第24話 亜人梯団/拙い作戦
「僕は……一応、マナの葉を一度、体内に取り込んでいます。
この右手がありますからね……だから、
仲間に入りたいと言えば、潜入することはできると思います。魔法少女ではないので顔も割れてはいないでしょうし、スパイだと疑われることもないはずです」
一度、怪人として立ったが、特殊メイクをしたおかげで素顔は見られていない。
それに、仮にスパイだと疑われていても仲間にしてくれる可能性が高い。
今は身元の真偽よりも人の数を重視している。
裏切り者を炙り出して始末するよりも、たとえ得体が知れなくても取り込んで組織としての見え方を膨らませたい時期のはずだ。
亜人の集団の存在が大きくなれば、現状、どちらにつくか迷いがある者も一気に引き込める可能性がある。そのためには来る者を拒まないスタンスでいる必要がある。
今の内に、潜り込めるなら潜り込んでおくべきだろう。
「……先輩は、どうしますか?」
もちろん、強制はできない。
森下先輩だってきらなを助けたい気持ちはあるだろうし、さらんさんの一番弟子として、頼まれたからには完遂させたいだろう。
だけど、危険な場所に飛び込むことになる。なにが起こるか分からない。
警察からの勘違いによる誤射もあるかもしれない以上、
さらんさんへの恩義を盾に、一緒にいきましょうとは言えない。
「あんたがいくのに、あたしがいかないわけにはいかないわよ……ついていくわよ、いけばいいんでしょうよっ」
「だからっ、嫌だったら無理にとは――本当に危険なんですってばっ!」
「じゃあなによ、今からあんたを見送って、引き返せってわけッ!?
できるわけないでしょそんなこと! 嫌じゃないし無理もしてないっ。
先輩のプライドで無理にここに立っているわけでもないっ!
そりゃ、怖くないって言ったら、嘘になるけどさ――」
よく見ると、先輩の手が小刻みに震えている。
先輩だって、台本に乗ることで担ぎ上げられていた魔法少女の一人だ。
戦いに慣れているわけじゃない。
「……あたしが憧れた魔法少女は、こういう犯罪を解決してきたのよ」
でもそれは、創作された世界の話。
制作者に上手いこと誘導されたに過ぎないけど、タネ明かしはどうでも良かった。
目を輝かせて見ていた、魔法少女に憧れていた気持ちは、嘘じゃない。
「実際に魔法少女になってみて、ガッカリしたわ……全部作り物だったんだ、って。
憧れから遠ざかっていくあたし自身に、あたしが一番、嫌になったのよ……。
こんなことを続けている意味があるのかって、悩んだ時期もあったわ。でも辞めたいとは思わなかった。さらん先輩を見ていると、あたしもあんな風になりたいって、思えたから――」
森下先輩は魔法少女という全体に憧れていたわけではない。
最初こそ、そう思い込んでいたけど、
実際は魔法少女さらんという個人に、強い想いがあった。
だからなんだかんだと愚痴をこぼしながらも辞めずに、今もまだこの業界の前線にいる。
「……理想とする先輩に近づくためにも、あたしはあんたと一緒にいくわ。
正直なところで言えば、あんたが危険だとか、あの子が捕まっているとか、関係ないわ。あたしはあたしの目的のために、今回の騒動に首を突っ込む――あたしだって死にたくないからね、自分の身は自分で守るように。
現場ではなにがあっても容赦なく切り捨てるから」
「分かりました」
「……分かりましたって……文句の一つくらい、言いなさいよ……っ」
「えっと、僕はただ、共倒れは避けた方がいいと思って……」
薄情にも思えたけど、潜入している身で仲良くなんてできない。
いざスパイだとばれたら自分の身を守るのも精一杯なのだ、仲間に構っていたら本当に命を落としてしまう。
自分だけでも逃げ延びることに集中した方がいい――先輩の意見には賛成だ。
「あんたはどうして、危険を冒してまであの子を……きらなを助けようと思うのよ。
先輩の頼みとは言え、首を突っ込むほどの理由は、あんたにはないでしょ。
先輩の手助けがしたいならまだ分かるけど、あの子にこだわる必要なんかないはずよね?」
先輩だけど、年下の女の子。
たった一度、パートナーを組んだだけだ。
危険を覚悟してまで助けたいかと言われれば、動機としては不十分にも思える。
でも。
「僕にとっては、ここが『居場所』なんです」
ばあちゃんがいなくなった後、僕を引き取って、受け入れてくれた『家族』。
マネージャーさんが母親で、さらんさんや森下先輩が姉だとしたら、きらなは妹。
妹を助けるのに、特別な理由なんかいらない。
「マネージャーさん、さらんさん、森下先輩ときらながいる大切な居場所を、誰にも奪われたくないんです。僕の居場所なのに、誰かに守ってもらうことは、自分が許せません。
自分の居場所は、自分で守ります――大切な人も、僕が……っ」
「わ、分かったっ、分かったからもういいわよ……っ」
「森下先輩のことも、僕がまもふっ」
先輩から伸びてきた手の平が僕の口を塞いだ。
「言うなって言ってんの。
そんなことを聞かされたら、あたしだって切り捨てられなくなるでしょ……まったく――」
はぁ、と溜息を吐く先輩は、少しだけ、笑みがこぼれているように見える。
それを自覚したのか、下唇を歯噛みして、表情を引き締めていた。
……指摘しようにもなにも言えない。
彼女の手の平はまだ、僕の口を塞いだままだ。
「余計なことはいいから。……で? 大問題が一つ。どう潜入するつもり?」
どうって…………あ。
首謀者は言わずもがな、組織の構成員だって探して見つかるものでもない。
僕たちで見つけられるなら、警察が既に見つけているはずなのだから。
「SNSで探して見つけられたら、話は簡単よね」
……当然、SNSで見つけられるはずもなく
(似たようなアカウントなら見つけたが、しばらく活動していないようだった)、
前のめりの勢いで出鼻を挫かれた。
他のSNSを利用しても目的の組織が見つかるはずもなく……、
そもそも僕たちが『首謀者』や『向こう』、『亜人たち』と呼んでいる時点で、明確な組織として存在が確認されているわけではない。
派閥こそあれ、それらを束ねている組織が本当にあるのか……。
だから言うとすれば……さらんさんが以前に呼んでいた『亜人軍団』が近いのかもしれないが――さらに近づけるなら、『亜人梯団』。
一つの大規模な軍と言うより、個々の集団が列を作り、たまたま合流したような形態の組織と言えるだろう。
明確なトップがいない……つまりそれって、特定の誰かを捕まえたところで事態は収束しないことを意味している。
減りもすれば、増えもする。
残党(?)を地道に確保していくしかない。
気が遠くなる作業だ……。
それでも、トップでなくとも、個々の集団を統率するリーダーは必ずいる。
リーダーが決まっていなくとも、中心人物というのは必ずいるもので、友達と遊ぶ時にやたらと仕切る人がいるのと同じことだ。
組織への勧誘もそのリーダー格がやっていると見ればいい。
それこそ向こうはSNSを見たりして、投稿されたコメントから加入する意志があるかを覗いている。町を徘徊しては聞き耳を立てて、行動を見て、勧誘する人を見極めている。
手当たり次第に声をかけているようにも見えるが、彼らもきちんと見ているのだ……。
だったら。
僕たちが向こうを探すよりも、向こうが僕たちを見て引き込む方が手間は少ない。
つまり、人間への復讐心をアピールする。
幸いにも(成功と言っていいのか分からないけど)僕には一度、経験がある。
――怪人として、現場に立ったのだから。
「森下先輩。
僕が怪人役として、町を襲います。
だから先輩は……魔法少女として、僕を倒してください!」
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