第23話 交渉/出動
ソファに座り、向かい合うさらんさんと始祖のエルフ。
僕たちはカウンター席から二人の様子を窺うことになった。
「知っての通り、魔法少女は世間では認められたヒーローではありますが、実際のところは台本通りに動いているに過ぎず、危機的状況も、安全が保証されたギミックです。
逆転勝利が約束された上での抑圧と解放……つまり、いざ実際に人の手が絡まない災害や予測できない凶悪犯罪が起こった時、ヒーローとして立ち向かえる者は限りなく少ない」
敷かれたレールの上を走っているだけの周りから担がれたヒーロー。
魔法少女の多くがデミチャイルドなので、身体能力こそ高く、行動さえ起こせれば役に立つとは思うが……その行動を起こすための勇気を振り絞れる者が、果たしてどれだけいるのか。
犯罪に立ち向かう警察や、災害時の救助を見越して鍛えられたレスキュー隊とは違う。
根本的なところで、魔法少女は人気商売なのだ。
戦う演技をしているだけで、戦いが得意なわけでも、慣れているわけでもない。
魔法少女であっても刃物を突きつけられれば普通に身がすくむ、どこにでもいる女の子に過ぎない……。だけどもちろん、中には例外がいる。
たとえば、さらんさん。
思い返せば、さらんさんに僕は救われたのだ……あの時、現場にはマナの葉があった。
だから、そう、始祖返りをした敵を相手にしていた彼女はつまり、元々犯罪者に立ち向かう仕事をしていたことになる。
台本がなくても戦える、数少ない魔法少女の一人。
「依頼、と言われましても。
政府からの要請で私はマナの葉の事件を追っていましたから……今回のこの騒動を任せたい、と仰るのであれば頼まれるまでもなく延長戦上の依頼だと把握しています。
始祖のエルフ様が直々に出向かなくとも、わたしは身を引いたりはしませんよ」
「政府からの要請で動いていたことは把握しています。
ただ……これは私個人の、お願いという扱いです。
政府の要請という暗黙の命令ではなくて、です。……断ってくれても構いません。
たとえ力を持ち、勇気があると言っても、これから先はいつ、いかなる時に勇敢が無謀に切り替わるか分かりません……一人の命よりも大勢の命の方が大事ではありますが、無駄に犠牲者を出すわけにはいきませんから――」
「……始祖のエルフ様が、こうして同じようにお願いをして回っているのですか」
「ええ。戦える魔法少女には確認を取るつもりです。
魔法少女の看板であり政府の信頼が最も厚いあなたが一番最初だった、というだけですよ」
断ってくれても構わない……だって? 始祖のエルフ様は、政府の命令では逃げることもできない魔法少女に逃げ道を与えているつもりだろうが……卑怯だ。
命令ではなくお願いであるなら、それはただ、断れる可能性が出ただけだ。
結局、直々にトップが出向きお願いをしてきたら、普通は断れない。
心ない者か、もしくは恐怖に負けた者であれば、たぶん命令だろうが逃げるはずだ。
だからこれは、逃げ道は一応、用意してあげているというポーズでしかない。
今後、もしもさらんさんの身になにかあった場合、選んだのは彼女自身だと言えるように……。
なんの責任も取らないつもりはないだろうが、政府として一方的な非難は避けたいという事情が見て取れる。
信頼を失墜させたくない、という事情は分からないでもないけど、やっぱり気持ちの良いものではない理由だ。
「構いません、受けましょう。
政府の事情を知らないわけではないですから、気持ちを汲んで受けた面も確かにありますが……単純に、放置をしてはおけませんよ」
「……ここから先は、危険ですよ。相手は本気で、邪魔する我々を殺す気だと思います」
ちらり、とさらんさんが僕たちを見た。
「なら、尚更、止めなければなりませんね」
……僕たちを、守るために……?
枷となり、さらんさんを縛り付けてしまっているのなら……っ。
「じゃ、じゃあ僕も――」
だけど、僕の言葉はさらんさんによって遮られた。
「レイジ、そしてまさきには、別の仕事を頼みたいんだ」
そうお願いされてしまえば断れない。
できることならさらんさんの隣にいたいけど、恐らく足手まといになってしまう。
でも、だからってじっとしてなんていられない。
そんな僕の心境を察してか、
余計な考えをしなくていいように手足を動かせる仕事を振ってくれる。
それは時間を埋めるための他所から寄せ集めた関係のない仕事ではなく、きちんとさらんさんの手助けに繋がる仕事だ……。
こうも外堀を埋められてしまえば、僕もこれ以上のわがままを言えなかった。
「私はマナの葉とその所有者、首謀者の一味を追う。
レイジ、まさき、君たちは連絡がつかないきらなを追って、保護してほしい――」
さらんさんは、大切な教え子であり仲間であるきらなの捜索へ手を割けない。
本当は事務所から飛び出したくて仕方がないはずなのに……。
その気持ちを押し殺し、最年長として僕たちに任せてくれた。
……さらんさんのお願いを、無下にはできない。
「頼んだよ、二人とも」
ひとまず、きらなの安否確認のために家を訪ねることにした。
「出ないわね……」
きらな本人がいなくとも、母親が出るかもと思ったけど……何度インターホンを押しても出る気配がなかったため、森下先輩と共にマンションのエントランスから出る。
外にパトカーが止まっているわけでもないので、捜査が入っているわけではない。
居留守を使っているのでなければ、もぬけの殻ということになる。
マンションなので外側からよじ登るわけにもいかない。
だからと言って一戸建てならいいのかと言えば違うけど、マンションよりは抵抗も少なく突入もしやすい。
八階。
デミチャイルドの身体能力のおかげで、登れないこともないのがもどかしい。
マネージャーさんによると、学校にも今日は登校していないとのことだった。
彼女だけでなく、デミチャイルドの子供の多くが、自宅待機だ。
警察が捜査をするため、という名目だが、迂闊に学校にいくと人間からの集中砲火が予想されるための避難である。
「警察に連れていかれたのなら、連絡があるはず……そのことにさとみは触れなかったのよね。
学校にもいかず、家にもいなくて、警察にも連れていかれていない――」
きらなのことだから、ふらっとコンビニにいっていてもおかしくはないけど。
単なる買い物なら、一時間もかからない。
僕たちは既に一時間以上、ここで待っていることになるから、会っていてもいいはずなのだ。
頭をよぎるのは、考え得る限り、最悪の予想。
「警察よりも先に、あっちに勧誘されて、のこのことついていった……のかしら」
「きらながマナの葉の誘惑に負けたって言うんですか……っ」
「あの子が自分の意思でついていったなら、まだマシだけどね」
……そうか、
無理やりマナの葉を嗅がされ、強制的に始祖返りさせられてしまう可能性もある。
相手は政府に対抗するために戦力を欲している。
戦闘に特化したデミチャイルドなら、できるだけ確保したいと思うはずだ。
きらなの中にある亜人の血は、『アマゾン』。
戦闘能力が高く、武器の扱いにも長けている上、気性が荒い。
いざ戦闘になれば先陣を切って場を支配する亜人だ。
魔法少女としてはデビューしたばかりで認知度は低いが、種族で検索すればホームページにも載っている公的事実。
アマゾンを欲した相手の組織が警察よりも先にコンタクトを取り、力尽くで連れていったのなら、連絡する暇も確かにない。
今も僕たちの連絡に応答できないのも、そりゃそうだ。
だとしたら、僕たちが追う範囲は限りなく広くなる。
移動範囲はきらなの行動範囲内には収まらない。
「どう、しますか……?」
「あんたはどうしたいの?」
連れていかれたのなら、連れ戻したい。
でも、手がかりがないのだ。
さらんさんに相談するのはできれば避けたい。
始祖のエルフからの依頼で、今頃は首謀者を追うのに必死だろう。
だから余計なことに意識を割いてほしくなかった。
さらんさんも、同時に二つのことを解決できないから、片方を僕たちに任せたのだろう……ここで助けを求めたら本末転倒だ。
僕たちだけで、きらなを追うしかない。
たとえ、さらんさんが追っている首謀者と先に出会うことになったとしても。
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