第14話 遅刻/主役
『いま向かってますよう。ただ、いつもは行列ができてるタピオカ屋がいつもよりも列が少ないのでこれはチャンス! と思って並んでいるだけですう』
「だから遅刻してるのね……いいからっ、いつでも飲めるでしょうそんなもの!
こっちは時間通りに動いてるんだから早くきなさいっ!!」
『新山さんの分も買うつもりでしたから怒らないでくださいってばあ。
なににします? わたしと同じものにしようと思っていましたけどー』
「はぁ。……じゃあ、抹茶ラテ」
「あ、頼むんですね」
思わず口を挟んでしまった。
「仕方ないでしょう、どうせ電話口でいったってやめてくるわけないんだから」
『……? そこにレイジぱいせんもいますう?』
「ええそうよ、台本を渡したでしょう? 今回のパートナーは赤坂くんです。
今もずっとあなたのことを待っているんですからね!?」
『えー、ウケる』
「うけないわよッ!」
『じゃあ抹茶ラテを買っていきます。
どうせ打ち合わせですから、少し遅れたっていいと思いますよう。
本番は午後なんですから。じゃあ順番きましたので、ばいっ』
そして、通話が切られた。
マネージャーさんが額に手をやりながら、
「ごめんね、赤坂くん……」
「いえ、僕は別に……」
年下でも先輩だ、文句は言えない。
「でも、わざと遅れているみたいですし、ルールを守らないのは気を抜いている証拠でもありますよね……気を許している、ですか? これくらい、いいだろって。
それって新人の朝日宮さんが仕事に慣れてきたとも言えますし……確かに遅刻はダメですけど、気持ちとしてはいい傾向なんじゃないですか……?」
「だといいけど」
何度も聞いた溜息が漏れる。
「まさきもきらなも、最初は夢を持って入ってきたのよ。目を輝かせてね。
でも、業界内の実情を知ると輝いていたその目も濁っていった……、
仕方ないのかもしれないけどね。
夢を見ていればいるほど、それが作られたものだったと知った時のショックは大きいから」
それは……そうかもしれない。
憧れたものが全て綺麗であるとは限らない。
なんとなく察することも、小さな子供だとまだ気付けない。サンタクロースを信じていた子に嘘の耐性がないまま正体を教えてしまったようなものだろうか。
自分が信じていたものが一気に崩れていく体験。
その中身は大人が理論で固め、計算で成り立たせたものだった。
それでも受け入れ、役目を果たす者と、
思っていたのと違うと、モチベーションを著しく下げる者の二つに分かれる。
前者がさらんさんとマネージャーさんで、後者が森下先輩と朝日宮さんなのだろう。
僕は……、元々、憧れていたわけじゃない。
中身を知ったところで今更ガッカリするほど信じていたわけでもなかった。
だから僕も前者と言える。
ただ、
さらんさんには……そして引き取ってくれたマネージャーさんには恩がある。
僕はここで生きていくしかない、という理由が一番だ。
「魔法少女になりたいって入ってきても、実情を知って表舞台に立ちたがらない子は多いのよ。
結局、嘘を吐いているって引け目があるから。そこを仕事だと割り切ることができるのは、意外と魔法少女に憧れていない子だったりするのよね」
皮肉なものだった。
「憧れが枷になるなんてね」
「マネージャーさんは、どうして魔法少女になろうと?」
内情を知って、続けようと? 人間なら尚更、裏方に回りそうなものなのに。
今はマネージャーという裏方にいるけど、実際に表舞台にいた時代があったのだ。
その動機が気になった。
「最初こそは憧れだったけどね……知ってからは、お金よ。
仕事である以上、報酬が発生するからね。憧れは消えたけどバイトとして活動するなら充分に実用性があった……かしらね。夢がなくてごめんなさいね」
「いえ、僕も同じようなものですから」
ふと、会話が途切れる。
すると事務所の扉が開いて、悪びれもせずに主役が顔を出した。
「おはよーございますう。これ、タピオカ買ってきましたよう!」
朝日宮さんが買ってきてくれたタピオカミルクティーを吸いながら、四十分の遅れで打ち合わせが始まった。
僕と朝日宮さんが横に並び、向かいのソファにマネージャーさんが座る。
台本を開いて三人で確認していく。
「魔法少女役がきらな、怪人役が赤坂くんね。
あ、怪人っぽくするために特殊メイクをするから、本番の時間から逆算して……二時間前には現場近くの車に待機してもらうわ」
「特殊メイク……」
「右手に合わせて全身をリザードマンぽくするの。
肌の色や光沢をつけると案外それっぽく見えるものよ。尻尾だけは難しくて、一応つけはするけど自在に動かせるわけじゃないから踏んづけて転ばないように気を付けてね」
隣で、なぜか朝日宮さんがむすっとしていた。
「……なんだか、レイジぱいせんには優しいの、おかしくないですかー?」
「おかしくないわよ。真面目に仕事をしてくれる子には優しく接するのは普通よ」
すぽぽぽんっ、とタピオカを吸い込む朝日宮さんは不満げだ。
「ねーねーレイジぱいせん。今日がデビュー戦ですよね? 緊張してますう?」
「してるよそりゃあね。……前から気になってたんだけど、その、ぱいせんってなに?」
「せんぱいのことです。わたしの方がここではせんぱいですけど、レイジぱいせんの方が年上ですからね、間を取って、ぱいせんって呼んでます」
間……なのかな?
「嫌ですか?」
「そんなことはないよ。
じゃあこっちは朝日宮さんじゃなくて、先輩って呼んだ方がいいのかな?」
朝日宮先輩……慣れるまでは噛みそうだ。
「長ったらしいので、呼び捨てでいいですよ。あっ、きらなちゃんでも全然――」
「じゃあ、きらなって呼ぶよ」
「む、わたしは事務所のせんぱいですよう?」
「……これから気を付けます、きらな」
「敬語だけど呼び名は変わってないじゃないですかもう!」
体を傾け頭突きで攻撃してくる。声を出すほどじゃないけど地味に痛い攻撃だ。
「おい、二人とも。目の前で遊ばないでくれる?」
あ……っ、マネージャーさんの冷たい視線が突き刺さる。
「す、すみません」
「だって、新山さんの説明つまんないんだもん」
「つまらなくていいんです、大事な話をしているんですから」
「大事な話でも面白くできるけどね。学校の先生とか工夫してるよ? そこが教育者としての腕の見せどころなんじゃないの?
生徒が集中できてないってことは教えてる人の腕がないってことだと思うけどね……なんでもかんでもこっちのせいにしないでよねー」
「こ、この……ッ」
マネージャーさんが握るタピオカの容器がぐしゃっと潰された。
飲み干していたから良かったものの……中身があれば大惨事だった。
「(きらな、気持ちは分からないでもないけど、ここは素直に聞いておこう)」
一つ下の女の子に耳打ちをする。
事務所としては彼女が先輩でも、人としては僕の方が先輩だ。
だからって必ずしもきらなよりも上手く世渡りできるとは思えないけど、今の状況では、返す刃は火に油を注ぐだけだ。
きらなの意見が仮に正しくても、大人も大人で退けない部分があるものだ。
「(えー。聞いたところで台本読めば分かりますし……)」
「(かもしれないけど、僕は初めてだから不安でさ……聞いておきたいんだよ。
きらなだって最初はそうだったでしょ? ……たぶん、そう思うけど)」
「…………最初、ですか。分かりましたよう……ぱいせんの言うとおりですし」
きらなが、開いてすらいなかった台本を開き、目を通す。
やっぱり、きらなも最初の頃は不安だったらしい。今の僕と同じで安心した。
マネージャーさんに、アイコンタクトで先を促す……マネージャーさんは複雑そうな表情を浮かべて、台本の先を読み始める。
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