第19話 反乱/失敗
亜人の見た目をしていながら、
残っている人の部分と幼さから、この学校にいた子供であることが分かる。
……三年四組、に限らず、デミチャイルドの子は各学年にいる。
その子たちが一斉に亜人の姿を取り戻したとでも? ……あり得ない。
「……マナの葉……?」
思い浮かんだけど、でも同様にそれだってあり得ないだろう。
裏ルートで取引きされるような違法薬物だと聞いている。
それが、どうして子供の手に?
「なにが、起きて……っ!」
子供たちは亜人の姿に戸惑いながらも、羽を伸ばすように校庭を縦横無尽に駆け回る。
興奮しているためか、校内にいたミュルミドーン一派が彼らを止めようと声をかけているが、まったく聞く耳を持ってくれなかった。
中には、止めに入った男性を攻撃する子供までいる。
「あれが、亜人……?」
隣の女の子が窓に張り付いて外を見ていた。
その反応に引っかかる。亜人と言えば、彼女だって見てきたはずなのに……。
「あなたとは、なんかちがうね。あなたの方がなんか……やすっぽい」
特殊メイクをツギハギさせたハリボテだとは気付かれていないようだが、こうも本物が目の前にたくさんいると、僕の言葉ではこの子の疑惑を晴らせない。
「それは……」
「べつに、どうだっていいけど」
気を遣われた……のかもしれない。
情けないけど、助かったと安堵した僕がいる。
外の景色を見れば、台本どころではない。
「放っておくわけにもいかないか」
「止めるの? 怪人なのに?」
「同じ亜人だから、だよ。
子供があの姿で、あれだけはしゃいでいれば、政府は放っておかない。
身柄の拘束ならまだマシだけど、亜人を毛嫌いする人はたとえ子供でも暴力で差を分からせるだろうからね。それだけはさせない」
窓を越えて校庭に出る。
僕の足下に、転びながら駆け寄ってきた男の人がいた。
「子供たちの制圧にご協力を!」
「地上にいる子は僕でも大丈夫ですけど、ハーピィの子は難しいと思います」
「充分です!」
ミュルミドーン一派の一人である彼は教室にいる人間の子の保護に急ぐため、僕と入れ替わるように校舎の中へ入っていった。
僕の仕事は目の前。
ハーピィの子が空から男性を地面へ落とした。
落下地点まで駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……っ、きみ、か……」
この人もミュルミドーン一派の人だ。
彼らは見た目こそ人間と変わらないが、ミュルミドーンという亜人の元々が
亜人の中でも有数の力持ちだ。それに加えて高い忠誠心に、頑丈な打たれ強さもある。
なのに、だ。
打たれ強いはずの彼がどうしてこうもぼろぼろになっているのか。
子供たちがやったとは思えない。興奮して善悪の区別がつかなくなった可能性もあるが、傷の一つや二つならまだしも、ミュルミドーン一派だって戦いが苦手なわけではない。
子供相手でも制圧の仕方くらいは熟知している。
「すまない……不意を突かれた……」
「あなた方でも、不意を突かれたら相手が子供でも致命傷になるんですね……」
子供とは言え、体を変化させた亜人だ。
デミチャイルドと違って身体能力も種族が備える特性も使えるとなると、年齢の差があっても分が悪い。
こんなボロ雑巾のようになるのも納得だった――しかし、彼は否定した。
「裏切った、んだ……我々の同志にもかかわらず、忠誠に唾を吐きかけるように……っ」
裏切った……?
王――(政府)にその心臓を捧げた、あのミュルミドーンが!?
「忠誠、と言っても、始祖ほどじゃない……人間の血が混ざれば、強固な忠誠も時代と共に柔らかくなる……我々の意志の強さなど、きみたちと変わらないさ――」
震える腕が上がり、指が僕を差した。
違う……僕の、背後。
「あいつが……持ち込んだんだ……マナの葉、を……」
振り向く僕の目に映ったのは、僕が攫った女の子の首を絞めているミュルミドーン。
どうしてその子を? という自問にすぐさま自答を返せるくらいには、僕も僕で、亜人側に染まってきたと言えるかもしれない。
――人間だから。
それだけで、理由としては充分だった。
「っっ!」
右手の爪を地面に突き刺す。
ぐんっ、と腕に力を入れて引っ張ると、自分の足が浮かび、前方へ飛び出した。
砲弾のように体を丸めて、窓ガラスを割って部屋に入る。
「なんっ――」
相手が音に反応した。
勢いがつき、たたらを踏みながら右拳を握り、
女の子の首を絞めている男の顔面を殴り飛ばす。
人間なら首の骨が折れてもおかしくない威力だったが、そこはミュルミドーン、打たれ強さが良い方向に転んでくれた。
男が吹き飛び、壁を破って廊下に大の字で倒れる。
床に落ちた女の子が嘔吐きながら、意識が朦朧としているのか、焦点の合わない瞳で僕を見て、手を伸ばす。
「……死ぬのは、いやだ……っ」
さっきとは真逆の欲望。
でも、それを笑ったり非難したりはしない。
いくら口で言ったって、いざそういう場面になれば恐怖が勝る。
それのなにが悪い。
生きたいと思って、なにが悪いって言うんだ!?
女の子の右手を、左手で握り締める。
「大丈夫、僕は……。いや、魔法少女は、君を見捨てないっ!」
寸でのところで立場を思い出し、言い直す。
女の子はそんな僕の取り繕った言葉にも気付かなかったようだ。
「……ありがとう」
消え入るような声で、女の子が意識を失う寸前に言葉を残した。
だから僕は、否定も誤魔化しもできなかった。
「優しい、怪人さん――」
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