第15話 本番/三年二組

「子供を一人、人質に取るってありますけど……」


「ええ。魔法少女と怪人の戦いを安全な場所から眺めさせるのも盛り上がるけど、魔法少女の信頼と怪人の恐怖をアピールするなら眺めさせるよりも体験させた方がいいのよ。

 初めての赤坂くんには、クラス一つをまとめて支配して籠城する技術はないだろうし、だから一人を人質に取るやり方がいいのかなって。

 人質にされた子はもちろん、されなかった子も身近な友達が攫われたことで次は自分かもしれないって危機感を抱かせることができるからね」


 人質にする子の選別は、現場で僕がする予定らしい……。


「赤坂くんが攫いやすければ誰でもいいからね。台本の流れは守った上で、だけど。

 魔法少女と戦って、ピンチになった怪人が人質を取って魔法少女を追い詰める……で、きらなは人質の子がいるから満足に戦えなくなる……。

 ベタだけど、子供にとってはハラハラする展開でしょ?」


「これ、都合の良いスーパーパワーで解決させる、なんて逆転劇じゃないですよねえ?」


「台本読みなさいよ。それでもいいけど……最近の子供はそれで納得してくれないから、いっそのこと子供たちに体験させることにしたの。

 つまり、きらなが小さく指示を出して子供たちの手で人質の子を取り返させる、もしくは赤坂くんの隙を作るわけね」


 魔法少女との一体感、か。

 信頼させる効果はありそうだけど、でも不確定要素が多すぎる気もするけど……大丈夫かな。

 子供たちにだいぶ依存してる台本だよこれ……。


「各地の学校には少数だけど元魔法少女の子がいるからね、今回の台本のことも伝えてある。

 きらなが出すはずの指示も学校の先生は分かっているから、裏で手回ししてくれるはずよ。

 注意としては死角が多い場所で戦うこと。校庭や体育館みたいな開けた場所だと、子供たちが赤坂くんを襲ったとして、不自然な反応になるからね」


 あー、僕が子供たちの襲撃に気付かないわけがないってことか。

 死角が多い場所なら、やりようによっては僕が気付けなくても無理はない。


 不自然にはならないだろう。


「分かりました、気を付けます」

「きらなも、分かった?」


「はーい、っと。

 戦う場所に、いくつか指定されたポイントがあるけど、どこでもいいんだよね? 

 ようは子供たちがレイジぱいせんを襲えればいいわけだし」


「そうね。でも書いてあるように優先順位があるから。

 なにか問題があった場合のみ、優先順位が高い順番にそのポイントに移動しなさい……そんなところかしらね」


 台本では分からない細かい部分は、本番寸前まで待機するための車内で他の人に聞くように、と言われた。


 学校の校内マップも台本に載っているけど、紙面上だと分かりにくい。

 事前に校内をうろつくわけにもいかないので、紙面上だろうが外側から見ようが分かりにくいことには変わりないだろうけど……まったくないよりはマシか。


「はい、じゃあそういうことで、任せたわよ二人とも」

「えっ、マネージャーさんはこれないんですかっ?」


「ごめんね、他の仕事が入ってて……きらなもいるし……いや、だからこそ不安か。

 大丈夫、現場にいる人はみんな優しいから、聞けばなんでも教えてくれるわよ。

 赤坂くんが今日、デビュー戦だって知っているからね」


「そう、ですか……」


 だとしても不安だ……やばい、足下がふわふわしてきたぞ……!


「だいじょーぶですよ、思っているほど大したことないですから。

 特に問題なく進めば台本どおりに終わりますって」


 問題なく進めばそれはそうだろう。

 この子の言い方が下手なのか、僕がネガティブ過ぎるのか……?


「赤坂くん、頑張ってね、応援してるから」



 本番二時間前に、小学校近くの駐車場で待機していた車に乗る。

 僕の姿をリザードマンそっくりにするために、二人がかりで特殊メイクが施された。


 それから一時間五十分……時間ぎりぎりになってメイクが終わる。

 一息吐く間もなく、

 最低限のチェックを終えた後に、小学校に潜入しなければならないスケジュールだ。


「……うわ、すごい……リザードマンだ……っ」


 手鏡で自分の顔を見て驚いた。


 変化した右手と同じ全身黒色。

 光沢がリザードマンの爬虫類の肌を表現していて、自分の姿だけど気持ち悪い。

 突き出た口の特徴も違和感なく盛ることができている……どういう技術なんだろこれ。


 しかし……こんなのが目の前に現れたら大人でも腰が抜けてしまうだろう。

 子供なら泣いて逃げ出しそうだ。


「こんな姿で小学校にいって、大丈夫なんですかね……?」


 子供たちのトラウマになりかねないと思うけど。


「大人が苦手な虫を、手で触れるのが子供ですからね。

 こっちが思っているよりも怖がらない子も多いんですよ。

 だから赤坂君の手腕で怖がらせてください」


 メイクさんと最後の台本チェックをした後、車から下りる。

 久しぶりにアームホルダーをはずし、変化したままの右手を操る。


 相変わらず、指先を動かしても感覚はとても希薄だ。

 怪人として僕の武器だと言われたけど、

 間違って子供たちを攻撃しないように気を付けないと……。


『子供たちに怪我だけはさせるなよ。そのしわ寄せは怪人じゃなく魔法少女に向かうからな。

 子供を守れなかった魔法少女のレッテルは、中々剥がれないもんなんだぜ』


 と、運転手から脅されながら見送られたので、体がさらに強張った。


「あんなこと言わなくてもいいのに……」


 言わないわけにもいかないのだろうけどさ。


 さて、打ち合わせと違って遅刻するわけにはいかない。すぐに学校へ向かおう。


 なのだけど……、



「駐車場から学校まで少し距離あるけど……え、この姿で出歩くの……?」


 真っ黒なリザードマンが住宅地を歩いたら、すぐに通報されそうだ。

 デミチャイルドの身体能力を使って通り抜けろと言わんばかりだけど、僕は右手だけで身体能力に関しては人間のままだ。


 昔から運動神経は秀でて良いわけじゃない。

 だから、この右手が武器として機能するくらいしか取り柄がない……。


「……どうしよう……?」


 本番開始まで、既に三分を切っている。




 ――小学校へ潜入成功。右手が役に立った。


 なにかを傷つけることしかできないとばかり思っていたが、攻撃力があるならそれを移動手段に転化させることも可能なのだ。

 塀を壊さないように注意して右手の指をかければ自分の体を持ち上げることができる。


 スリングショットの玉をゴムで弾くように、長距離移動も理論上は可能。

 ただ着地の衝撃を受け止める足腰が、今の僕にはないのが残念だけど……。


「って、違う違う、僕は人間に戻りたいんだよ……亜人の特性だけを便利に使いたいわけじゃないんだ」


 今まで嫌っていたのに便利だからと使い出すのは虫のいい話だ。

 ともあれ、敷地内。


 校舎に入る前に、頭の中で校内マップを広げる。

 当然、台本は持っていない。


 どこかの民族衣装を身につけているので、ポケットなどあるはずもないのだ。

 記憶に頼るしかない。


「標的は……三年二組」


 調べたところ、一から三組が人間の子供たちが在籍しているクラス。

 四組がデミチャイルドが在籍しているクラスのようだ。


 クラスの数は変動しても、基本的に若い番号が人間のクラスになっている。

 僕が転校する前に通っていた中学も同じだった。


 高校からは人間もデミチャイルドも一緒のクラスになるらしい。

 距離が近い分、いじめや差別が酷くなりそうだが、どうやら小、中学校とは違い、デミチャイルドをデミチャイルドとしては扱わないらしい。

 つまり、自己申告でしかクラスメイトには伝わらない。


 隣に座っているクラスメイトが人間かデミチャイルドか分からない状態なのだと言う。

 形こそ前進しているようには見えるが、しかし、


「正体を隠さないと、人間社会には溶け込めないってことだよね……」


 小、中学校で刷り込まれた前提がここで出てくる。

 僕が人間のままだったら、なんの文句もなかったのだろうけど……。


「…………」


 僅かだけど、胸の中にもやもやが生まれた。

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