第18話 人質/弱いもの

 彼女の戦い方が悪手になっている。

 そうは言っても……なんだけど。


 ないものねだりをしても仕方ないが、魔法少女らしく魔法で派手さがあれば、反応も違っただろうけど……やはりバットで殴打は見映えが良くない。

 このまま続ければ子供たちの目には弱いものいじめにしか見えないだろう。


 魔法少女が勝てば勝つほど、子供たちからの信頼を失うという本末転倒な状況。

 ……どうすれば……?


「――悩む必要なんてなかったんだ」


 この状況が、彼女の武器だけに着目しているかと言えばそれだけではない。

 いくら武器が現実的で生々しいやり方だとしても、ピンチの魔法少女が同じことをすれば子供たちもここまで引くことはないだろう。


 ……僕が怪人らしく、子供たちの目に

『なにをしてでもこいつは倒さなくちゃダメだ』と思わせられなかったのも原因の一つ。


 台本通りに一度、ここで僕がピンチに陥るのだとしても、子供たちを脅すことくらいはできたはずだ。僕のミス。だからここは……台本通りに。


「えっ?」


 一番近くにいた女の子の首根っこを掴んで持ち上げ、肩に担ぐ。

 演技なのかどうなのか、きらなが本当に嫌そうな顔で言った。


「……その子をどうするつもり?」

「さてね。少なくとも殺しはしないかな。この子を人質に使わせてもらうからね」


「……これだから怪人は……ま、期待なんかしてないけど」


 素が見えたよ? 

 幸い、窓枠に足をかけた僕に、子供たちの注意が集まっていた。


 魔法少女であることを忘れたきらなを見た子はいなさそうだ。


 四階から下を見下ろす……うわあ、分かってはいたけど、やっぱり高い。

 けど、後ろには戻れない。


「逃がさない」

「この子がどうなってもいいならお好きにどうぞ」


 きらなが歯噛みしたことで台本は次のステップへ進む。


 この空気感の中できらながリーダーシップを取れるかどうかは見届けられないけど……そこは彼女の腕の見せ所と言えたし、

 魔法少女の自覚を持ってもらうには良い塩梅の試練なのかもしれない。


「……やく……てよ」

「え?」


 そんな言葉に急かされるように、僕は四階から飛び降りた。



 右手が便利過ぎる。

 危機感はあるけど、でもこの右手がなければ今頃、僕はここに立っていない。


 きらなの全力バット然り、四階からの着地。


 使えば使うほど馴染んでいく感覚……、

 でもそれは、人間に戻ることから遠ざかっているのではないか……?


 台本で指定された空き教室。

 位置関係で言えば三年二組の真下、一階の部屋だ。


 文化祭で作ったのかもしれない大道具が保管

(というより放置?)されているため見晴らしは良くない。

 その分、姿を隠すのには適している場所だと言える。


 で、だ。

 ……攫った女の子。


 攫った瞬間もそうだったが、四階から飛び降りた時もこの子は悲鳴一つ上げなかった。

 恐怖で固まって声が出せなかったのかもしれないが、そんな感じではない。


 肩で担いだ時に聞こえた。

 聞き間違いではないと思う。

 声こそ小さかったが、言葉自体は明確だった。

 誤魔化しようがない本音。


『はやくころしてよ』


 ……小学生が怪人相手に呟くことじゃない。


 この子は僕を本物だと思い込み、だからこそそう頼んでいるのだろう。

 本気も本気。冗談で、ふざけて言ったわけではなく、この子は本気で死にたがっている。


 どうして? と聞けない立場であるのがもどかしいところだった。


「……つれてきたのに、なにもしないんだね……」

「人質だからね、君を傷つけたら人質の価値がなくなるだろう?」


「わたしを助けたって、感謝なんかされるわけないのに……」

「魔法少女は絶対にくるよ、あれはそういう役目を背負っているから」


「それはそうだと思う。心配してくれるのは魔法少女だけだと思うよ」


 控えめで後ろ向きな子、というよりは、それよりも酷く、色々と諦めた子だ。


「……いじめられてる?」

「ひとと亜人の差ばかりに目がいっているから、だれもわたしにきづかないんだ……っ」


 亜人という共通の敵を見つけたことで人間はこれまでよりも一層、一体感を強めたが、全員が全員、というわけではない。例外は綻びのようにある。


 人間と亜人の差別が大きくなり、問題になったことで視線が全てそっちに向き、多対一という人同士の弱いものいじめが隠れてしまっていた。


 元々隠れて見えないものが、さらに隠れてしまっている。

 これじゃあ先生も気付きにくい。


「(この子がクラスでそういう立ち位置なら、助けなんてこないんじゃ……っ)」


 さすがにこんな非常時であれば、日頃の対立を忘れて動いてくれるとは思うが……。


「ねえ、わたしがひとじちじゃなくなったら、ころしてくれる?」


 期待をした目で、僕を見てくる。

 どうしてそんな目ができるんだ……っ。


「もう、つかれちゃったんだ。言いかえしても、がまんしても、ひどくなるだけでかいけつなんてしない。だったらもういいやって……生きてる意味なんか、ないって」


 人間同士だから。弱いものに寄り添ってくれる味方がこの子にはいなかった。


「亜人はいいよね、だって味方がたくさんいるから」


 その点、亜人は敵が多い代わりに味方がたくさんいる。

 一致団結して人間に受け入れてもらわなければ、社会的立場が改善されることがないためだ。


「もしも生まれかわれるなら、わたしは亜人になりたいな――」


 その願いに、肯定も否定もできなかった。

 人間であり怪人役であるからというのもあるが、それよりも――窓の外に、信じられない光景が広がっていたからだ。


 空を飛んでいるのは……?



「……ハーピィ?」



 だけじゃない。


 僕と同じリザードマン(緑色)や、耳を尖らせたエルフ。

 猫の耳を持つケットシー、小柄で横幅が広いドワーフまで、

 デミチャイルドではなくほとんど亜人の姿だった。


 特殊メイクで塗り固めて作り上げた今の僕とは違う、本物……。

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