第21話 育成/審判

「まだ連絡はきてないですね。まあ、あの子が担当していた現場から、今回の騒動が起きたわけですし、あの子への非難も多いです。

『どうしてマナの葉を取り込む前に守れなかった』とかですね。

 無理言うなって話ですよ……。隠してたこっちが悪いですけど、台本にない予期せぬ事態に対応できるほど、あたしたちは万能じゃないんです」


「そうだね。でも、守られる側は私たちの事情なんか知らない。

 いつでもどこでも助けにいく、というイメージを作ったのはわたしたちだ。

 自業自得、とも言えるね。だからこそわたしたちはデミチャイルドでありながら社会に認められていたんだ。

 信頼もあった。それが今回の件で、一気に崩れてしまったね……」


 魔法少女だけではなく、デミチャイルド全体に向けられた不信感。

 良い方向へ向かっていた人間と亜人の関係が、元に戻りつつあった。


 報道番組では、時間差で始祖のエルフが出演していた。

 今回の騒動とマナの葉の事件。


 亜人の代表ということもあって、非難、そして責任が彼女に積まれていく。

 それでも始祖のエルフは堂々としたものだった。


 マナの葉について、解説が求められている。


『説明の繰り返しになってしまいますが――我々亜人は、異世界から逃げるようにこちらへやってきました。

 こちらの世界では有名みたいですが――ドラゴン。彼らの縄張り争いのせいで、私たちが暮らしていた土地は戦場になりました。

 多くいた種族も、あっという間に殲滅されてしまいました。最終的には百人にも満たなかったと思いますね。

 ……残った私たちは、ドラゴンが支配する世界にはもういられないと、逃げるべき場所を探してたのです。

 ですが、物理の世界と呼ばれる、私たちが生活していた世界にはもう、安全な場所なんてなかった――だから、物理と対をなす、虚構の世界……その支配者、悪魔に助けを求めたのです』


 ドラゴンと悪魔、この二つの種族は支配している世界が違うため交わることがない。

 表と裏のように。


 互いに存在を知っていながらも、干渉しない関係性だった。

 始祖のエルフが説明の繰り返しと言ったように、これは教科書にも載っている事実だ。


 異世界の歴史。


『悪魔の力を借りた私たちは異世界へ逃げ込むことに成功しました。

 異世界、なんてあるかも分からないものでしたから、今いるこの世界を狙ったわけではありません。

 悪魔が飛ばした異世界が、偶然にも、多くの方々が我々を理解してくれるこの世界だったのです』


 昔を懐かしむような表情を浮かべてから、こほん、と一つ咳払い。


『前置きはこれくらいにして……、マナの葉というのは、その名の通り、マナ(魔力)を蓄えた葉のことです。

 葉に限らず、花――あらゆる植物になると考えています。

 私たちの世界では空気中にマナが浮かんでいました。これを取り込むことで、亜人は本来の力と姿を取り戻すことができます。

 マナが体内になければ力を充分に発揮できず、見た目もヒューマンのように……人間のように、種族によってはほっそりとした体型になるでしょう。

 それがこの世界にいる、デミチャイルド、ということになります』


 始祖のエルフがマナを取り込めばどうなるのか、アナウンサーが聞いた。


『エルフですので、あまり見た目に変化はないかと。

 分かりやすいものだと、魔法が使えるようになる、かもしれませんね』


 どんな魔法が? そんな質問があった。


『個人差にもよりますが、この世界にあるゲーム、そこで登場する魔法は使えるのではないかと思います。ただ、自然現象に限られるでしょうね。

 毒や呪いをかけることはできないと思いますが……少なくとも、私が魔法を使えた時代は、ですけどね』


 マナの葉がこの世界に出現したのはどうしてか。始祖のエルフが答える。


『マナの葉を持ち込んだ亜人がいたのでしょう。それを、長年かけて育て、栽培し、繁殖させた……そう思います。

 マナの葉、マナの花……もはや見た目だけではマナを持つ植物とそうでない植物の違いは分かりません。どれだけ繁殖しているかも……根絶やしにするには世界を丸ごと炎で包む……それくらいしなければ難しいでしょう。

 花を見つけてその都度、刈り取ったとして、何年かかるのか。

 一輪、取っている間に倍以上の花が生まれ、成長しているわけですからね……正直、対処は難しいと思います……っ』


 エルフが悔しそうに歯噛みする。

 もう、犯人を特定して捕まえて、はい解決とはならない状況だ。


 鼠算式のようにマナの葉の所有者は増えている。それに植物だ、マナを蓄えていると知らずに育てている人もいるかもしれない。

 主婦や、老人……子供だって。そうやってマナを蓄え、放出している植物が増えれば、いずれ、この世界も異世界と同じようにマナで満たされていくのかもしれない――。


 異世界の再現。

 そうなれば、人間と亜人の差は埋まるばかりか亜人が優位に立つ。


 必死に頑張ってきた始祖のエルフの努力を、デミチャイルドのがまんを無駄にする最悪の計画と言えた。

 そんな企てをした亜人も、もう既にいないのだろう……だが、鼠算式のように増えた後継者が、マナの葉の栽培だけでなく、亜人が差別されるこの社会を支配するという改善をしようとしているのなら……着実に、武器が揃えられていることになる。


 人間に兵器を与えるのと同じだ。

 亜人に魔力を与えれば、起きるのは戦争だ。


 人と人、亜人と亜人ではなく――人と亜人の、戦争。


『人間の皆様、申し訳ございません。……多大なる不安、多大なるご迷惑をかけてしまい亜人代表として、謝罪をさせてください。

 これから解決に向けて邁進まいしんしていきますが……私から、お願いがあります』


 始祖のエルフが、意を決したように口を開いた。


『マナの葉によって変化した亜人に関してですが……、射殺を、容認します』


 さすがにアナウンサーが戸惑った様子を見せたが、始祖のエルフの意見は変わらない。


『私はこれまで不殺を要請し、人として扱ってくださいとお願いをしてきましたが、多くの人を不安にさせてもまだ、人々を襲う亜人を庇うことはできません。

 ……檻から逃げた猛獣と同じです……ですので、人間の方々が危険だと感じたら、すぐに対処をしてください……お願いします……っ。死人が出てからでは、遅いですから……っ!』


 深々と頭を下げる始祖のエルフ。

 彼女が顔を上げるよりも早く、番組はコマーシャルに入った。


「……あんなこと言われたら……外なんか歩けないじゃない……っ」


 森下先輩の言う通りだ。

 体が変化していなくとも、デミチャイルドというだけで通報をされかねない。


 ……これじゃあ昔に逆戻りだ。

 亜人であるというだけで、仕事も、買い物も、外を出歩くことさえできない。社会に認められるよりも先に、この世界にいることすら認められていない初期の頃の差別が始まる。


 よりにもよって始祖のエルフが、その号砲を鳴らしてしまった。


 苦肉の策だとは分かっている。

 トップとして、なにもしないわけにはいかない。


 全員がマナの葉を所持しているわけではないのだ。人間と共存していきたい亜人を守るために、始祖のエルフは人間と対立する意志を持つ亜人を切り捨てた。


 亜人は人ではないと言われた時代もあった。

 今度は始祖のエルフが、一部の亜人を対象にそう宣言した。


 猛獣、と――。


「こうなると、魔法少女の存在はどちらに機能するのだろうね」


 ヒーロー側に立たせてくれるのか、怪人側に立たざるを得なくなるのか。


 いずれ、審判が下る。



 昼を過ぎても、きらなは事務所に顔を出さなかった。

 それだけでなく僕たち三人、誰の電話にも出てくれない。


「こんな時に顔も出さないでなにしてるのよあの子は……っ」


 森下先輩が指先でテーブルをとんとんとんとん、叩いている。


「落ち着きなよ、まさき。君が焦ったって仕方がないだろう? 

 いつ電話がきてもすぐに動けるように、今は休んでおいた方がいい」


「分かってますけどね」


 理解はしていても納得はいっていない、と言った様子だ。

 さすがに、さらんさんに噛みつくようなことはしなかったが、テーブルを叩く指の音は鳴り止まなかった。


 ……その気持ちも、分からないでもない。


 連絡がつかないのが、警察の捜査が入っている最中で気付いていない、電話を返す暇もないくらい多忙だから――であればいいけど……。


 マナの葉の栽培は手段であり、目的ではない。

 亜人の力を取り戻し、人間社会を支配するのが目的だとすれば、狙われるのは人間の方だけど……僕たち亜人も、違う意味で狙われているはずだ。


 人間に反旗を翻す亜人たちは個人ではなくチームだ。

 戦闘を想定した、軍、だろう。

 当然、人間に恨みを持つ、今の社会に不満を持つデミチャイルドが加入している。


 そして今後は、デミチャイルドが優先的に軍へ誘導されるだろう。

 もしもここで誘いを突っぱねれば、

 亜人でありながら人間の枠組に入れられてしまう可能性がある。


 大体の人が、望んでいなくとも頷くだろう……そういう人が多ければ多いほど、亜人側が勢力を拡大させていく。それに、マナの葉による被害者も増えていく……。


 取り込み過ぎれば毒になるというのは、推測ではなく結果の話なのだから――。

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