chapter/4 赤坂レイジのデビュー戦・後編
第16話 侵入/前座
清掃員さんと目が合い、やばっ、と肝を冷やしたものだけど、学校に連絡をして潜入していた、僕たちの関係者だった。
彼らはミュルミドーン
目的地の場所を聞き、彼に案内されて校舎の中へ。
体育をおこなっているクラスはなく全員が各教室で授業を受けている。
そのためか(それに給食後だ、子供たちも睡魔で元気がないのかもしれない)校舎内はしんと静かで、耳を澄ませば、先生の声が薄らと聞こえてくる程度だった。
こうも静かだと僕も足音を気を付けた方が……いや、あえて立てた方がいいかな。
なにかこっちにきている、と思わせるには最適の方法かもしれない。
「……よし」
まず、僕が教室に入り、怪我をさせないように一通り暴れ、遅れて魔法少女役のきらなが登場する。
軽く戦って、追い詰められた僕が子供を一人攫う……その後、魔法少女の指示で動いた子供が、攫われた子供を救い、魔法少女に僕が退治されるというシナリオだ。
大丈夫、順番は頭に入っている。
ただ……、
不安なのはこんな見た目をしていても、僕が子供を怖がらせられるのか、ということだ。
昔から女顔だって言われてきたせいか、誰かを怖がらせた経験がない。
もちろん怪人役としての基本は教わったけど……第一声が勝負。
ここをしくじれば、最後まで引きずる大怪我になる。
「(加減をしたら失敗する……やり過ぎくらいじゃなきゃ、意味がない……っ)」
やがて、目的地である三年二組に辿り着いた。
人間離れした大きな右手を握り締め、扉を思い切り殴る。
ばこんっ! と、くの字に折れ曲がった扉が吹き飛び、ぶつかった窓ガラスを割った。
響き渡る音に学校全体がざわっとした気配。
ぺたり、と僕の裸足が教室の床を踏む。
教室内がしんと静まり、子供たちの視線が僕に突き刺さる。
「こんにちは、人間の子」
――しまったっ、と思った時にはもうリカバリーできない状況だった。
予定ではもっと乱暴な口調で違うセリフを言うつもりだったが、集まる視線に思わず素で答えてしまった。
かろうじて『人間』の子、と差し込めたが、怖さがこれで増したとは思えない。
これじゃあまるで、教育実習生が入ってきたようなものじゃないか。
明らかな失敗――と思いきや、しかし子供たちの反応は想定外のものだった。
『……ぁ、か』
からん、と机の上を転がり、鉛筆が床に落ちて音を立てた。
『怪人だぁっっ!?!?』
がたがたばたばたっ、と石を持ち上げた裏の虫のように子供たちが縦横無尽に散る。
不規則な動きをするが、最終的に先生の後ろに隠れている。
集まり過ぎて端っこにいる子は先生の手にも届かない。
……意外な反応。台本のセリフこそテンプレートなもので僕なりにアレンジしてもいいと指示されてはあったが、確実にさっきのセリフは間違いだったと分かった。
にもかかわらず、この怯えようを見るに僕の思い込みだっただけで、決して間違いではなかったのかもしれない。
乱暴な言葉だけが怖いというわけではない……というのはあり得る話だ。
ヤンキーよりもヤクザの方が、丁寧な口調である分、怖さも増すみたいなものか?
(あれはあれで、
武装だったりバックにある組織という背景があるこそ引き立つ怖さかもしれないが)
……そうか、見た目か。
きっと、言葉なんてなんでも良かったのだ。
不気味な光沢をつけた黒い爬虫類の肌を持ち、人間離れした大きな右手と鋭利な爪。
どこかの民族衣装を身につけ突き出た口を持つリザードマン。
自在に動かすことはできないが垂れ下がっているだけでも確実に本物だと見間違う尻尾。
それが教室に入ってきて喋っただけで、子供たちからすれば怖い。
泣き出す子供がいるくらいだ、効果はてきめんだったみたいだ。
「……ショックだね、そこまで怯えられるなんて……」
右手の爪を机に引っかけ、投げ飛ばす。窓ガラスがさらに割れた。
……心の中で学校や机の持ち主の子に謝りながら、だ。
必要な演出とは言え、やっぱり心苦しい。
それを顔に出さないように(メイクのおかげでばれないとしても)視線を子供たちに向ける。
ひぅ、と子供たちが自分で悲鳴を抑えた。
悲鳴で僕を逆撫でするかもしれないと思ったのだろうか……だとしたら賢い子たちだ。
子供たちの反応のおかげで、僕にも選択肢が増えてくる。
集まった手札の一枚一枚、どう切るか。
切らずとも持っておくだけでも僕からすれば余裕が生まれる。
その手札がなくなった時こそ、次どうすればいい!? という焦りになるのだから。
「(もう少し脅せば魔法少女を呼んでくれるかな……まあ、そういう分かりやすい合図がなくても、時間で鳴らされる怪人警報で魔法少女登場の合図にはなるけどね……)」
「みんな……大丈夫だから、落ち着いてね……っ!」
担任の先生が子供たちを庇う。この人こそが元魔法少女だった人だ。
僕がこのクラスを襲うことを知っているし、台本を読んでいるので流れも把握している。
襲撃を事前に知らなければ、
たとえ大人でも、今の僕の姿を見れば冷静ではいられないだろう。
さすがに子供たちを置いて逃げるようなことはしないにせよ、言葉をかける余裕はないかもしれない……一度、本物を目の前で見ているとそう思わざるを得なかった。
彼女に目配せをし、僕が一歩、踏み出した。
「近づかないでくださいっ!」
「言われて、はい分かりましたと言って下がるなら、こうして襲ったりしないよ」
「……なにが目的なんですか……っ」
「言わなければ分からないのかな? ……『三年四組』」
言うと、一部の子供たちがびくんと肩を跳ねさせ、反応した。
こうした過剰な反応で、差別といじめの実行犯が浮き彫りになる。
「さっき見てきたけど、可哀想だったよ。
見た目こそ変わらないのに、デミチャイルドというだけで隔離されてさ。
僕たちは君たち人間のおもちゃじゃないんだけど」
子供たちが目を伏せる。……そう言って脅したものの、どの口が言っているんだか。
泣きそうな子供たちよりも、僕の方にこそ強く刺さる言葉ではある。
……亜人なんているだけで迷惑だ、そう思っていたはずだったのに……。
いつの間にか、そういう言葉や風潮に過剰に反応し、腹を立てている自分がいる。
今でも僕はまだ、自分が人間だと信じている。そうでありたいと思っている。
でも。……以前ほど、亜人を頑なに嫌悪しているわけではなかった。
それはたぶん、
さらんさんの存在が大きい。
「っ!!」
そんな思考をしていると、怪人警報が鳴り響いた。
台本通りの展開。
あれだけ派手にガラスを割っていれば、誰かが通報してもおかしくはないはずだ。
教室の扉も蹴破っている。
教室内を覗かれていれば、僕の姿を見ることは誰だろうと
子供たちの表情が柔らかくなった。
この合図がなにを意味するのかを理解しているということだ。
「(ここまでは前座……本命はここからだ……っ!)」
「おぉ――――――――――いっっっっ!!」
遠くから聞こえてくる声。外からだ。
窓から校庭を覗くと、徒競走の楕円形トラックの真ん中に立つ人物がいた。
メインカラーはオレンジ、アホ毛ツインテールが特徴的な小柄な少女。
魔法少女。
彼女は肩をとんとん叩く、本格的なバットを持っていた。
釘を打っていないだけまだマシか。
どちらにせよ、メルヘンさの欠片もない。
……もっといい武器はなかったの?
「――きたか、魔法少女……」
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