第11話 親孝行/証明

 目を覚ますと朝だった。


 見覚えのない白い天井。

 起き上がって視線を回すと、見慣れない部屋の中にいて……ソファで眠っているさらんさんの姿があった。


 なんでそんなところで……と思えば、僕がベッドを占領しているからだった。

 カチ、と音が聞こえ、早朝の五時に、時計の針がちょうど重なった。


「……、……っ」


 昨日の夜のことを思い出すと枕に顔を埋めて足をじたばたさせたくなるが、さらんさんのベッドなので乱暴なことはできない。

 それに、枕……普段、さらんさんが使っている枕なんだよね……。


「だから甘い匂いが……」


 ……もう一度、確認しておこうかな……。


「おはよう、レイジ」


 枕を見つめていると、背後から声がかかって背筋がぴんと伸びた。

 ……あぶっ、あぶあ、危なっ!?


 あと少しでさらんさんからの信頼を放り投げるところだった。


「……? まだ寝ぼけているのかい?」


 まあ、たとえ見られていても、さらんさんは気にしなさそうけど……。


「いえ、もう起きてますよ」


 でも、そう断言できるほど、僕はさらんさんのことをよく知っているわけではない。

 アイドル歌手並の人気を持つ魔法少女というパッケージの中で、最前列にいる。


 魔法少女と言えば? と聞かれれば数人は出てくる顔の中の一人。


 町を歩けばどこにでもあるポスターや、多くの雑誌の表紙を飾る、文字通りの看板娘。


 魔法少女さらん。

 思えば、僕はそんな人に、無茶なお願いをしようとしている……。


「……おはようございます」

「はい、おはよう」


 寝起きでもさらんさんは普段と変わらず、ちょっと無防備というだけだ。

 近づいてきた彼女が手を伸ばし、僕の頭を撫でた。


 ……恥ずかしいけど、抵抗できないのが僕の弱さだなあ。


「君は寝癖がすごいね。これは大変だ」

「え? あっ、ちょ――」


 手を引かれ、ベッドから降ろされる。


「朝にシャワーは入らないタイプかい? だったら試しに入ってみればいいよ。

 頭がスッキリするし、頭の中の整理もつくだろうからね」


 上半身の服を脱がされ、脱衣所に押し込まれる。


「あの! あとは、一人でできるので……」


「……そ、そうだね。じゃあ私は、事務所で朝食を作って待っているから」


 動揺したようで、さらんさんが珍しく、慌てて脱衣所から出ていった。


「もしかして、素で一緒に入るつもりだった……?」


 器用に服を脱がされたし、あのまま全身を脱がされていてもおかしくなかった。

 寝癖、を気にしてたよね……もしかして洗って直そうとしてくれていたのかな。


 だとしたら、僕を犬かなにかだと思っていたのだろうか……?

 男どころか、人として見られていなかったのだと思うとショックだけど……。


「でも、動揺したってことは、少しは男だって思ってくれてるってことかな?」


 男の子、であって、男ではないんだろうけど。



 シャワーを浴び終え、眠気も洗い流した後、五階の事務所に下りる。


 カウンター席にマネージャーさんが座っていた。

 寝落ちはしておらず、背筋を伸ばして朝食を食べていた。

 お皿の上に乗るサンドイッチを頬張っている。


「おはようございます」

「んー? ああ、赤坂くん……おはよう」


 カウンターの向こう側にいるさらんさんが、僕にサンドイッチを出してくれた。


「朝はお米派だったかな? すまないけどパンしかないんだ。

 量が足らなければまだあるから気軽に言ってくれて構わないよ」


「充分です、いただきます」


 本当は米派だったけど……、ばあちゃんが毎日作ってくれた和食を思い出す。

 けど、昨日のように気を抜くとすぐに感情が出ることはなかった。


 ばあちゃんの死を、受け入れている僕がいる。

 寂しくなったら飛び込める場所があると分かると心にも余裕が生まれた。


 僕も同じように、サンドイッチを頬張る。


「赤坂くんのこと、少し調べさせてもらいました」


 と、マネージャーさん。


「……おばあ様の件は、残念です」

「さとみ」


 さらんさんが、たしなめるように注意をする……でも。


「大丈夫です、さらんさん。僕はもう……分かってます」


 逃げない、誤魔化さない――受け止める。

 それがばあちゃんに向けてできる、最初で最後の親孝行だと思う。


「赤坂くんの戸籍を見ても、やはり亜人の血を引いていませんでした。

 ですが、捨て子、らしいじゃないですか。

 今のあなたの戸籍は、施設に預けられ、おばあ様に引き取られた後に作られたものだそうです。あなたのおばあ様がどういうルートを辿って作ったのかは不明ですが、正確で、正規のものでないことは確かです。

 ですから、デミチャイルドでありながら人間として暮らすことも不可能ではない……この意味、分かりますか?」


「今の戸籍が、僕が人間である証拠にはならない……ですか」

「そうなりますね」


 マネージャーさんは淡々としている。


「ですが、問題はありませんよ。私たちの業界に参加するのであれば、デミチャイルドであれば歓迎こそすれ、門前払いにはしませんから。人間の方が逆につらいくらいです」


「さとみの苦労を見れば、レイジにも分かるだろう?」


 そう言うってことは、マネージャーさんは人間、なのだろう。


「ええまあ。魔法少女には一切向いていませんよ」


 それは、そうだろう。いくら台本があるとは言っても、エンターテイメントを意識するなら派手な演出は必要不可欠だ。

 編集した映像ならどうこうできても、リアルタイムで現場での演技となると、ただの人間には難しい。デミチャイルドの場合は、まだ身体能力で誤魔化せる部分がある。


 今いる魔法少女が全員デミチャイルドであることを考えると、やっぱり人間には難しい仕事だというのがよく分かる。それは怪人側も変わらない。

 ただの人間が人を襲えば、それはただの刑事事件であり、警察が動くことになる。


 怪人の相手は魔法少女という棲み分けが浸透しているのだ。


「さとみは元魔法少女だよ。

 引退後にマネージャーに転向したからね、現場のことをよく知っているんだ」


「だからこそ、遅刻や台本通りに動かないことで出る問題の大きさも分かっているのよ。

 ……あいつはどうにかならないの? せっかく仕事を取ってきても手を抜いてやるし。

 内容ややり方が気に入らなければ文句を言って勝手に降りたりするし! ……そのくせ可愛いから人気があるのよね、ああいうのに限って!」


「ははは……、まあ大目に見てあげてよ。

 まさきもあれはあれで、最初の頃は純真無垢な瞳をしていただろう?」


「……まあ、そうなんだけどね……。

 騙していた私たちも、悪いと言えば悪いでしょうしねえ……、

 いえ、私とあの子のことはともかく」


 言いつつ、マネージャーさんが昨日に引き続き、契約書をいくつか取り出した。

 ……枚数がさらに増えた気がする。


「印鑑はありますか? 拇印でも構いませんが」


 昨日の分も合わせて拇印で対応することにした。

 印鑑を持ってきてくださいと言われていたのをすっかり忘れていたが、

「仕方ないです」と事情を知っているマネージャーさんが理解をしてくれた。


「……これは?」


 一枚の契約書、その内容に驚いた。


「実は、あなたをこの事務所で引き取ろうかと思いまして」

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