chapter/3 赤坂レイジのデビュー戦・前編

第13話 早朝/日課

『魔法少女・朝日宮きらな(豊島六支部)

 怪人・赤坂レイジ(豊島六支部)

 舞台・豊島区南小学校』


 ――そんな台本が渡されたのは、僕が新生活を始めて一週間後のことだった。



 初夏。最高気温が二十八度と連日続く暑さは僕の部屋を容赦なく襲い、扇風機だけで室温調節していると、朝起きたら服が汗でびしょびしょになってしまう。


 連続運転時間を越えて止まった扇風機のせいで(おかげで?)朝早く目覚めることができて遅刻することもない。目覚まし時計いらずの生活が定着しつつあった。


「あーつーいー」


 サンダルを履いて隣の部屋を訪ねる。

 朝早い……とは言っても六時なので隣人のさらんさんは間違いなく起きている時間だ。


 扉をノックする。


 以前、鍵は開いているのでいつでも入ってきてもいいと言われたが、一度バスタオルを体に巻いただけの姿を偶然見てしまってから、必ずノックをするようにしている。


 髪が濡れ、火照った体と剥き出しになった肩は僕には刺激が強過ぎた。

 数日は目に焼き付いて眠れないくらい……。


 見たくないわけではないが見ると他のことになにも手がつかなくなるので、できるだけそういう場面には遭遇しないように必ずノックをするようにしている。


「さらんさーん?」


 少し遅れてガチャリと扉が開き、さらんさんが濡れた髪と慌てて着たのだろう少し乱れた薄着で顔を出した。


「おはよう、レイジ。朝早くからどうかしたのかい?」


「ちょっ、なんのためにノックしてるか分かってますか!? 

 そういう格好なら慌てて出なくていいですっ! 

 これじゃあ僕がノックしないで入ったこの前のバスタオル姿を見てしまったのと同じ状況じゃないですか!!」


「? あの時はバスタオルで、今は服を着ているじゃないか」


「無防備な姿なのは変わりないですからっ、早く、待ってますからきちんと着替えてから顔を出してください!」


 扉を閉め、さらんさんを部屋へ押し戻す。

 この人は……どうして僕相手にこうも無防備なのか……。


「まあ、男だと思っていないからなんだろうなあ」


 ただ、前回の反省を踏まえて服を慌てて着たところには成長を感じるけど。


「今まで朝は被らなかったから忘れてたけど、さらんさんも朝シャワーなんだよね……」


 そもそも、さらんさから勧めてもらったことだ。


 夜は前後するから仕方ないにしても、朝はどのタイミングでシャワーに入るのか、聞いておくことにしよう。


 扉の前で座って待っていると、再び扉が開いてさらんさんが手招く。


「待たせてすまない。シャワー、開いたよ」



 シャワーを浴びて頭をスッキリとさせ、事務所へ下りる。

 挨拶を交わしてマネージャーさんとカウンター席で横並びに座る。

 さらんさんが作ってくれる朝食を待つ……というのが、いつもの日課だ。


 今日はホットドッグだった。

 朝はパンなのが事務所ルールだが、種類は豊富で、飽きることがない。


 食べ終わると隣のマネージャーさんが確認してくる。


「赤坂くん、午前中は打ち合わせで、午後が本番だって、聞いてる?」

「送られてきた台本にはそう書いてありましたので知っていますよ」


「うん、了解。九時くらいにきらながくるから、台本を読んで打ち合わせをしましょう。

 今日は赤坂くんのデビュー戦だからね、丁寧に、慎重にやりましょう」


 ……デビュー戦。

 怪人役として、僕の初仕事だ。


 この一週間、見学や研修で業界のことを頭に叩き込まれたが、それでも実際に現場で仕事をするのは、頭で分かっているのとは勝手が違うだろう。


 基本、二人一組で挑むようで、今回のパートナーは朝日宮さん。

 彼女はもう何度か現場に出ているらしいが、それでも新人だ。

 僕としては少し不安に思ってしまう。


 さらんさんと……まで贅沢は言わないが、森下先輩くらいがパートナーだと安心できたが、文句も言っていられない。


 僕がパートナーで不安なのは向こうも同じだろうから。

 不安を解消するためには、綿密な打ち合わせをするしかない。


 マネージャーさんがいてくれれば、丁寧に、慎重にと言っているくらいだ、数分、台本を読んでじゃあ後は本番で、とはならないだろう。


「ちなみになんですけど……なんで小学校なんですか?」

「魔法少女はね、子供人気が重要なのよ」


 知名度がない魔法少女はまず子供をターゲットにするらしい。

 怪人(亜人)の襲撃から社会を守ってくれている魔法少女は老若男女から支持があるが、年齢層が高くなるにつれて、既存の魔法少女の固定ファンが多い。


 長年の親しみがあるからだろう。

 そこに新人が乗り込んでも、中々ファンを引き抜くことはできない。

 経験豊富な先輩魔法少女と同じ土俵で戦っても、比べられてしまえば勝つのは難しいのだ。


 だが子供なら話は別だ。

 いくら長年愛され、だからこそ大人からマンネリだと言われても、歴史を知らない小さな子供からすれば、最近出たものでも未知のコンテンツだ。

 雛鳥が初めて見たものを親鳥と思うように、知らない子供が初めて見た魔法少女が魔法少女のオーソドックスになる。


 それは怪人側も同じ。

 どれだけ怪人とは悪いものなのかをアピールする必要がある。

 恐怖を植え付けて、初めて魔法少女が正義で味方だと信頼してくれるのだ。


「まずは子供の人気を取り、そこから親に伝わり年齢層を上げていくことで人気の地盤固めをするのよ。あとは事務所の宣伝の仕方。人気の魔法少女とコラボするのも手よね」


「年齢層が低い方がいいなら……幼稚園でもいい気がしますけど……」


「それでもいいけどね。一応、魔法少女の販促も兼ねているから。

 小学生なら魔法少女とも年齢層が近いし『私でもできるかも』と思わせるのが重要なの。

 実際、そんな覚悟でこられたら困るけど、どんな職種もきっかけはそんなものでしょう?」


 マネージャーさんもそうだったのだろうか……。


 元魔法少女なら、きっかけ自体は誰もが思うごく普通のことだったのだろう。


 まさかデミチャイルドの身体能力を活かした職業に就いて、社会的に亜人の存在を認めさせる、なんて大仰な理由を持っていたわけではないだろう。

(マネージャーさんは人間だし、尚更違う理由だろうが)


「今更だけど、赤坂くんには夢とか、あったりした?」


 本当に今更だ。ここで僕が別の職業を言ったとしても、転職するのは難しい。


「その右手のままならね。でも、魔法少女の秘密を明かさなければ転職は可能よ。

 まあ、しばらくは政府から監視がつくでしょうけどね」


「……特には、ないですよ。本当に。

 僕、まだ中学三年生ですから、将来のことなんか考えていませんでした。

 高校だってどこでもいいと思っていましたから」


「夢がないのねえ。でもそんなものか。

 私の周りも、赤坂くんくらいの年齢の頃は目の前のことで精一杯だったからね」


 僕の場合はばあちゃんと過ごせていることが既に幸せだったし、これ以上を求める気がなかっただけ、とも言える。

 強いて言うなら、ばあちゃんに楽をさせてあげたい気持ちがあったから……なんでもいいからバイトをしたかったとは思っていた。


 困っていた素振りは見せていなかったけど、生活費が多いに越したことはない。


 年齢にしては元気だったけど、いつ倒れるか分からないばあちゃんを介護するためにもそういう知識を知っておくべきだとも思っていたし……どれもこれも高校に入ってからのことだと思っていたから――。


 結局、ばあちゃんは僕の新しい制服姿を見ることなく逝ってしまった。


 高校は仕方ないにしても、先送りにしておくべきではなかったのかもしれない。


 思いついたら後回しではなく、すぐにでも行動をしておくべきだった……。


「(特にないと言うか、やりたいことがなくなった、ってことなのかな……)」


 ばあちゃん主体で動いていたから。

 心に大きな穴がぽっかりと開いたって感じだ。


「ゆっくり見つけていけばいいよ」


 コーヒーの香りと共に、さらんさんの言葉を飲み込んだ。

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