第17話 予定通り/茶番
台本通りのセリフだ。
すると、子供たちが前のめりに先生から離れていく。
窓から顔を出し、魔法少女に助けを求めた。
「今から助けにくから待っててねー、みんなぁ――――っ!」
くるのはいいけど、そこからかなり距離がある……一体、どうやって……。
そんな僕の考えは杞憂だった。
相手はデミチャイルド、人間離れした身体能力を持つ。
つまり、
――校庭から校舎の四階まで、たったの一歩で跳躍した。
「っっ!?」
窓枠に足をかける。
そして、彼女が振りかぶったバットを僕に向けて思い切り振るう。
「(なんとか避けてねっ)」
ぱちん、とウインク。アイコンタクト。
――できるかっ!
咄嗟に右手を出してバットを受け止める。
その衝撃で両足が浮き、後ろに吹き飛んだ。
そのまま地面に一度も触れず、廊下まで出て壁に背中を強く打つ。
遅れて全身に駆け抜ける鈍い痛み……明滅する意識のせいで、すぐに立ち上がれない。
あのバットも木製じゃなくて金属製だし……彼女、一切の加減がない。
それとも、加減してこれなのか……?
狭まる視界の中で、
魔法少女がバットをバトンのようにくるくる回し、とん、と肩に置いた。
そのポーズこそが彼女の象徴とも言えるように。
「ヒーロー参上、ってねっ」
「わたしがきたからにはもう大丈夫だよ。あんな化け物、すぐに退治するからねっ」
あんな化け物って……酷い言われようだ。
怪人は魔法少女の引き立て役なので、表現こそあれだが、理には適っているのだろう。
子供が怪人を悪く思えば思うほど、魔法少女の評価が上がっていく。
それが目的なのだから、必要悪なのかもしれない。
それにしたって台本通りではないセリフ回し……最初から全編通してきっちりこなしてくるとは思わなかったけど。
まあいいや……僕との会話で大胆なアレンジをしたわけではない。
どちらかがヘマをして瓦解する重要な会話もない。
そんな台本を僕たち新人に回すはずもないのだから当然か。
台本通りなら、ここから先は僕が一方的にやられて、子供の一人を攫う予定。
徹底して僕がやられなければ、子供を攫うという必死さが出ない……そうは言っても、演技なのだから痛くないように加減はしてくれるだろうと思っていたが……、
「ひぃ!?」
投げられたバットが僕の真横の壁に突き刺さった。
真横というか、僕が咄嗟に避けたおかげで真横になっただけで、実際は僕の頭に直撃するコースを真っ直ぐ飛んできていた。
……デミチャイルドの身体能力で、本気で、だ。
やがて、埋まったバットの周囲に亀裂が走り、壁の破片がぽろぽろと落ちていく。
……魔法少女は悪びれもしない。
忖度をすれば、子供たちも内心で僕たちのやり取りに「……あれ?」って思うかもしれない。
だけど……だとしても、今のも、さっきのも、僕がアイコンタクトの通りに避けられていなければ、今頃ここは事故現場になっていたはずだ。
最悪のことも考えられる。
いや、それでも本筋は変わらないのか……。
子供たちと魔法少女の一体感、親近感を人気に繋げる台本の意図は上手くいかなくとも、怪人を倒す魔法少女を目の前で見せることができている。
……そのために独断専行で、内容を変更しようとしたの……?
勝手に?
……なんで?
「怪人は魔法少女に倒されなくちゃいけませんよねえ。
……やっぱり、子供たちの手を借りるのは違うって思いましたし。一体感? 体験?
ううん、そんな大人の都合で振り回しちゃあ、いけないんですよう。
怪人は魔法少女に倒されるべきだし、魔法少女は怪人を倒すべき……それが、魔法少女がわたしたちに見せてくれた姿ですからねー」
「…………」
この子……、こんな子だったっけ?
魔法少女に憧れ、目を輝かせて入ってきた新人の女の子。
魔法少女と怪人の関係が大人たちによる計算の元、作られたものだと知っても尚、きらなは決して手を抜かなかった(どころか力を入れ過ぎている気もする)。
魔法少女に見た夢を、現実を知って壊されたのなら、まるでこれから、これまで見てきた夢を再現しようとしているかのような――。
そんな危うさが、今、垣間見えている気がする……。
きらなが壁に突き刺さっているバットを握り、引っこ抜いた。
「次は当てますね」
「(アイコンタクトで『避けてね』とさえ言わなくなったっ!)」
僕の必死さを見ていれば、子供たちも万が一にも演技だと疑うことはないだろうが……その代わり、僕の命が毎分毎秒、脅かされている。
「(ま、待ってくれっ! 僕だっ、赤坂レイジっ、人間だよ!
今はちょっと亜人かもしれないけど、少なくとも本当の怪人なんかじゃないって!!)」
子供たちに聞こえないように小声で訴えるが、彼女は聞く耳を持ってくれなかった。
「その見た目は怪人でしょ?」
……目が本気。
今の僕を赤坂レイジとは、思ってもいなさそうな瞳だ。
怪人しか見ていない。
怪人というラベルを、個人ではなく、全体をまとめて敵視している冷たい目だった。
たぶん、説得は無理。
ここは台本を無視してでも逃げるしかないっ!!
……皮肉なことに、こういう時に頼りになるのが忌み嫌っていたこの右手だ。
リザードマンの右手。
特殊メイクが施された全身の中で唯一、まったくの手つかずの部位だ。
皮膚は硬く防御に優れ、鋭利な爪は攻撃に転じることもできる。
硬い岩をも破壊する攻撃力は腕力ではなく握力になるのだろうか。
それとも、範囲は右手にとどまっているが、既に僕の右腕は肩まで丸ごと亜人になっているのだろうか。
……使えるものは遠慮なく使おう。
――そっちがその気なら!
「ふんっ」
「よっ」
僕の右手ときらなが振り下ろしたバットが衝突する。
ピシィッ、と空間に亀裂が入ったような音。
実際は教室の壁が軋んだ音だったが……それくらいの衝撃が抜けたのだ。
「……うっ」
受け止めたバットの重さに膝が落ちる。上下関係だ。
彼女が体重を乗せたようで、さらに重さが増した。
一瞬、ふっと軽くなったと思えば、さらなる一撃が。
今度は前方から水平に振るわれた。
ホームラン級の甲高い音が鳴り、視界が乱回転する。
やっと止まった視界には、逆さまの教室と大穴だがあった。
教室の壁にぽっかりと空いた穴。
……綺麗に人型の形で、とまではいかなかったが、間違いなくあの大穴は僕が抜けたからできたものだ。
吹き飛ばされた。
押し負け、た。
「…………」
台本を無視してでもとは言ったが、勝ってしまうのはさすがにまずいだろう。
だから押し負けたことは驚くことじゃない。
一瞬、なにが起きたのか分からなかったという意味では呆然としてしまったが、引いて見るように冷静になれたくらいには落ち着いている。
ここまで冷静でいられたのは、僕よりも戸惑う比較対象がいたからだ。
子供たち。
思えば歓声もなく、盛り上がる様子が一切ない。
魔法少女の足音一つ鳴っただけでびくっと怯えるほどに引いてしまっている。
子供の目線でもこれはやり過ぎだというセーフティが働いた……?
なまじ身近な野球のバットという武器が、
夢ではなく現実を見せてしまっているのかもしれない。
イメージの形勢逆転。
だけどそんなことは望んでいなかった。
味方であるはずの魔法少女に畏怖してしまえば、この茶番劇の目的を見失う。
「(魔法少女が怪人を倒す……セオリー通りの展開なのに……っ)」
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