確かめずに人を集めていると言っても、反抗心がある者を率先して引き込もうとはしないだろう。


 つまり、潜入するのは僕一人になる。

 先輩はまだ気付いていないだろうけど、

 遅かれ早かれ、気付くはずだ。隠し通すことは難しい。


 後々、説教されるだろうけど、まあ、これは必要悪だろう。

 森下先輩のことも守りたい僕からすれば、願ったり叶ったりの展開だった。


 彼女に無茶はさせられない。

 潜入任務は、僕一人で充分だ。


 デミチャイルドの多くが自宅待機しているせいか、人通りが少なくなったように見える駅前。

 それでも充分に多い。普段がどれだけ過密なのかを改めて実感させられる。


 駅前から離れ、映画館やゲームセンターがある大通りへ。

 六十階建てのビルを目指して、人の波に乗って進む。


 ゲームセンターの壁に背を預けながら、スマホを取り出し連絡をする……ちなみにマネージャーさんには報告していない。

 言えば絶対に止められるだろうし、さらんさんに伝わってしまえば、彼女の邪魔になってしまうかもしれない……。


 これは僕の独断だ。

 森下先輩は、あくまでも僕の案に乗っただけだ。


 それでもやっぱり、全部が終わった後でお咎めなしとはいかないだろうけど――。


「あ、森下先輩。準備……いいですか」


『いつでもいいわよ。あんたこそ、今更怖じ気づいたわけじゃないわよね? 

 ……いや、いいんだけどね、やめたければやめても。情けないとか思わないから。

 あんたが一人でやろうとしている潜入任務だって、本当は避けるべき危険なんだから』


「……気付いてたんですか」


『当たり前でしょ。抜け駆けはさせない――と言いたいところだけど、あたしの役目がないと成り立たない作戦なら、しないわけにはいかないのよ。

 一応、勧誘されたあんたを後ろから尾行するつもりだけど……助けは期待しないでほしいわ』


「充分です」


 森下先輩の息遣いが聞こえる。

 数秒の沈黙の後、だ。


『――はじめるわよ』




 壁から背を浮かせ、行動開始。


 人の流れに乗るでも逆らうでもなく、僕は大通りの中心で立ち止まる。

 通る人たちは僕を避けて進んでいく。

 邪魔そうな顔はするものの、直接、なにかをされたり言われりすることはなかった。


 右手に巻いていた包帯を取る。

 締め付けて小さく見せていた手が剥き出しになる。


 左手と比べて、大きく変化している右手を振り上げる。

 さすがに周囲の人も僕の手に気付き、足を止めた。


 ……野次馬を巻き込まなくちゃ騒ぎにならないけど、怪我をさせるわけにはいかない。


 加減が難しい……かと言って中途半端なことをすれば、敵を釣れない。

 被害ゼロはさすがに無理でも、最低限の被害に抑えるなら――。


 地面に爪を立て、手の平の大きさの岩の塊を取り出す。

 それを、目先の道路へぶん投げるっ!


 通りがかったバスの縁に当たり、片輪が浮いた。

 制御が利かなくなったバスがガードレールを擦りながら横転する。


 一応、回送車を狙ったものの、運転手はいるわけで、そこだけが心配だった。

 横転したバスの下敷きになった人もいない。


 やがて、後続車が先に進めずに止まり、どんどんと道路に溜まっていく。

 バスを横転させた岩が片側車線を塞いでいるため完全に通行止めだ。


 交通の麻痺。

 これで話題性は充分だろう……。


「おい! お前ッ」


 一部始終を見ていた男性が、僕の胸倉を掴んだ。


「なにをしたか分かっているのか……ッ!? このまま警察に突き出してやるッッ!」

「どうやって、ですか。あなたには、この右手が見えていない?」


 鋭利な爪を男性の首筋に突きつける。


「……やってみろ。やればお前たち亜人の立場がこれ以上に悪化するぞ……っ、それでもいいと言うのなら、好きにすればいい……っ」


 男性の手が震えている。僕が手を出さない根拠があるわけでもなさそうだ。


「……これ以上、どう悪くなるって言うんですか」

「それは……っ」


「きっと、ここが最低ですよ」


 男性の胴を右手の親指で弾く。

 成人男性が五メートル以上も飛び、集まっていた数人の男性に受け止められていた。


 しかし、その後ろ、ドミノ倒しのように人が倒れていく。


 周りから正義感だけが強い人たちの声が飛んでくるが、僕が一歩、足を進めただけで怒声がぴたりと止まる。右手を前にかざしただけで、人々がゆっくりと後退していった。


 人との距離が開いていく。

 たぶんこの距離こそが、今の亜人と人間の溝なのだろう。


「……そう簡単に埋められる距離じゃなさそうだね」

「埋める必要があるのか?」


 背後。


 三メートルはある背丈。

 筋肉隆々の胴体と牛頭を持つ、始祖返りの亜人。


 この亜人は……ミノタウロス。


 ――釣れたっ。


「リザードマン……か? 中途半端な始祖返りだな。誰のお得意さんだ?」


 マナの葉を誰から貰ったのか、そういう話だろう。


 この口ぶりからすると、売り手と買い手をパートナーとして結びつけているのか。


 マナの葉の売人は、栽培者と通じている可能性が高い。

 そこからさらに首謀者まで通じることができれば、さらんさんの助けになるはずだ。


「お得意さんなんていないよ。ワーウルフに嗅がされたんだ……」


「ワーウルフか。それだけじゃさすがに誰だかピンとはこないが……まあいい。

 この騒ぎを起こしたのはお前だろ?」


 ここでしらばっくれる意味はない。


「……そうだけど」

「ただの憂さ晴らしか?」


「だとしたら、悪い?」


「悪くないな、オレも遠目から見ててスッキリしたぜ。

 人間共が慌てふためく様子を見ていると、自分の中の悪いもんが洗い流されていく気分だ!」


 ミノタウロスの高笑い。

 それをかき消すように、交通が麻痺したことでクラクションが鳴り響く。


「ちっ、うるせえ。せっかくの良い気分が台無しだ」

「……なにするつもり?」


「うるさい車を吹き飛ばしてくる。なあに、中の人間がどうなろうが知ったことじゃねえよ。

 オレの始祖のミノタウロスは問答無用で射殺された。

 本気で戦えば人間の兵器では撃退できねえってことでな。

 ま、こうしてオレがいる限り、子孫は残せたみたいだが――」


 吹き飛ばされた車の運転手が生き残れる確率は低い。


 止めなければならない。

 でも、ここで止めればせっかく釣れた大物を逃がすことになる――首謀者へ繋がった糸を切るか、被害者を見捨てるか、選択が迫られる。


「ま、待っ――」



「止まりなさい、化物」



 僕の声を遮り、人混みの中から一つの声。

 周囲の人が声の主から離れたことで、姿が見えてくる。


 イメージカラーは緑。

 魔法少女の衣装を身に纏う、森下先輩だ。


 エルフのデミチャイルドらしく、緑の衣装を着ると森の妖精にしか見えなかった。


「……魔法少女か。くっくっ、大丈夫かよ? 今回のこれは、予測不可能だぞ?」


 このミノタウロス……もしかして、魔法少女の秘密を知っている……?


 まさか……元、怪人役の……?

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